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第42話:線

「まぁ、セイラったら」


紺色のスカートの裾を引っつかみ、走り行く少女の姿を窓から見下ろしながら、ダリアはふっと口元を緩めた。

結われていない亜麻色の髪はその速さを示すように、ぴんと後ろへと流れている。

向う先は書庫なのだろう。


「ケイトの奴出し抜かれたな」


ダリアは同じように眼下を見下ろす男をちらりと見ながら、可哀想な彼の部下のことを思ってため息をついた。


「意地悪な方ね。わざとケイト殿にお使いを頼んだくせに」


「何のことだか」


口角を上げる男にもう一度息をつく。

我が兄ながら、厄介な人だと。


「本当に意地悪ね」


少女の姿は小さな足跡だけを雪の上に残して、もう消えていた。

ダリアは窓の背を向けると椅子に戻り腰を下ろした。


「サンディア様のことなんてちっとも疑っていないのでしょう。必ずセイラが首を突っ込むと知っていて、部屋に軟禁するなんて」


「お嬢ちゃんには、もう少し世間も知ってもらわなきゃな。腕も立つし、度胸もある。だが、あのお嬢ちゃんは純粋すぎる」


ここは良い人ばかりの彼女の故郷ではないのだ。

思いもよらないほど暗い部分がある。

わずかばかり表情を固くした妹に暗い笑みを返した。

夢物語から抜け出したようなダリアでも、十分にこの国が抱えている恐ろしさも醜さも知っている。

彼女は、辛さとは無縁といった笑顔をたたえながら国の頂点に立つ夫を支え、共に戦ってきたのだ。


「セイラは強いわ」


「確かに予想以上のお姫様だけどな」


「そうでしょう。兄様が認めるくらいだもの」


ふいと視線をそらしたジョゼに小さく笑いかけ、セイラの回りにいる人物の顔を思い浮かべた。夫であるルーファはもちろん、ダリア付の侍女であるマキナも、彼女のことを気に入っている。



「守り、支え、導いてくれる人が周りにいるのは、あの子の力だと思わない?それにね、線を引けないのよ」


「線?」


訝しげに眉を寄せるジョゼにカップを渡しながらダリアは頷いた。


「ここからは入ってこないでって。境目を作れないの。作ってもセイラは越えてしまうのかしらね? それがちっとも不快ではないのよ。」


やはり分らないといった顔をするジョゼに言葉を重ねた。


「私、ジルフォードの支えになれると思っていたの。だって私の弟でもあるのよ。うんと仲良くなろうと思ってたわ。でもね、初めて会ったとき、あの子脅えたのよ」


「は?脅えるってあいつが?」


ジョゼにはジルフォードが脅えている姿など想像ができなかった。

しかもダリアに脅えるというのが理解できない。

彼女の笑顔は、警戒心を解かせ安心をもたらすものだ。

しかも初めて会ったときというなら、十二、三の子供のはずだ。

何に脅えるというのだろう。


「そうよ。目の前の人物は誰でどこまで関わってもいいのか。誰かに影響力があるのか、迷惑はかけないか……一生懸命見極めようとしていたのね。どこに線引きして良いのか。」


細められたダリアの瞳は、遠い記憶の中の小さな少年の姿を見つめていた。

本に埋もれるようにして居た少年は紫色の瞳で、懸命に相手の正体を見極めようとしていた。


「ルーファの婚約者だと知って初めて線引きがされて、対応が決まったのね。挨拶もするわ。質問にも答えてくれる。」


けれど一度とてジルフォードから質問されたことなどなかった。


「お茶会にも来てくれるわ」


けれど兄の婚約者と知ってから二人きりで会うことは無かった。


「それでいいと思っていたのよ」


いつか距離は縮まるものだと思っていたのだ。

けれど、会ったときから全く変わっていない。


「でも、セイラが来て、少し欲が出てきたみたい。もう少し仲良くなりたいわ。ジルフォードがびっくりして大声を出すところとか見てみたいわ」


「あいつが大声ね〜……」


「にっこり笑うところでもいいわね」


ジョゼはありえないと言えず、手にしたカップの中身をぐいと飲み干した。


「さて、そろそろ失礼しますよ。王妃様」


「ええ、ちゃんとお仕事してくださいね」


他国の使者も見惚れる笑みを向けられて、ジョゼは苦々しげな表情を浮かべる。

溜まりに溜まった書類の山を幾日も部屋に放置していることを責められていると分っているからだ。

ルーファが漏らしたに違いない。

夫に迷惑をかけないで下さいと笑顔の上に書いてある。


「……ああ」


「ケイト殿に押し付けないで下さいよ」


「そんなことするわけないだろう」


うそ臭い作り笑いを浮かべ去っていくジョゼの姿に、ダリアはそっと心の中でケイトに詫びた。



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