第1話:誕生
アリオスの冬は早い。
短い夏が終わるとあっという間に寒気が忍び寄り、木々は冬支度を整え、冬がくる。
都のタナトスにも初雪が降り始めた。
ちらほらと舞う雪を背景に堅固な城はズンと佇んでいる。
堅牢を絵に描いたような城はどこか冷たい印象をもたらすが、城内はとって代わって熱気に満ちていた。
王妃のサンディアが身ごもったとの知らせが届いて約十月。
昨夜陣痛を訴えた彼女のもとに、侍医が駆けつけて十数時間が経過しており、真っ暗だった空も明るさを増してきた。
それでも空は重い雲が覆い、今か今かとやきもきとする人々に一抹の不安を与えていた。
そわそわと落ち着きないのは国王ばかりではない。
生まれてくる御子が王子なら、姫君ならばと多くの人々の内で計算がなされていた。
現在国王に子ども一人。
側室であるシャラが産んだルーファ王子のみだ。
王子ならば、側室が産んだ第一王子につくべきか、正室の産んだ第二王子につくべきか。
「お生まれになりました。王子です」
喜ぶべき言葉を侍女は青ざめた声で告げた。
色めき立つはずだった臣下たちは侍女のあまりの顔色に声を失った。
王妃に何かあったのかと引き止める侍女を無視して国王は王妃のいる部屋に入った。
百戦錬磨で知られる国王は足を止め息を呑んだ。
その視線の先に王妃が居た。
王妃は部屋の中央で立っていた。振り乱れた髪を腰までたらし、下半身は産後の血で赤く濡れている。
王に気がついたサンディアは胸元に赤子を引き寄せ狂気のように嗤った。
「かわいいでしょう? 貴方の子よ」
赤子は産声を上げることなく、紫色の瞳で父親を見つめていた。
「ふふふ。キレイな白色」
赤子は白かった。
微かに生える髪の毛も、本来なら血の通った色をしている柔肌も。
まるで人形のように瞬き一つしない。
人々の内に沸き起こる恐怖を煽るようにサンディアは言葉を続けた。
「さぞやあの女の血が映えるでしょうね」
赤子の頬に口付けながらあの泥棒猫のと女は嗤った。
もはや威厳のあった王妃の姿ではなかった。
狂人のように嗤い続ける母親の腕の中で赤子は瞳を赤色に変えた。
「ねぇ、アリオス国王陛下!ふふふふ。あはっははははははははっ。可愛い可愛い私の子。うふふ。可哀相な私の子。お前の名前はジルフォードよ。」
アリオス国王妃サンディアはその日、一人の王子を生んだ。
側室であるシャラがルーファ王子を産んだ丁度一年後のことであった。
王子の名前はジルフォード。
姿なき魔物の名前である。