第22話:歌
表街にも勿論なじみの店があるのだが、ジョゼには裏街の猥雑さの方が身に馴染む。
今や己の庭のように自由に歩きまわれる。
けれどここはサンジェリカ通り。
通り自体のたくってはいるけれど、怪しげな煙りのでる煙突もなければ、歌う骸骨もいない。
代わりに鮮やかな色で塗られた店に子どもたちの笑い声が響く。
ジョゼは鎧もつけていないし派手な眼帯もつけていない。
それなのに立派な体躯のせいか、眉間に皺を寄せているせいか人の目をひく。
―ここで何をしろって?
見渡しても変わったところなどなく、子どもたちがわいわいきゃらきゃらと甲高い声ではしゃぎまわっているだけだ。
いつもの格好ではなくともジョゼは名の知れた人物だ。
幾人かは彼に気づき、目を見開いた。
将軍とおもちゃ屋!
そんな心情が読み取れるようだった。
明日辺りには将軍に隠し子説が広がるかもしれない。
しばらく歩いてみても収穫は無く、特に用も無いので帰ろうとしたときのことだ。
『お城には美しい人がいる。その髪はアリオスの初雪の色。冬の女神から祝福に、雪の色をもらったの』
可愛らしい声が弾むように歌う。
『その美しさに月は微笑んで瞳に千の色を与えたの』
もう一つ声が重なった。
『お城には美しい人がいる。満月の日には紫水晶の色。』
『三日月日には紅玉の色。』
『新月の日には黒曜石の色。』
次から次に子どもたちが歌に加わっていく。
初めて聞いた歌だ。けれど歌われているのは誰なのかすぐに分かる。
―どうなってる……
少しばかり前に表街に来たとき誰もこんな歌など歌っていなかった。
ジョゼは子どもの腕をとった。最後の言葉の口の形のまま子どもは何事かとジョゼを見上げた。
「その歌、どこで知った?」
「おじちゃんに教えてもらったの」
子どもたちに引き連れられてジョゼは広場までやってきた。
広場の隅には派手な男が一人椅子に座り、弦楽器を弾いていた。どうやらその男が子どもたちの言う「おじちゃん」らしい。
目の前が翳ったので男は顔を上げた。ジョゼと子どもたちの姿を認め、にこりと笑みを浮かべる。
「さぁて今日は何の話がいいかい?」
「聞きたいことがあるんだが」
「はいさ。マルス将軍の話かい?」
「こいつらが歌ってた歌について」
子どもたちがまた歌いだす。随分と気に入っている様子だ。
その歌を聴いて男は更に頬を緩めた。
「中々良い歌だろう? ワシが作ったんだよ」
「あんたが?」
「と言いたいんだがね。ネタは別にあるんだよ」
男は弦を弾く。ポロロンと楽しげに楽器が歌う。
「この間さ、変なお嬢ちゃんが来て、いろんな話をしていったわけさ。それがあんまりキレイなもんだったからさ、歌にさせてもらったんだよ。ジニスの話もよかったけどね」
ジニスと聞いてジョゼの頭に一人の少女が浮んだ。
「アリオスに来て一番キレイな色は雪の色だってさ。それと同じ色の髪を見たってえらく嬉しそうに話すんだよ」
こっちまで嬉しくなるような笑顔だったよと男は続けた。
「そのお嬢ちゃんと一緒に十七、八に見える男は居なかったか?」
「ああ、居た居た。もう一人黒目のぱっちりしたお嬢ちゃんが居たよ」
間違いない。男の会ったお嬢ちゃんとジョゼの想像する少女は同一人物だ。
「王子様の話をするよりずっと受けが良いよ」
ジョゼは驚きを面に出した。
この男のような語り部たちは大概面白おかしく、また恐怖を煽るように「色なし」の言葉を使うのに。
「ははっ。お嬢ちゃんに言われちまってね。失礼だって……何が恐ろしいんだってね」
ジョゼの驚いた理由が分かったのか男は頬を掻いた。
「そうそう!魔物はキレイで優しくて臆病なんだって。だから怖くないの」
「はっ!」
笑いがこみ上げてくる。
堪えきれずにジョゼは思わず噴出した。
あの小さな体のどこに力があるというのだろう。
十数年も凝り固まっていたものが、どうして簡単にほぐされてしまうのか。
「そいつは本当に良い歌だ。どんどん広めな」
街全体を包むほど。城を揺るがすほど響けばいい。
―これは思惑通りではないだろうな。
ジョゼは執務室で笑みを浮かべていた友を思い出す。あの笑みは苦笑に近かったのかもしれない。
最初は噂になど惑わされずにジルフォードと向き合う相手が必要だった。
それだけのはずだった。
なのに少女は予想外の動きをする。
あの笑みは驚きと感嘆と……少しばかり悔しさが紛れていたのだろう。
きっと同じような顔をしているのだろうとジョゼは己の顔を一撫でした。
「そうするよ」
「広める〜」
男の声に子どもたちの笑い声が重なった。