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第47話:はじまりの場所3

吹き飛んだ影たちは柱や壁に体を打ちつけてくぐもった悲鳴を上げる。開けた視界に漆黒が降り立った。カラスが羽広げるようにを禍々しく美しく。不適に輝くのは、眼帯にはめ込まれた色とりどりの玉だ。戦場で見れば、誰もが怖気づくというジョゼ・アイベリーの姿。けれど、影たちが息を呑んだのは、ぬらりと光沢を持つ剣だ。まるで喜んでいるかのように光が刀身の上で弾け、それ自身に意思があるかのように次の相手を見定める。


「『月影』」


誰かが聞き取れぬほど掠れた声で呟いた。そうだと返事をするように刀身がキィンと澄んだ音を立てる。それとも、最初の主への挨拶だったのかもしれない。我知らず、視線が部屋の中央へと向う。はじめの数字を刻んだ、一際大きな棺。国始めの英雄。伝説の初代王。空の棺だと噂されたこともある。マルスは唯の伝説なのだと。けれど同じように伝説を生きた魔剣は存在し、歓喜の声を上げている。


「初代王は実在したか」


ジョゼにとって、伝説が本当だろうとどうでもいいことだ。月影は己の愛剣であることは間違いないし、月影の今の主はジョゼなのだから。例え、近くにマルスが眠っていようとも月影は裏切らない。それを知っているから十分だ。


「ジョゼ」


「よう、嬢ちゃん。助けに来たぜ」


ジョゼ・アイベリーは口の端をにっと上げるだけで、味方には安堵を敵には恐怖を与える男なのだ。だからこそ、サボり癖がひどくとも信頼が厚く、将軍の地位にいる。

今も、彼の命令一つで直ぐに動けるように数人の部下が控えている。


「よく分ったね」


「俺たちだって無能じゃないさ」


不敵な笑みは、どんな不安も押し流してしまいそうだ。


「まぁ、礼ならケイトとカイザーに言うんだな」


訓練場のことがあってから、セイラやジルフォードに反感を持つものには全て監視をつけた。それが嫌な事に少数ではないのだ。反感とまではいかないまでも、長年のわだかまりに偏見を持っているものは多い。他の業務もある手前、監視ばかりに人員をさくことはできない。これほど早く対応できたのはセイラの伝言がすばやく伝わったからだ。ついでに言うと、ケイトがセイラをひっ掴まえて監禁しなかったことが大きい。大声でジルフォードの名を呼びながら歩き回るセイラの姿は、ここに続く道しるべとなっていたのだ。


「カイザーって?」


「……お前、名乗らなかったのか」


ジョゼが背後を窺うと、見たことのある顔が現れた。


「ええ、尋ねられませんでしたので」


「相変わらずだな」


一重まぶたのどこか冷たい印象をもたらす青年はケイトと共にいた青年だ。兵士にしては線が細いように思われるが、ジョゼは信頼を寄せていると口ぶりでわかる。


「ありがとう。カイザー」


「先にこちらを片付けてしまいましょう」


頭を下げるセイラを一瞥するとカイザーは視線を横へと流す。静かな瞳が呆然と立ち尽くすノウチェスを射抜くと、やっと正気に戻ったのか身構えたが、小刻みに揺れる刀身には迫力はない。


「王族暗殺の罪どころか、聖地を汚す罪まで犯すとは救いようがない」


「うっうるさい。うるさい!! こいつが悪いんだ!!」


振り上げられた切っ先はジルフォードに届くことなく、床に叩きつけられた。

カイザーの手刀一つでノウチェスの腕は痺れ、剣を取り落としたのだ。途端に兵士たちが取り囲み、締め上げる。転がっていった剣は計算したかのように、ある人物の足元で止まった。


