第25話:賭けと真実
「あの様子だと最後まで気づかないかもしれないな」
街での出来事とセイラの様子を伝えたジョゼは行儀悪く椅子に座りながら呟いた。
「それでも構わないがな」
それにルーファが続く。
政略結婚ともなれば結婚式に初めて顔を合わすということも珍しくもない。
互いの正体を知らなくとも仲良くやっているのだから問題はないだろう。
「そうかしらね」
ジョゼの言葉に異を唱えたのは王妃であるダリアだった。
金に輝く柔らかな髪を結い上げて淡い色彩のドレスが更に優しい顔立ちを引き立てている。
「王妃様は気がつくと?」
にやりと笑うジョゼにお茶を差し出しながらダリアはふわりと笑った。
「そうね。あの子ならきっと見つけてくれるわ」
ダリアはもうすぐ義妹になる少女を思い出して笑みを深めた。
ころころと表情を変える少女は本当に可愛らしい。
最近は雪遊びに夢中であまり訪ねてきてくれないのが残念だけど。
―ジルフォードを見つけたときどんな顔をするかしら
あまり変わらない気がした。
あらためてよろしくと言っている姿が容易に想像できる。
「けどな王妃様。おの嬢ちゃんかなり鈍いぞ。語り部の話を聞いても気づかないなんてな」
「誰があの子に正確な情報を与えたのかしら?」
その言葉にジョゼはどういうことだという顔をした。ルーファにも分からない。
ここにいる三人ともセイラにジルフォードの情報を与えてはいなかった。
ダリアも問われれば応えようと思っていたがセイラの口からは “ジルフォード”は出てこない。
「あの子が聞かされたのは悪意のある情報だけよ」
いくら注意していても口さがない噂話が城の中でも飛び交うのだ。
自国で、アリオスまでの道中で、城で、街で誰か一人でも事実だけを伝えただろうか。
「あの子が見つけた事実とアリオスが作り上げた歪んだ事実はどこで交わるのかしら。求めるだけ求めて、こちらは何も与えずに鈍いなんて言ったら失礼よ」
閉口するジョゼにダリアはもう一度微笑んだ。
―でも、きっと見つけるわ。だって“ジルフォード”も“ジン”もあの子の好きな雪色だものね
「式までに必ず見つけるわ。賭けても良いわよ兄様」
ダリアの物言いにジョゼは渋い顔をした。
彼は彼女との賭けに勝ったことが無いのだ。
案の定、思っていたよりも早く、賭けの結果が伝えられる事となる。
書庫でのお茶会は定番になりつつあった。
書庫をぐるりと囲むように日々増えていく雪像がその証拠でもある。
その気味の悪い雪像のせいでカナンに苦情が来たとか来ないとか……どちらにせよ数は減ることなく今にいたる。
見かねたハナが撤去しようかと提案したのだがカナンは「このままで良いですよ」とのほほんと笑うのだ。
そのカナンの優しさにつけこんで今日も新たな像が出来つつあった。
「カナン様……そのうち書庫が雪像に占拠されますよ」
ハナは茶葉をポットに入れているカナンに苦笑交じりに告げた。
ハナ自身は菓子を皿の上にきれいに並べていく。
いつものメンバーの半分は外で雪に埋もれている。
帰ってきたときのために暖炉の火は燃え上がり、タオルも毛布もたくさん用意されていた。
「それは楽しそうですね」
「楽しいですか?」
セイラの美的感覚は玉に囲まれて育ったせいか優れているといっても言い。
ダリアやジンの美しさを褒めるのはよく分かる。
けれどあの雪像はいかがなものか。
「可愛いだろう!」と満面の笑みで言われたときは流石のハナも声を失った。
可愛くはないと思う。侍女仲間も不気味そうに見ていたし。
「ジン様が雪遊びをされるなんて初めてですから嬉しいのです」
「……そうなのですか?」
これほど雪が降る国だというのに一度も雪遊びの経験が無いと言うのだろうか。
「ええ」
それどころか他人と遊ぶのも初めてだろう。それほどまでに彼は孤独だった。
「カナン様」
「何でしょう?」
「この間、街に下りましたの。そこでジルフォード殿下の話を聞きました。色なしだと。呪われた子だと」
カナンは目を伏した。
瞳の奥でゆらりと哀しみが漂っている。
噂話だけで嫌なイメージを持って欲しくなかったが口さがない誰かから聞いてしまったのだ。
