第49話:贈り物
白、黒、黄の小箱を前に、それぞれ違った表情を見せる三人に、久しぶりに日常を取り戻した気がしてカナンほっと息をつき、ハマナを使って集めた材料を贅沢に使ってセイラの快気祝いのお茶をカップに注ぐ。
ハナの目が真っ赤になっていることさえ、今は嬉しさの印なのだ。
ジルフォードから小箱を受け取っているときに、ドレスを抱えたハナが部屋に戻ってきた。一瞬、幻でも見たかのような顔をしたハナだったが、セイラが声をかけると今まで張り詰めていたものが、一気に緩んだのかぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちた。
「お元気そうで、本当によかった」
「心配かけてごめんね。なんか寝てたみたい」
「本当に心配したんですからね!どこも痛いところや変なところはないんですか?」
何度も確認したことをハナはもう一度尋ねた。あれほど元気そうに見えたのに倒れたのだ。いくら確かめても気が気ではない。
「特にないよ」
体に変化は見られない。むしろ、気持ちよく起きれた朝のように頭の中はすっきりとしている。
「それより、これ開けてみよう」
三つの小箱。どことなく不恰好な包み方に送り主が想像できる。ジルフォードは三つともセイラに渡したのだが、白い箱を自分の前に、黒い箱をジルフォードの前に、黄の箱をハナの前に自然においた。
白はリーズ、黒はジン、黄はハナメリーの色だ。それにかけて、ジニスではセイラには白、ハナには黄と決まりがあったのだ。ジンの黒といえば、ここではジルフォードしか居ない。そして、包み紙の角がきっちり折れていないせっかちな包み方はダンの手によるものだろう。
「わぁ!」
好奇心はすぐに感嘆にかわった。中に入っていたのは月の雫で作られた一対のピアスだ。三日月型のそれは本当に月の一片が雫となって落ちてきたかのように光り輝き、角度を変えるたびに表情を変える。それは違和感無く己の耳におさまり、長年愛用してきたもののようだ。
「さすがですわね」
愛娘のように可愛がっていたセイラのことだ。ダンは一番似合うものを知っているのだ。
「ハナも開けてみなよ」
セイラの言葉に押され、ハナは恐る恐るリボンに手をかけた。箱を開けた瞬間に嬉しさよりも焦りがうまれた。
「こんな高価なものいただけませんわ」
淡い黄色の貴石でつくったペンダント。透明感の高い石はとても高価であることを、あまり詳しくないハナでも知っている。一介の侍女が手に出来るものではないからと箱から取り出すことも出来ないハナのことを見越してか、箱の中には手紙が添えられていた。
『ハナ、お前さんはわしらの娘だ。遠慮なんて寂しいことを言っておくれでないよ。その石はハナメリーの守護石だよ。その石がお前さんに幸をもたらすように』
「みーんなお見通しだね。ジンのは?」
困惑がジルフォードの方が強かったのだろ。見知らぬ人から好意だけをつめた贈り物。リボンに手をかけるまで、しばらく時間がかかった。
贈り物は紅玉のピアスだ。美しい球体は真紅に輝いた。その輝きは最高級のものだったが、驚くのはそれだけではなかった。
「ダンの細工だね。ジン、手にとってみてよ」
ジルフォードにつまみ上げられた紅玉は、その表面に暖炉の炎を這わせ不思議な色合いを作り出していた。その色に魅了され球体を動かすと、ある角度で手が止まった。反射した光が机の上に文様を描き出しているのだ。月の満ち欠けをあらわす文様の仕組みカナンでさえ、ほうと息を吐いた。この細工はダンの得意技だ。幼子をあやすことも、奥さんの機嫌をとることもままならない男が、街一番の細工師であり、その細工が多くの婦女子をときめかすことは笑い話にもなっている。一度、ダンに出した手紙にジルフォードのことを書いたのだ。紅玉か紫水晶が似合うと書いたのを覚えていたのだろう。ねだってつけた貰えば、やはりよく似合っていると思う。
「月の満ち欠けはね、ジンを表す時に使うんだよ。彼には形が無いからね」
ピアスは取り出したはずなのに、セイラの箱からは音がした。不審に思って内側に貼られた布を剥がすと、これでもかと小さく折りたたまれた紙が一つ、転げ落ちてきた。淡い水色から濃紺まで、あらゆる青で染め上げられた紙は、まるで海の一部を切り取ってきたかのようだ。気づかなければ、それでもいいといったように、ひっそりと隠された手紙の内容は簡素だった。『君の航路を導きの星が照らすように』宛名も宛先も無い手紙。けれど、セイラには相手が良く分った。三番目の姉のファナだ。ファナ・リューデリスク=シオン・エスタニア。星の女神は航海の道しるべ。青は彼女の最も好む色だ。どうして、こんなところにと思わないでもないのだが、彼女の手紙ときたら、届けられたクッキーの中に入っていたり、花を束ねていたリボンに精緻な文字がびっしりと書いてあったりして、毎回楽しませてくれるのだ。
彼女なりのおめでとうに心が温かくなる。姉の中で一番、気の会う彼女ならばジルフォードのことも好きになってくれるのではないだろうか。一番気が合うといっても、七人中三人としか面識が無いけれど。
姉といえば……。
「ユリザ姉様に挨拶しにいかなきゃ……」
嫌味の数が増える前に、自分から出向いていこう。贈り物を届けてくれたお礼も言わなければならないし、聞きたいことも一つある。
残ったお茶をぐいと飲み干して、席を立つと追うように立ち上げるハナを押しとどめる。顔色が幾分良くはなっているけれど、目の下の隈はくっきりしたままだ。
「カナン。ハナを休ませてあげて」
「分りました」
カナンの手にはすでに毛布が用意されている。
「セイラ様! まって……」
「大丈夫。目が覚める頃には帰っているから。ゆっくり休んで」
目蓋の上を覆うと、柔らかな闇がハナを包んでいくのが分る。疲労は限界にまで達していていた上に一気に緊張が解けたのだ。体は休息を欲している。駄目押しに、睡眠効果を高めるお茶を一杯。
「おやすみ」
むずがる幼子をあやす様に頭を一撫ですると、すうとハナの体から力が抜けていく。
「ハナのことよろしくね」
毛布をかけるカナンに一言言うと、セイラはユリザの部屋に足を向けた。