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第3話:第8王女

 王女の部屋に入り、手紙を放り出し、ヴェールと鬘を乱暴に剥ぎ取って一息つく。 

 亜麻色の鬘の下から流れ出たのはゆるいウェーブのかかった黒髪だった。

 本当はドレスも脱ぎ捨ててしまいたかったが、背中で締め上げているこれを一人で脱ぐ事はできない。

 諦めて椅子に腰掛けると背後から声がした。


「ハナ。お前のほうがよほど王女に見えるな」


 カーテンの後ろから現れたのは、明るい亜麻色の髪を無造作に束ねた少女だった。

 意志の強そうな大きな黒い瞳が面白そうに細められている。

 街の少年たちと変わらない格好は所々泥で汚れているが、どちらの少女もいつもの事なので気にも留めない。

 そんなことより、もっと重要な事があるのだ。


「セイラ様!」


 王女もとい王女に化けた付き人のハナは少女に飛びついた。

 言いたいことと言わなければならない事があるのだが、さてどちらから口にしようか。


「お昼には帰ってくるといったでしょう!」


 とりあえず、言いたくて仕方が無かった愚痴からにする。


「まだお昼だよ」


 指差した時計が指す時刻は3時過ぎ。

 夕方というには早い時間である。


「そういうのは屁理屈というの!」


 喚くハナを宥めながらセイラは手を出せといった。

 いぶかしみながらも差し出されたハナの手のひらに次々に色とりどりの丸いものが落ちてくる。

 赤、青、黄、紫、緑……

「お土産だ」


 と色とりどりの銀紙に包まれたお菓子を乗せていく。

 そうされれば、怒りも次第に収まって、しょうがないですねと苦笑するしかないのだ。


「悪かったね。こんなに早く来るとは思わなかったから」


 本気で予定外だったというように眉を下げられれば、怒りは完全に溶けてしまう。


「そうですね。夕刻だといっていたのに……」


 ハナは酒樽のような使者を思い出し、はっと放り出した手紙をセイラに差し出した。


「なんだ。開けてもよかったのに」


 受け取った手紙は使者がおし抱くように持ってきたものだというのに、

 セイラはなんともぞんざいに振り、ペーパーナイフさえ使わずに封筒の端を破り始めた。


「そうはいきません。国王直筆ですよ」


「開けてもどうせハナに見せるから同じだよ」


 あっさりそう言うセイラにほんのり胸の奥が暖かくなり、頬が緩むのを見られないようにと下を向いて封筒の残骸を拾った。

 そして、無造作に机の上に座るセイラにハナは衝撃的事実を教えるために口を開く。


「セイラ様、結婚なさるようですわ」


「そうみたい」


 意味が分かっているのか疑うほどさらりと流される返事に驚いてハナは声を荒げた。

 ドレスに締め付けられていなかったらもっと大きな声が出たに違いない。


「結婚ですよ! しかもアリオス王国の王子と!」


「そう書いてあるね」


 ほらとセイラは手紙をよこした。

 書かれた文字は優雅で、けれど内容は事務的にたんたんと結婚が決まったことを告げていた。

 アリオス王国は隣国で、最近軍事力により大きくなってきた国だ。

 国王は婚姻による和睦を申し入れてきたらしい。

 エスタニア国王も、東の国と険悪なムードになっている現在、西の守りは堅いほうが良いと判断したのであろう。

 その申し入れに快く応じたらしい。


「だからって何故セイラ様に」


 おそらく、第6,7王女が候補にあがったが、あんな成り上がり国嫌だと突っぱねたのであろう。

 どちらも正妃の娘だ。

 野蛮だと言われる軍事国家に嫁がせるには抵抗があったのかもしれない。

 それに比べ、セイラの母の身分は低い上、すでにこの世にはない。

 誰も文句を言うものなどいない。

 かっこうの生贄であろう。

 何故と問いながらも、セイラにこの話が届いた経緯が容易に想像できて、ハナは頬を膨らませた。


「まぁ、いいんじゃない」


 セイラは膨らんだ頬を指で突き、空気を抜けさせた。


「どこがですか!」


 あっけらかんというセイラにハナはかみついた。


「アリオス国がどんなところか興味もあるし。あっちは雪も降るらしいね。楽しみだ」


「セイラ様」


 脱力してハナは座り込んだ。

 どうしてこの人はいつもこうなのだろう。

 どちらにせよ無力な少女に国王の決定を覆す事など出来ないのだ。


「私もお供しますからね」


 王女であろうとも覆せない事はハナもよく知っている。

 使者も手紙もこれは決定事項だと言っているのだから。

 ハナは少々涙目になりながらもきっぱりと言い放った。

 これはハナの決定事項。

 何があっても覆す事のできない少女の誓いなのだ。


「当たり前。ハナも一緒に雪遊びしなきゃね」


 一生を左右する話の中で嬉々として雪遊びの話をする少女に軽くため息が出る。


「……それにしてもジルフォード王子なんていましたかしら。ルーファ王子……今は国王ですわね。彼の話は聞いた事がありますけど、弟君のことなんて聞いた事がありませんわ」


 アリオス国のルーファの名は近隣にも知れ渡っていた。

 王子であったときはその優れた武勇で国を大きくするのに貢献し、国王となった今では武力でなりあがった国とも思えないほど柔軟に隣国とも渡り合い、治世も悪くないと聞く。

 妹姫がいる事はおぼろげに聞いたことがあるのだが、はたして弟君など聞いたことが無い。


「向こうも第8王女のことなんて聞いた事ないんじゃないかな?」


 憤慨する友人にセイラはにっこり笑った。


「なるようになるさ」






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