「全員集合だな」


優しい口調ながら、銀の髪の下で煌めく緑の瞳は厳しさを湛えていた。


「ルーファ王……」


ルーファの後ろにはハナとケイトの姿も見える。セイラの無事な姿を見て、ほうとハナが長い息を吐いたのが伝わってきた。


「ノウチェス殿。今回の件、ジルフォードのことで誤解があったのなら、それに対処できなかった私にも責がある。しかし、エスタニアとの外交問題にもなりうることだ。しかるべき罰を与えることになる」


王と将軍の登場で大人しくなったと思ったノウチェスが、いきなり力を取り戻したかのように血走った瞳でジルフォードを睨み上げると、叫んだ。



「お前が悪いんだ! お前なんかが生まれてくるのが悪いのだ! 先王もどうかしておられたのだ。こんな恐ろしいものなど、あの時殺しておけば良かったものを!ルーファ王も騙されておられるのだ。何故、この魔物を牢獄に閉じ込めないのです! どうして我が物顔で城を彷徨いているのだ」


毒の言葉は壁に反響して、更に聞き苦しく迫ってくるようだった。その罵倒をジルフォードは静かに受け止めていた。本人よりも、周りの人間の方が眉を怒らせ、奥歯を噛み締める。反論しようと口を開きかけると矛先はセイラへと代わった。


「セイラ様! 貴女もだ。この魔物に魅入られているのだ!こんな醜悪なものひ魅入られるなんて、愚かな王女だ。やはり下賤な血など入っているからな! それで下賤同士で群れるのだ」


ノウチェスはハナとセイラを交互にを睨み付けた。


「孤児が王女の真似事を、王女は下働きの真似事か!それに……」


ノウチェスが言葉を続けることが出来なくなったのは、締め上げる力が強まったねか、今まさに侮辱した王女が微笑んだからか。


「私はジンほど美しくて、哀しくなるほど優しい人を知らない」


美しい人はたくさんいる。その生きざまに惹かれることは多いけれど、同時に胸を締め付けられるような痛みをもたらす美しさを持ち合わせたものとなるとそうはいない。


「それに、ハナほど善き友人はいないよ」


「はっ! どこが美しい? 何が善き友だ。愚かな卑しい小娘め。お前がこの国を腐らすんだ」


もう、何を言ってもダメだと思ったのだろう。ジョゼの目配せで、兵士たちが力ずくで連れて行こうとしたところに、セイラはもう一度声をかけた。


「私は母の血を誰よりも尊んでいるから、君の言葉では傷つかないよ」


聞こえてはいないのだろう。ぶつぶつと不明瞭な呟きをもらしながら、引きずられるようにして連れて行かれた。


「“あの方”はこれから幸せになれるよ」


小さくなっていく背に叫ぶと、一瞬だけ呟きが途切れたような気がしたけれど、気のせいだったのかもしれない。彼の言ったあの方が、セイラにはサンディアのことに思えて仕方が無かった。




「セイラ様!」


駆けてくるハナの無事な姿を見て、笑みがこぼれる。良かったと泣きつかれると、終わったんだな緊張が解れていく。力まで抜けて、視界がぐらりと傾いだ。


「セイラ様?」


「セイラ殿?」


自分の名を呼ぶ声がどこか遠くに聞こえて、おかしいなと思ったときには視界は真っ暗になった。ここに入るときに嗅いだ甘い匂いが蘇り、全身を包んだときには意識がぷつりと途絶えた。


「セイ」


ジルフォードの腕の中に崩れ落ちたセイラはぴくりとも動かない。何度呼びかけても、変化は無かった。顔色だけを見れば、自体の恐ろしさに気づいて震え始めたハナの方がよっぽど悪い。


「セイラ様! どうしたんですの!?」


頬に手を伸ばしても目覚めてはくれない。体温も意識を失いほど高くは無い。むしろ、唯眠っているだけのようにも見えるが、こんなにも唐突に眠るなどありえるだろうか。


「医務室に連れて行きましょう」


ケイトがセイラに縋り付くハナの肩を叩くと、ジルフォードがセイラを抱き上げた。あまりにも自然な動作にジョゼが意地悪げに笑みを浮かべたが、自体を察して何も言わなかった。


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