第39話:馬車の中
ユリザがセイラ負傷の報を受けたのはアリオスへ向かう馬車での事だ。
もう何日も揺られているが、さすがに彼女は馬に乗りたいや森に入りたいと駄々をこねることは無かった。
宿に着けば彼女の好みを熟知している侍女たちが部屋の内装から食べ物まで指示を出し変えていくので、揺れさえ除けば中々快適な旅だった。
馬車の中でも己の仕事をこなしていたユリザに使いのものが持ってきたのは定期的な使者との連絡ではなく、簡素にセイラが射られ怪我をし、犯人は今のところ分からないとだけ書かれてあった。
「何をやっているのかしらね。あの子」
アリオスへ入ってまだ一月だというのに、相変わらず妹の周りは騒がしいらしい。
使者の報告という名ばかりの愚痴の束が落ち着いたと見えたのに、今度はもっと面倒な事に巻き込まれているようだ。
「それにしても半端ね」
この書き方だと大した怪我を負わされたようでもない。
ちょっと掠った程度だろう。
寝込むような傷を負ったのならば、アリオスの危機管理能力とエスタニアへの対応を見ることが出来たのにと物騒なことを考えているなど当のセイラは全く知らない。
視線を向けた窓の外には夕闇が迫っている。
もうすぐ今日の宿に着くだろう。
丁度いいとばかりに、今まで手をつけていた書類と共に手紙をまとめ、今日の仕事は終了だ。
ユリザにはセイラが犯人探しをしているような気がしてならない。
いや、彼女の知る限りセイラなら絶対首を突っ込んでいるはずだ。
「期限は、そうね私が城に着くまでにしましょう」
それまでに解決出来ないようならば、アリオスにも少々痛い目を見てもらおうと、ユリザは魅惑的で恐ろしい笑みをそっと浮かべた。
未だセイラはエスタニアの所有物だ。
アリオスの私情で傷つけるなど許されることではなく、お気に入りに手を出されるのも面白くない。
そのお気に入りが隣国を引っ掻き回しながらちょこまかと動いていると思うと非常に愉快だ。
「賢者殿に貸しを作るくらい良い働きをして欲しいものだわ」
アリオスが軍事力で成りあがろうが、王家に恐ろしい噂話があろうがユリザには関係ない。
けれど、型に嵌らぬ王女が欲しいと言ったアリオスの知恵と呼ばれる老人は中々面白い。
次に会ったら「あの娘お役に立ちまして?」と聞く気だったのだ。
今回はいい機会かもしれない。
ほくそ笑んでいると次第に馬車の速度が落ち、従者が宿に着いた事を知らせた。