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第44話:光

散々、暴れてみても扉を開けることはできず、遥か頭上にある窓からも脱出はできそうにない。

その窓から差し込む陽光もなくなると小さな部屋の中は完全な闇だった。

今日は月の姿すらないらしい。

膝を抱え込むように座り込み、冷たい石の壁に身を預けると寂しさが込み上げてくる。

夜の闇は怖くない。夜の闇は人々の安らぎを守るためだと教えてくれた人がいたからだ。

人工の闇も怖くない。坑道の中は真っ暗でも、手のひらにはしっかりと大事な人の温もりがあった。

けれど、今は一人きり。

冷たさと静寂以外、何もなかった。


ぎゅっと己の身を抱いていると、何も分からず路地裏に転がっていた頃を思い出す。

いつも空腹で、寒さと寂しさに震えていた。

誰もが見ないふりをするか、汚ならしい物を見る目をするかのどちらかだった。

朝がくるのが恐ろしくて、夜がくるのが怖かった。

自分でも、生きているのか分からなくなった頃、手を差し伸べてくれたのは、美しい女性と女の子だった。

ぼろ布を纏っただけの見捨てられた子供に女神の名を与えてくれた。


その時の光景を繰り返し思い出しながら、なんとか涙は零さまいと唇を噛みしめると、その痛みでまた涙が込み上げてくる。



今泣けば、涙まで凍ってしまいそうだった。



セイラは暗闇で迷子になったときは、大きな声で呼べと言った。

どこにいても必ず見つけてあげるからと。

けれど、今はどんなに心細くてもその名を呼ぶことはできない。

ハナは懸命に扉が開かないことだけを願った。

本物のセイラ王女を捕まえたと誰かが叫ばないように。









どれほど経ったのか、ハナにとっては絶望的に長い時間が過ぎた後、暗い部屋に四角い光の入り口ができた。

痛いほど強く心臓が鳴る。

緊張して固くなった体にオレンジの暖かい光が降り注いだ。

その光は、微笑みながら手を差し伸べた。


「ハナ殿。助けにきましたよ」


ケイトの暖かな色に安堵を覚えながら、同時に焦りが沸き起こる。

ケイトはセイラの護衛に付いていたのではないのか。


「あなた、どうして! セイラ様は……」


信頼できるからこそ任せたのに。

今まで耐えていた涙が溢れだす。

震えるハナにマントを巻き付けてケイトは安心させるように、肩を叩いた。


「セイラ様に貴女を見つけるようにと頼まれました」


「セイラ様に?」


「貴女はさみしがりやなので、きっと泣いていると」


「泣いてなどいません」


涙を溢れさす瞳で睨まれても、全く説得力は無かったがケイトは頷いた。


「そうですね。それはセイラ様が心配で思わず流れてしまっただけですよね」


「そっそうですわ」


泣いていると宣言したのも同じことに気付かぬままハナはさっと下を向いてしまった。

重力に従って、ほとほとと涙の粒が落ちていく。震えるハナの肩に手を置いて、ケイトは微笑んだ。


「大丈夫ですよ。たくさんの人が 貴女方の味方なのですから。さぁ、早くセイラ様に無事な姿を見せてあげましょう」


頷くハナの背を押して、小さな入り口から廊下へと足を踏み出すと、ハナがはっと息を飲み、歩みを止めた。

前方で止まってしまったハナの視線を辿ると床に伸びた兵士の姿がある。


「……貴方がやりましたの?」


伸びた兵士たちは体格もよく、それぞれに剣を帯びていたが、誰一人として手にする間もなく倒されたのだろう。

兵士としてのケイトを知らないハナにとっては信じられない光景だった。


「これでも鍛えているのですよ?」


軽く肩を竦める姿からは優しさばかりが伝わってくる。


「こっこれでも、小さな隊ですが、任されているのですよ!」


ハナの困惑の表情が疑いに見えたのか、焦ったように続くケイトの言葉に、ハナの口元が久しぶりに緩んだ。


「疑ってなんていませんわよ」


目元を濡らす涙は温かく、凍えてしまうことはなさそうだ。

月の姿が見えなくても、隣に柔らかな灯火があれば、追いかけるのは容易な気がしてきた。


「ケイト殿。助けに来ていただいてありがとうございます」


深々と頭を下げると焦っている様子が伝わってきておかしくなった。

顔を上げ、笑みと共に「ありがとう」ともう一度口にすると、ケイトの頬に色がついた気がしたのは、きっと錯覚に違いない。

もし本当だとしても確かめる余裕はない。

ハナはきりりと顔を引き締めると、しっかりと前方を見据えた。


「一刻も早く、セイラ様の所へ行きましょう」


「ハナ殿はいつもセイラ様が一番ですね」


自分の身より、見えないセイラの身を案じて震える小さな背に、もう少し自分のことを考えてもいいのにとケイトは苦笑した。


「貴方には居ませんの?唯一の方」


振り向いたハナの大きな瞳の中でケイトの困惑が揺れた。


「唯一…ですか?」


ケイトには大切な家族も尊敬できる人物も身近にいるが、唯一となると返答に困る。

ハナにとって何者にも代えがたい人は二人いたが、一方が欠けた今となってはセイラが唯一の人だ。


「私、セイラ様が居なかったら生きていないでしょう」


ケイトは瞠目したが、ハナにとっては言い過ぎではない。


「私、孤児でしたの。セイラ様に拾って貰わなければ、飢えて死んでいたか、殺されていたか」


自ら生きるのを諦めていからもしれない。

昔は孤児だっと自ら口にすることなど無いと思っていた。口にすることで、捨てられたのだと、要らない子供だったのだと自覚するのが怖かったからだ。今では誰よりも幸せだと思っている。

けれど、自分が孤児であることが歓迎されないことも知っている。

ジニスのセイラの侍女ならば問題ないことが、エスタニアのセイラ王女の侍女としては問題なのだ。

現に、アリオスの貴族たちは挨拶に来ては、私どものところにもセイラ様と年の近い娘がおります。侍女にいかがですかと言ってくる。セイラの汚点になると分かっていながら、ジニスに残るという選択は出来なかった。


「名前も住む場所も生きることも全て与えてもらったんです。それまでは路地裏に捨てられていたんですよ」


路地裏での楽しい思い出なんてほとんど無いが、路地に流れてきていた美しい歌声が好きだった。けれど、歌詞はひどく嫌いだった。こんなに別れが辛いなら、出逢わなければよかったのにと最愛の人を失った女性の心情を切々と歌うのだ。そんな贅沢なこと逢えたから言えるのだ。一人ぼっちだった当時のハナにとって、彼女の想いは傲慢だとしか思えなかった。

今は少しだけ分かる。やはり出逢わなければよかったとは思わないが、無くすのはひどく怖いものだと知ってしまったからだ。


「私、セイラ様が一番ですけれど、私が置いていかれたくないんですわ。無くしたくないんです。だから、全部自分のためなんです」


「それで、いいのではないですか。結局、セイラ様のためにもなるのですし」


「……そうでしょうか」


二人は傍から見れば、互いに信頼し必要とし合ってるとしか思えない。ケイトは力強く頷いた。


「セイラ様は一直線暴走型ですから、ちゃんと止めてくれる方が必要ですよ」


「一直線……なんですの。それ」


そう言いながら、なぜか納得できてしまう。


「ハナ殿は適任でしょう?」


「……そうだといいと思いますわ」


「それを証明しに行きましょう」





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