出来るなら、そのままの彼を見て欲しいと思っていた。
「セイラ様は……何が恐ろしいのかと、どこが呪われているのかと言ったましたわ」
その言葉にはっとカナンは顔を上げた。
「私もそう思いますわ。話を聞く限りちっとも怖くありませんもの。エスタニアで、この髪の色は可笑しいなんて言ったら暴動が起こりますわよ」
大陸一大きな国であるエスタニアには様々人が生活している。
その中で一つの色を嫌悪するなんてありえなかった。
しかも鬘や染めるなどの方法で日々髪色を変えて楽しんでいる人も多い。
本当に魔物のような恐ろしい人物だと言うならば絶対にセイラを嫁になんてやりたくないと思っていたのに、その話を聞いて拍子抜けしてしまった。
軽く息を吐くハナに彼女たちは他国から来たのだとカナンは改めて感じた。
カナンの視線の先でハナは「それは良いのです」ときりりと表情を引き締めた。
「アリオスの事情を理解しようと努めています。ジルフォード殿下の立場が不安定な事も……けれど私、許せないことがあります」
聞いてくださいませと机を叩くとカップが悲鳴を上げた。
ハナは眉を吊り上げ口を開いた。
式も差し迫ったこの時期、式には他国の使者も多数訪れる事もあり、国の威厳を見せるためには失敗は出来ないとなんどか打ち合わせが行われたのだ。
そこにジルフォードは現れず、セイラはたった一人壇上に立った。
そのことを語るとカナンは深く頭を垂れた。
それにはカナンの責任もある。
そのことを知っていながらジルフォードを送り出さなかったのだ。
ジルフォードにとって辛い場所である事は分かりきっていたから。
「それに、謝罪の手紙どころか、挨拶状すらもらっていませんの」
ハナの怒りにあわせるように湯が沸き、シュンシュンと音を立てる。
慌ててやかんを火から遠ざけながらカナンは今の言葉を反芻した。
―挨拶状ですか……
確かに毎日のように顔を合わせているが正式な挨拶状など交わしてはいないのだろう。
エスタニアでは交わすのが常識なのだろうか。
その思考を打ち破るようにハナの声が届いた。
「それにしても、どんな方でしょう……外見はなんだがジン様に似ていますけど」
その言葉に彼女たちの事実を知り、カナンが珍しく声を立てて笑うのは数秒後のこと。
ここは書庫の石壁を隔てた外の世界。
吹きすさぶ風も雪像の林が盾となり直接当たらない。
雪像の数は二十を超えた。
像を作るのに飽きたのかセイラは雪山に身を横たえた。
頭上にはこの時期には珍しく青い空が広がっていた。吸い込まれそうな青い空。
視線を横にすると雪の色が広がる。その色をたどっていくと藍色にぶつかった。
空を見上げている青年のマントの色だ。背中に垂れた白い髪がマントの色によって余計に強調されている。
―雪色……白……
『お城には魔物がいるよ』
『魔物はとても美しい生き物なんだよ。そして優しくて臆病だ。』
『赤子は白かった』
『雪の色』
今までグチャグチャだった情報が己の場所を知っているかのようにぱちりと一箇所に納まっていく。
青年と視線が交わったとき、それは継ぎ目無く一つになった。
「ねぇ」
夜の神と姿の無い魔物
「ジンがジルフォード?」
青年は静かに頷いた。
「そっか」
式には会えると言いつつ、とっくに対面を果たしていたのだ。
しかも絶対に記憶から薄れない美しい世界で。セイラは立ち上がり雪をはらい、青年の正面に立った。
「私はセイラ。セイラ・リューデリスク・リーズ=エスタニア」
陽光に亜麻色の髪が煌いて青年の脳裏に月の女神の像が浮んだ。
そして、かつて青年を月の子と呼んだ一人の女性の姿が。
「これからよろしく。ジルフォード」
笑顔と共に差し出された手を青年は初めて己の意思でとった。
手袋もなしで遊んだ手のひらはどちらも同じほど冷えている。
書庫に入ろうかと提案しかけたその時、書庫から飛び出してきたハナがカナンの笑いの原因を伝えたが、セイラはにっこり笑って繋いだ手を掲げて見せた。
「今、挨拶終えたんだ」
「……そうですの。冷えてしまいましたでしょう? お茶にしましょう」
ハナはその姿に苦笑して、二人の背を押した。