第58話:転げ落ちる運命の輪
主役に二人が引っ込んだというのに、歌は終わりそうに無かった。
なんだかよく分らないが、よくやったと褒められ、誰かさんに、まぁまぁ見れるかっこうでしたわと言われた後、セイラがドレスが脱ぎさって、侍女たちの苦心の作をあっという間に壊してしまった後も、ずっと続いている。
「雪遊びしようよ」
セイラの誘いにジルフォードは何も言わずに外に出てきてくれた。まさか、急にいなくなってしまった主役たちが雪遊びをしているなど、誰も思わなかっただろう。
「春になったら出来ないからね」
雪の玉をせっせと作りながら、セイラは言った。
アリオスに春が来るのはもう少し先のことだ。
雪がとけ、春告げの花が咲くとやっと冬が終わる。
春が終われば、新しい年がやってくる。
「まだ、先のこと」
「すぐだよ。アリオスに春がやってくるよ」
空が濃さを増していく。今日は雪を降らしてはくれないらしい。
このサラサラの雪と別れの日が来るなんて少し悲しい気がした。
雪の山に倒れこめば、ジルフォードが覗き込む。
隣を叩けば、ジルフォードも身を横たえた。
目の前には暮れ始めた空ばかり。
「来年も雪遊びしようね」
早すぎる願いに、そっと頷く気配がした。
地下の墓所は普段とは比べ物にならないほど、ふんだんに明かりがともされていた。
若き二人の行く末を祝ってのことかと思われたが、ここで唯一人の老人の顔はどこか暗かった。
始めの番号を刻まれた棺に腰掛けると、上の世界に耳を澄ます。
ここにまで、あの歌は伝わってきていたのだ。
小さな音を壁が反響させ、音が棺へとぶつかる。
まるで、棺の住人が歌っているかのようだ。
皺だらけの手が棺の表面をなでた。
「これでいいのかねぇ? よかったのかねぇ。マルスよ」
答えをくれるものは何処にもいなかった。けれど、こんな場所にまで響く歌が、彼の耳には運命の輪が転げ落ちる音のような気がしてならなかった。
彼が見たおぼろげな未来とは異なったものがあるのかもしれない。
「いいんだろうね」
そうだとでも言うように、棺が一瞬だけ震えた気がした。