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第54話:優先順位

各国の貴族たちの交流は、それなりに穏やかに終わった。

短い時間に、怒りや新たな問題を溜め込んだものもいたようだが、表面上は何も無かったかのように振舞うことに長けている人たちだ。互いに相手の不運を祈りながら、「では、よい夢を」と笑顔で去っていった。

二人の将軍と、副官が広間を出た頃には、空は漆黒のマントを被っていた。

廊下を歩きながら、国境付近の状況について話している将軍の横でユーリが、声を上げた。


「キース将軍! 不審な人物が」


確かに廊下の向こうから、よろよろと怪しげな人物がこちらへ向っている。

ぼさぼさの髪の上には何故か、今手折ったばかりのような瑞々しい花が飾られ、異彩を放っている。

足元はおぼつかず、今にも倒れてしまいそうだ。

眉間に皺を寄せるラルドの横で、ジョゼは噴出した。


「嬢ちゃん」


のろのろとあがった顔には、疲労がどっぷりと浮かんでいる。思考能力は働いていなかったようだが、ジョゼの顔を認めると、目がぱっちりと開いた。


「お前の知りあいか?」


ラルドの言葉に、そういえば陽炎の連中はセイラに会っていなかったかと思い至り、説明しようとしたのだが、果たして目の前のの不振人物が隣国から来た王女様に見えるかどうか。

見えようが、見えまいが事実なので仕方ない。


「セイラ・リューデリスク=リーズ・エスタニア殿だ」


ラルドとユーリは、まるでジョゼが意味不明な呪文でも唱えたかのように、ぽかんとした顔になった。将軍と副官が同時にこんな顔を晒すことはあまり無い。陽炎の連中に見せてやりたいものだ。立ち直りが早かったのはユーリの方だ。先ほどユリザにあってしまったラルドは、当分無理かもしれない。


「お初にお目にかかります。セイラ様。こちらは陽炎の将でラルド・キース殿です。あたしはキース将軍の副官を務めておりますユーリと申します。以後お見知りおきを」


さすが副官。いまだ呆けている上司の名も告げておいた。


「セイラです。よろしくね。ラルド、ユーリ」


あまり褒められた格好ではないことを除けば、普通の少女だ。差し出された手をとりながらユーリは不審者扱いをしたことをこっそりと詫びた。


「その格好はどーしたんだ。嬢ちゃん」


いくら、ジョゼでも別にいいだろうと言える格好ではない。


「ああ、アリーがねドレスを……」


その言葉に、今まで固まっていたラルドとジョゼの肩が同時にはねた。心なしかユーリの頬も引きつっている。


「知り合い?」


「お菓子職人のアリー殿でしょうか?」


「そう」


忘れるはずも無い。あれは三年前の入隊試験の時のことだ。

両軍共に、より良い人物に入ってきて欲しいという想いは変わらず、毎年のように新人争奪戦を繰り広げるのだが、その年は大当たりの人物がいたのだ。

鋼のような肉体に、頭をピンクに染めてくる度胸。

今でこそ、髪を染める化粧法があることが知られているがアリオスでは体の色を変えることは好ましくないと思われている。

当然ピンクの頭は非難の対象だったが、それをものともしない強い精神。

心体そろったアリーを両軍の将が見つけてのは同時だった。

「月影に来い」

「陽炎にはそなたが必要だ」

軍の二大トップにそう言わしめたアリーは、別の情熱を滾らせた瞳で二人を睨みつけると、吼えたのだ。


「何いってるのよん! 私は最高の菓子職人になるために生まれたの! そんな血なまぐさいこと出来るもんですか。私、職人の試験を受けに来たっていうのに、どうしてむさ苦しい男共しかいないのよぉ!」


怒りをあらわにしたのは両軍の兵士たちだ。将軍じきじきの言葉になんて事を言うんだ。むさ苦しいだと。なんだその髪は。言い分は様々だったが、血気盛んな若い兵士たちはアリーにつかみかかった。

