第21話:思惑と真実
自分に腹違いの弟がいることは母に聞いていた。
その弟が西の離宮からここに移された事も。
ルーファとジルフォードが初めて会ったのは寒い冬の日だった。
会ったといっても偶然同じ廊下に居合わせたに過ぎなかった。
冷たい石の廊下に少年は佇んでいた。
その少年が弟だと瞬時に気づいたのは、彼の持つ色彩のためだ。
目が合ったのは一瞬、すぐに付き人に視界を遮られてしまった。
彼らはジルフォードがルーファを捉えるのを恐れるように壁を作った。
どうしてこれだけの大人がいて馬鹿みたいな噂話を信じているんだろう。
子どもの思考にも彼らの行動は愚かしく映った。
ほんの僅かに見えた弟は無表情だった。
何の感情も知らないような紫の瞳。
恐ろしくは無かった。
まるで童話の挿絵の人物のよう。
嫌悪するには遠すぎて守るにはあまりにも幼すぎた。
その幼い手をその時、とっていれば何か変わっただろうか。
思わぬところで弟と再会した。
勉強の師であるハマナの部屋を訪ねたときだ。
決まった勉強の時間ではなかったが、どうしても気になることがあり扉を叩くと彼はにこやかに部屋へと案内してくれた。
部屋の片隅にその色彩はぽつりとあった。
とりまきがこの部屋には入ってこれないことになぜか安堵したのを覚えている。
何度かこの部屋で会ううちに、自分は弟と話をしてみたかったのだと気づいた。
合わなかった視線が合うようになり、会話も次第に成り立つようになった。
ハマナが賞賛するようにジルフォードの頭はよかった。
西の離宮に隔離されていた間、教育らしい教育を受けていなかったにもかかわらず、知識はルーファの背後に迫っていた。
己の事さえ除けばジルフォードの思考は時に嫉妬を覚えるほど柔軟だった。
もっと多くのことを学ぶべきだ。
ハマナは賢人に違いないけれど全てを教える事はできない。
自分とて十数人の師がいるのだから。
聞けば他に師はいないと言う。
それならば一緒に授業を受けようというとジルフォードは首を横に振った。
「どうして?」
と問えば
「国のため」
まさかそんなことを言われるなど思っていなかった。十にも満たない己より幼い少年に
「争いの種は抱え込まないほうがいい」
反論の言葉が見つからず、助けを求めて師を見上げれば、師はそっと目を伏せた。
ジルフォードがどんな出生を辿ろうとも一番王位継承権に近いのは事実だった。
王妃であるサンディアの親族はジルフォードを恐れながらも王位につけたいと願い、他国から嫁いできたサンディアの親族にこれ以上力をつけさせてなるものかと、息巻く貴族たちはルーファを推した。
幼い己の目には映っていなかったけれどジルフォード派とルーファ派の争いは確かにあったのだ。
「これからアリオスは成長期に入る。国を大きく、豊かにするために。内から崩れる必要は無い。強い王を戴くのら私は表に立ってはいけない」
今思えば十年後に下される王の苦渋の判断をジルフォードは知っていたのだろうか。
その時も、私は手を差し伸べそこねたのだ。
だから今度はけっして逃さぬように
そう思っていたのに予想外にことは運んでいく。
「何笑ってんだよ」
思考を切り裂いて聞きなれた声が落ちてくる。
「ノックぐらいして欲しいのだが」
「ノックもせずに此処に入ってくるのは俺ぐらいだ」
確かにそんな無礼者は目の前の男、ジョゼ・アイベリーだけだ。
「最近嬢ちゃんは書庫に入り浸りのようだな」
「そうらしい」
ルーファの元にもその情報はきていた。
「ケイトが教えたらしいからな。全部お前の思惑通りか?」
にやりと笑う男に首を振る。
思惑など当に超えてしまった。
「セイラ殿はジルフォードを夫だと気づいていないようだ」
「はぁ?……あんなのが二人も三人もいるわけ無いだろうが……」
見事な白髪に色を変える瞳を持つ人物など他国を含めたところで二人といない。
「それでも気づいていないらしい」
気づいていないのは問題ない。
噂などに惑わされずにジルフォードを見てくれるのは、むしろ好ましいぐらいだ。
予想外なのは……
「ジョゼ、最近街に下りたか?」
「ああ、裏街にはよく行くが。何だ?」
「サンジェリカ通りに行ってみるといい」
その言葉にジョゼは片眉を上げた。
サンジェリカ通りは表街の通りの一つだ。
おちゃ屋や子ども向けの店が軒を連ね、ジョゼがいれば浮くこと間違いなしだ。
「いいから行ってみろ」
意味ありげな微笑にジョゼは今日の予定を組み立てた。