第19話:暁と闇
セイラは次の日も書庫を訪れた。
ハナは仕事があるそうなので、残念なことに一人きりだ。
書庫に入るまでにたっぷりと雪遊びもした。書庫の扉の左右には不可思議な雪像が並んでいるのが証拠だ。
「こんにちは。カナン」
「いらっしゃいませ」
カナンは不思議な人だ。挨拶を交わしただけで頬が緩む。
雪遊びで冷えた体も暖かくなるようだった。
「ジンはいる?」
「三階のロフトにいらっしゃると思いますよ」
後でお茶を淹れましょうという言葉に頷いて階段を上っていく。
三階の隅で見つけた不安定な縄梯子を上っていくと、狭い場所に出た。
狭いといっても二、三人は優に寝転べるが備え付けられた机にも床にも本がたくさん置いてある。
それに埋もれるようにして青年の姿があった。
「……入っても良い?」
青年が頷くのを見て縄梯子を上りきる。
入り口は狭いが、中に入るとセイラなら立ち上がっても十分に天井まで余裕があった。
壁にあいた窓からは午後の柔らかな光りが差し込み、ふかふかのクッションがたくさん。
入り口が狭いため、冷たい空気もあまり流れ込んでこない。なかなか快適な空間だ。
「聞きたいことがあるんだ。いろんなところに飾ってある鳥って何?カラスかなと思うんだけど」
旗や石像として飾ってある羽を広げた鳥は口になにやら赤いものを咥えている。
その鳥はケイトの鎧の胸にもついていた。
問うのはケイトでもカナンでもよかったのだが、ジンと話してみたかった。
「……あれはマルス将軍の象徴。咥えているのは太陽だと言われている」
「マルス将軍」
この間見ていた本に出てきた名前だ。確かアリオスをつくった人で軍神ともうたわれていた。
「え〜っと、暁を背に? だっけ?」
出だしを思い出そうと記憶を辿る。
「『暁を背に対の魔剣を従えて咆哮せしめし軍神マルス。右手に持ちしは漆黒の刃『月影』左手に持ちしは真紅の刃『陽炎』。『月影』に切り裂けぬものは何もなく、『陽炎』に守れぬものは何もない』」
その国立物語に則してアリオスでは右軍を月影、左軍を陽炎と呼ぶ。
「そう。それだ」
セイラは一番手触りのよいクッションを探り出し、抱きしめた。
―夜の色だ
寝転んである角度から見上げると青年の瞳は新月の夜の色に変わる。
「アリオスは太陽から始まるんだね。エスタニアは逆だな。『はじめに闇が意思を持ち、対なるものを創りあげたました』だもん。」
その闇とはあの瞳のような美しい色だろうか。
そうだと良いのにセイラは思った。
「はじめの闇はね混沌だっていう説と夜だっていう説とあるんだよ。どっちかな〜」
賢人ですらその答えを知らない。
「ここで本を読んでも良い?」
ダメならカナンの所に行くと言う前に青年は頷いた。
それに微笑んで目を閉じれば、遊び疲れか居心地のよい場所のせいか急速に睡魔が圧し掛かってくる。
「後でね……カナンの所でお茶を飲もうね……」
クッションを抱きかかえ瞼を閉じた後動かなくなった少女に青年は静かに毛布をかけた。