驚くべきは、それからだった。

毎日しごきにしごいた兵士たちが、見事に放物線を描いて放り投げられる様は、いっそ天晴れと褒め称えたくなる。

地面に折り重なった兵士たちの「試験に落ちてしまえ」という怨嗟も届かず、アリーは見事に城の菓子職人になったのだ。

アリーに負けた兵士たちは今まで以上に鍛錬に励み、結果として軍は強くなったのだが、城で菓子を勧められるたびにピンクの頭が脳裏をちらついて複雑な気持ちにさせるのだ。


「いろいろありまして」


ユーリは苦笑いを浮かべるが、その理由を問いただす元気はセイラには無かった。


「あっ! キース将軍、報告書がまだですよ」


帰ってきた早々、広間に直行させられたので一行たりともできていない。休んでからでいいと国王から通達があったのだが、陽炎のトップは真面目人間ぞろいなのだ。

ラルドもはっと正気に戻ると、姿勢を正し深々と腰を折った。


「挨拶がおくれて申し訳ありません。セイラ様。アリオスの住人となる貴女を陽炎は全力を持ってお守りいたします。本日はこれで失礼させていただきます」


「おっ平気みたいだな」


ラルドにはユリザに見せたようなおかしなところはない。まぁ、目の前の王女様は山猿よりも厳しい状態かもしれないと忍び笑いをもらす。

きびきびと去っていく二人に手を振りながら、セイラは隣に残った男を見上げた。


「今日はなんだかキラキラしいね。ジョゼ」


いつもは適当に来ている軍服も、今日はきれいに糊付けがされている。


「嬢ちゃんはボロボロだな」


「そうだね」


乾いた笑いが漏れてくる。どうにかこうにかドレスは決まったのだが、当日きるのも嫌になりそうだ。


「部屋まで送っていこう」


「書庫にハナを迎えにいかなきゃ」


「では、書庫までお送りしましょう」


にやりと笑われ、セイラもふっと笑いをこぼした。疲れきった体がちょっとだけ楽になる。人をふと楽にするジョゼに疑問が解けていく。


「ジョゼとダリアは兄妹なんだってね」


自分のことを棚にあげて、まったく似てないなと思っていたのだが、隙間にするりと入ってくる優しさは良く似ている気がした。


「あいつから聞いたのか? 父親が違うんでね。あまり似てない」


セイラの考えが読めたというよりも、似ていないという自覚があるジョゼはそう告げた。


「何だ? 何が聞きたい?」


じっと見上げてくるセイラにジョゼは意地悪く口の端をあげる。王妃の血縁だから将軍の地位にいれる。父親が違う。色々な陰口をたたかれることもある。目の前の少女は何を聞きたいのか。セイラの言葉は想像とは全く異なった。


「ジョゼ、ユリザ姉様に求婚したことがあるんだってね」


セイラは珍しく絶句するジョゼの姿を拝めたのだが、この話を聞いたとき、セイラは息まで止まった。ユリザが結婚を申し込まれたことがあることは知っていたが、その相手が知り合いとなると別だ。


「ユリザ姉様ってどんな人?」


「は?」


ユリザは美しく人の目を引くことを知っている。けれど、セイラにとっは絶対に頭の上がらない先生のような存在なのだ。ジョゼは昔、エスタニアにいたことがあったようなので、もしかしたら昔のユリザを知っているのではないだろうか。


「高慢ちきで凶暴なお姫様」


「……高慢ちき」


それが、一度は求婚したことのある相手の評価だろうか。瞬きを繰り返す、セイラにジョゼは笑みをかえした。


「高慢ちきなのも、凶暴なのも気持ちいいぐらい誰の上にも降りかかるから面白い」


権力者の上にも、供の上にも、そして罪深き血の上にも。


「腹が立つほど自信満々で、本当にそれを成し遂げる実力もある。」


「初めて聞く評価だね」


ユリザの評価は様々だが、悪口満載での賛辞とは珍しい。


「こんなに褒めているのにな。見事に振られたさ。夫には無理だが家来にはしてくれるそうだ」


おどけて言うジョゼの言葉に、セイラは目を見開いた。


「本当にユリザ姉様がそう言ったの?」


「ああ」


素っ頓狂な声を上げたセイラに、ジョゼは片眉を上げた。目の前の少女が、何にそんなに驚くのか分らない。あの王女様なら、そのくらいのことを言っても不思議ではないはずだ。


「……そう」


「何だよ」


すでにぐちゃぐちゃの髪をかき回されて、セイラは顔をしかめた。同じようにしてやりたいが、あいにく手が届かない。


「嬢ちゃん?」


腰を低くし、セイラの頬を伸ばすジョゼの髪の毛をかき回してやった。なかなか楽しい。


「人には優先順位があるんだよ」


分らないといった顔をするジョゼの頬を同じように伸ばす。傍から見ればずいぶんと奇妙な光景だろう。幸いなことに二人のほかには誰も廊下にはいない。

勢いよく抓っていた指を離して、にっこり笑う。


「よく考えなさい」


ユリザの口真似をして、軽やかに歩き出す。

誰もが一番愛する人が伴侶だとは限らないのだ。

高慢ちきで凶暴なお姫様が最も心を許す人が、彼女の権力目当てによってきた夫よりも、命を預けれる家来だとしてもおかしくない。

つかれきっていた体に、ちょっとだけ力が戻ってきた。

振り向けば、分けが分らないといった顔のジョゼが追ってくる。書庫まで送ってくれるらしい。

楽しさと、ちょっとした不満の混じる二つの足音を聞きながらだと、書庫までの道のりはあっという間だった。


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