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第56話:剣の誓い

結果は予想通り、カナンの部屋には人数分のカップが用意されており、暖かそうな湯気を出していた。

ちゃっかり席についていたジョゼは、入ってきたジルフォードの表情を見て、驚いた。

ジョゼは長年傍に居続けたカナンほどではないが、ジルフォードの変化が分る。何がとは言えないが、ふと和らいだ気がするのだ。

原因なら明白だ。「ほら、叶ったよ」と喜んでいるセイラだ。

もういいと思った。

どこかで高慢ちきなお嬢様の声がする。


ー貴方、いつか本気でエスタニアの者に頭を下げる日が来るわ。


その言葉に、まだ若かった自分は心底腹を立てた。そんな日は絶対に来ないと言い張ると、彼女は駄々っ子に告げるように声を優しくしたのだ。


ー屈辱からではないわ。この人には敵わないと自然に頭を垂れるの。


それでも、ありえないと言うと彼女は「賭けてもいいわ」と微笑んだ。

今から思えば、馬鹿らしくなるほど不利な賭けだ。エスタニアの人口はササン大陸で一番で、その中で、尊敬に値する人物など、きっといくらでもいるだろう。それでも、自国が一番だと思い込んでいた若造は、頭に血が上った勢いで、その賭けに乗ったのだ。


「まいったな」


弱音など絶対に吐かない口から、その言葉は苦笑と共に零れ落ちた。

言葉とは裏腹に嬉しげな気配があった。


「ジョゼ?」


こちらを見つめるセイラと目が合うと苦笑は濃くなった。

アリオスを含めて、尊敬できる人に出会ってきた。けれど、その人物は時に目指す目標であり、競り合う仲間だった。

手放しで、絶対に同じことなどできないと思ったのは初めてだ。

それなのに、どうして相手が同僚に不審者扱いされ、姉に山猿扱いされる少女なのだろう。

頭を下げてもいいとおぼろげに考えていたけれど、その瞬間は、こんなにも脱力感があるものだろうか。


顔を覆った手の隙間から笑い声が漏れてくる。その対象は自分たちなのだろうという自覚はあるのだが、理由が分らず、セイラとジルフォードは互いを見やる。

ハナやカナンに助けを求めても、答えは出ない。

戸惑うセイラの前で、ジョゼは腰から愛剣を抜くと、片膝をついた。その顔から笑みは消え、表情を引き締める。

初めて見る表情だ。

空気が緊張して、ジョゼからは静かな強さが伝わってくる。

これから起こる事態を把握して、カナンははっと息を詰めた。


「見届け人にはカナン殿とハナ嬢を」


「お受けいたしましょう」


「えっ? あの、いったい何ですの?」


カナンは冷静に答えたが、ハナにはさっぱり何のことだか分らない。

それはセイラも同じで、ただジョゼを見つめるばかりだ。

ジョゼが鞘から月影を抜くと漆黒が煌いた。

刀身を危なげなく持つと柄に一度額を合わせ、それをセイラの前へと差し出した。


「剣の誓い。共に戦うことを誓う儀式。認めるなら、柄に触れて」


ジルフォードが、そっと告げた。

その空間を壊さぬように静かに澄んだ声だった。

剣の誓いはアリオスの軍人ならば、誰もが憧れる儀式。見届け人が必ずおり、選ばれることは非常に名誉なことだ。

王に忠誠を誓うときにも使われ、両軍の将が選ばれ儀式を行うときには何百という見届け人がいるのだ。

今でこそ、仲間同士でも行われるものだが、本来はもっと強い意味がある。

ーあなたに私の命を預けます

ーこの想いが不快ならば、どうぞ切り捨ててください

ハナには何のことだが分らないが、ただその場の雰囲気でとても重要なことなのだと察して口をつぐんだ。

見慣れたはずのカナンの部屋が神聖みを帯びていく。

セイラの指先がゆっくりと伸びていく様は、見ていて不思議な高揚感が沸き起こる。

セイラの指先が触れたとき、ほうと詰めていた息を吐き出した。


「これからもよろしく。ジョゼ」


「ああ、よろしくな」


視線はセイラからジルフォードへと移り、かもし出す雰囲気も普段のジョゼへと戻っていた。


「お前は取ってくれないのか?」


その言葉に、驚き目を瞬いたジルフォードに噴出する。


「全く自分を範疇に入れてなかったのか? 俺は嫌だっていう意思表示かと思っていたのにな」


そもそもジルフォードの驚きは正しいのだ。剣の誓いを一気に二人分すませるなんて聞いたことが無い。見届け人は何人いてもいいが、誓いをするものは一対一が決まりとなっている。

立ち尽くすジルフォードに、「ほら取れ」とばかりに柄を差し出す。取らないと見ると、立ちあがり許可なくジルフォードの胸へと当てた。


「よし成立!」

「…………」


カナンは何度も剣の誓いを見てきたが、あまりの強引さに苦笑がもれた。随分と昔に、自分たちが行った儀式が鮮やかに脳裏に浮かび上がる。

(そう言えば、私もまともに剣の誓いをやらして頂いた覚えがありませんね)

このネタで次に何をハマナに届けさせようかと考えながら、若い四人をお茶に誘った。


「誓いの後は酒が定番なんだがな」


「カナンのお茶はおいしいんだよ」


「そうですわ!」


先ほどのことが釈然としないながらも、セイラとハナの言葉に同意するように頷くジルフォードを横目に見ながら、ジョゼは鼻をならした。


「そのようだな」


部屋を満たす香りは限りなく優しかった。


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