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第20話:語り部

「城下に連れて行ってあげましょう」

ケイトにそう言われて、タナトスに来た時以来、初めて街に降りてきた。

さすが都となると随分にぎやかだ。

市の大きさは他の街とは比べ物にならないし、人の多さも半端じゃない。

ついお祭りでもあるのかと呟いてしまうほどだ。

大門から城の門までは太い道が通っているが、一歩居住区に入れば小さな路地が有象無象に入り乱れている。

細い階段が無数に走り、ソレを上れば民家の上は繋がっており、平らな屋根の上を自由に歩きまわれる。

タナトスは迷路のようだ。


「すごいなぁ」


吐き出した息は白くなり消えていく。

ケイトに連れられて街に来たのはいいけれど、今ケイトからはぐれると戻れる自信は全くといっていいほど無い。

城はすぐ其処に見えているのだが、門まで続く大きな道に出るのも自力では出来ないだろう。


「本当ですわ。目が回りそう」


「タナトスは増築を繰り返した街ですからね。ここら辺は新しいからましなほうですよ。裏街に行けば私でも迷ってしまう」


「へぇ〜……」


人がやっとすれ違えるほどの路地を抜けると石畳の広場に出た。

そこには石の舞台があった。


「あれは何するの?」


「ああ、腕試しといいますか……演舞や大会をやることもありますよ」


このような広場は至る所にあるという。

広場の端には人だかりがあった。

そのほとんどは子どもだ。

椅子に腰掛けた派手な男の周りを半円状に囲っている。


「あれは?」


「おそらく語り部でしょう。物語を聞かせるのですよ」


ハナの問いにケイトが答え終わるよりも早くセイラは駆け出していた。

そして子どもの後ろにちょこんと座る。その様子に苦笑しながら二人も後に続く。


「さて、今日は何のお話をしようかね。マルス将軍の話がいいか。エイナの話がいいか……そう言えば、最近エスタニアのお姫様が来たって言うじゃないか」


セイラはぱちりと瞬きをした。


「じゃぁ、恐ろしい色なしの話をしようか」


ケイトは色なしという単語に眉を諌め、行きましょうとセイラの肩を叩く。

けれど、ソレよりも早く男は朗々と語り始めた。


「初雪が舞う、ある寒い日の朝のことだった……


広場は音をなくし、男の声だけが静かに響き渡る。

子どもたちは口を開けたまま、その話に聞きいった。

男の巧妙な語りに場を去ろうと言ったケイトでさえ動きを止めてしまった。



「ジルフォードだ」


男が王妃のサンディアから生まれた子どもの話を終え、恐ろしげな口調から恐怖を感じ取っていた子どもたちの間を明るい声が割った。

その言葉に男は目をむいた。


「お、お嬢ちゃん?」


「王弟のことだろう。彼の名前はジルフォードだよ」


「お嬢ちゃん。アリオスの人間じゃないね。この国で王子様の名前は禁句だよ」


「なんで?」


「なんでってそりゃ……」


苦笑していた男は急に口ごもった。「なんで」なんて聞かれたことは無い。それは当たり前のことになっていた。


「ジルフォードは彼の名前だよ。色なしなんて呼ぶほうが失礼じゃない」


「う……むぅ」


返答に困る男にセイラは更に言い募った。


「それに何で恐ろしいのさ。どこか呪われてるの?」


「お嬢ちゃん、ワシの話を聞いてたかい?……王子様はね」


「銀髪じゃないし、碧眼でもない」


「そうだ」


「で?」


「で……とは?」


「銀髪碧眼じゃないから何か悪い事がおきるの?アリオスは国を拡大してるし、優秀な国王を戴いてる。何か問題が?」


「いや、問題って言われても……なぁ」


「それとも、ジルフォードは魔法が使えたり疫病を流行らせたり出来るの?」


物語には不思議な力を使う人物がたくさん出てくるけれど、生憎セイラは実際にその力を使う人を見たことが無い。

男の話に恐怖を顔に浮かべていた子どもたちはそれを困惑に変えた。


「怖くないの?」


「呪われてないの?」


