第38話:お茶
部屋に帰りつくと夕飯にケイトを誘ったのだが彼は頑なに首を振った。
こっそり抜け出しているほんのお詫びのつもりだったのに軽々しく夫でもない男性を部屋に招くものではありませんと叱られてしまった。
「そんなに固い事言ってるともてないよ?」
「前にも言ったと思いますが……もう少し慎みを持ってください」
苦りきった顔に実は窓から出入りしてますなんて言えるはずも無い。
「ジョゼなんて勝手に入ってくるのにね」
「……あの人は特殊なんですよ」
あまりに深いため息にケイトは苦労人だなぁとセイラは自分のことは棚上げにして呟いた。
「何か進展はありまして?」
その言葉にケイトは顔を引き締めて強い口調で言った。
「あったとしてもお二人に教えて差し上げるわけにはいきません。どうか部屋で大人しくして置いてください」
「お引止めしている私の身にもなって下さいませ。セイラ様が暴れはじめないうちに解決してくださいな」
ハナの演技力に拍手を送りながらセイラも続く。
「もう三日目だもんね。そろそろ無理かも」
「私共も手を抜いているわけじゃありませんよ。ですが、いろいろありまして……」
あまりに申し訳なさそうな顔をされると此方が苛めているような気になってくる。
昼夜張り付いて守ってくれていることは知っているので、感謝の意味も込めて、ぽんぽんと背中を叩く。
「君たちが頑張っている事は分かってるよ。でも無理せずに休みはとってね」
「はい」
瞳を潤ませながらケイトが廊下に消えて一時間弱。
夕食も食べ終えてほっと一息ついているときに舞い込んだ問題が一つ。
「おかしいね」
「そうですわね」
二人の前に置かれているのはカップに注がれたお茶だ。
食後の一杯。
別におかしいところは無いように見えるが、問題なのは送り主だ。
「マキナが用意してくれたって?」
「ええ、傷に効くお茶だからと」
そのお茶はカナンの部屋で出されたお茶と香りも色もよく似ていた。
彼も傷に効くと出してくれたのだ。
確かにダリアと共にお見舞いに来てくれたマキナがお茶をくれると言ったのだ。
「お茶だよね」
「ええ」
彼女は茶葉をくれると約束してくれたはずだ。
研究したがりのハナの性格を知って、それならば茶葉を持ってこようと。
セイラがハナの淹れたお茶を好むと知っている近しい侍女たちも必ず茶葉を持ってくるようになった。
だからお茶がなみなみと入ったカップが持ってこられることなど無いはずなのだ。
「怪しいね」
「そうですわね。飲まないほうが良さそうですわ」
まだ温かいお茶を処分するためにハナは立ち上がり、慎重にカップを手に持った。
もし茶葉で届けられたとしたら気づくことが出来ただろうか。
ハナは唇を噛み締めて、ゆれるオレンジ色の水面をきっと睨んだ。
「何かあったのかな?」
「何かとは?」
「だって、二日間何も無かったのに、今日は明らかにおかしいでしょ」
「そうですわね」
確かに警備は未だに強固で、この二日間と今日とで何かが違うわけではない。
それならば襲う側に何か心変わりでもあったのか。
どちらにしろ早く犯人を捕まえるに越したことはなさそうだ。
「明日はあの計画実行しよう」
「ええ」