「魔法?」


どんどん距離を詰めてくる子どもたちに男は叫んだ。


「そっそんなの知らないよう! お嬢ちゃん。あんた何者さ。ワシの商売の邪魔したいのかい!」


「邪魔する気はないけど。邪魔したならごめん」


素直に謝る少女に男は口ごもりながら視線を彷徨わせた。


「お詫びに、一つ私がお話をしてあげる。おじさん、この話を商売に使ってもいいよ」


その言葉に男は目の色を変えた。子どもたちもセイラを中心に円を描きなおす。






『あるところに美しい玉ばかりを食べる魔物がいました。

せっかく苦労して採った玉を食べられてしまうので人々はとても困っていました。

人々はその魔物を口々に悪く言います。

なんて醜い姿だろう。なんと恐ろしい瞳だろう。大きな爪で襲ってくるよ。捕まればひどい目にあうよ。

子どもたちは、その話を聞いて家から出れません。

ある日、人々は魔物を捕まえたのです。

そして鎖で繋ぎ、檻に入れて散々悪口をいいました。

お前などいないほうがいいと。お前は悪い魔物だと。

棒で打ち据え、石を投げました。

魔物はぽろぽろと泣き出しました。そこに一人の男が現れました。


「おやめよ。痛いと辛いと泣いているじゃないか」


けれど人々はいいました。この魔物が悪いのだ。


「こんなにもキレイな涙を流しているじゃないか」


男が触れると魔物の涙は固まり、美しく光る玉になりました。


「美しいものだけを食べて生きているのに、お前たちの言うように醜いわけないじゃないか」


男が檻を開け、魔物を外に導き出すと、その姿は月の光を浴びて淡く光りました。

そこには大きく裂けた口も鋭い爪もありません。

大きな金色の瞳があるだけです。その瞳で玉を探すのです。


「醜いのはお前たちの心だよ」


人々は俯いて視線を逸らしました。

男は魔物を鎖から解き放ちました。


「お前。ジニスにおいで。お前に必要な分だけ上げるから玉を捜す手助けをしておくれ」


魔物は男の手をとりました。

男は魔物にサイと名をあげたのです。

サイは喜び、玉を一番美しく見せる方法を教えてくれました。

こうしてジニスは何処よりも優れた鉱脈師の街になりました。そしてジニスでしか取れない半透明な玉をサイと呼ぶようになったのです。』







セイラが一度瞬きをするとお話は終わりだと告げた。


「魔物は怖くないの?」


一人の少年が大きな瞳を瞬かせた。


「魔物は怖いものなのかな?私はね、魔物はとても美しい生き物だと教えてもらったよ。美しくて優しくて、ほんの少し臆病だと。人はその美しさと優しさに恐れてしまうんだ。自分がひどく醜いと意地悪だと気がつかされてしまうのが嫌なんだって。だから、先にお前のほうが悪い、おかしいと決め付けて近づかないようにするんだ。魔物は臆病だから、違うよって言えないんだ。だからね、仲良くするには人が君のこと嫌いじゃないよ。ひどいことなんてしまいよ。友達になろうって言わなきゃダメなんだよ」


「魔物と仲良く?」


不安そうに見つめてくる少年にセイラはふわりと笑った。


「ちゃんと見て」


セイラは少年と己の瞳を交互に指した。


「何にも惑わされずに君が判断するの。本当に恐ろしい? 仲良くなれない? なれると思ったら手を差し出して。とても勇気のいる事だけど、君たちは強い」


「うん。おいら剣をならってる」


「僕も!」


次々に手を上げる子どもたちにいちいち頷いて見せた。


「剣を持つのと同じくらいよく考えて」


「うん」


至る所で子どもが頷くのに良い子だとセイラが告げると子どもたちははにかみながら頬を染めた。


「お嬢ちゃん。話に出てきたジニスってのはエスタニアのジニスかい?」


「そうだよ」


「そうかい。他国の話は受けがいいんだよ。さっそく使わしてもらおう」


どうぞとセイラは微笑んだ。


「アリオスの素敵な話もしようか?」


皆こぞって首を縦に振った。




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