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第14話:雪色

セイラがアリオスに来て一週間ほどが経つ。

彼女の評判は概ね良好と言えた。

身の回りのことは自分で行い、ほとんどのことは彼女つきの侍女のハナがいれば事足りる。

大国の姫君とは思えないほど素直に礼を言い、挨拶を欠かさない。

アリオスの城で働くのは身分の高い家の出身ばかりではなく、そういった者達から高い評価を得ている。

アリオスは武の国だ。

女性が馬を乗り回すのも剣を振るうのもかまわない。

けれど王族という目で見ればセイラはあまりに異端なのだ。

その奔放さが一部で陰口の対象になっていることを知っているケイトは軽くため息をついた。

侍女の中には気位ばかり高い貴族の娘もいる。

その娘から見れば姫君のくせにという嘲りと、アリオスに根付いたあの確執のせいもあるのだろう。


ケイトは調練の帰りだった。

廊下を歩いていると数人の侍女が窓の外を見て笑っているのに出くわせた。

確かテラーナ付の侍女だ。

雪が降り積もる庭に何があるというのか。


「どうかしましたか?」


「まぁ、ケイト様」


「調練は終わりましたの?」


侍女たちは居住まいを正し、笑顔を向けた。

物腰の柔らかなケイトは、他の兵士より話しやすい事もあり侍女たちの間では人気がある。


「ええ。外に何か……」


窓の外を見下ろして、ケイトはぎょっとし、挨拶をそこそこに駆け出した。

人気のあるケイトがセイラのお守り役に付けられたのを面白く思っていないのが理由の一つだということを彼は知らない。


―あの人は何やってんだ……!


ケイトが二階の窓から見たのは雪に埋もれるセイラの姿だ。

ついでに言うと匍匐前進をしはじめていた。

階段を二つ飛ばしで一階へ。

冷たい風の吹きすさぶ回廊に出て、その姿を見つけると叫んだ。


「セイラ様!」


雪に足をとられながら近づくと、小さな足跡が山ほどとセイラが這ったであろう跡があった。


「……ケイト」


セイラは仰向けになり、近づくケイトに視線を向けた。


「ええ。ケイトです。ケイト・メイスンですよ。セイラ様。貴女はいったい何をしてるんですか」


「ケイトって何歳?」


「……」


セイラは初めて冑を取った姿のケイトを見た。

鈍い銀色の冑の下にはオレンジに近い茶が潜んでいたのだ。

短い髪は柔らかな色を放ち、ケイトのイメージにぴったりなのだが、余計に若くというか幼く見せる要因になっていた。


「…………二十二ですが」


「そう」


実は十七、八だと思っていた。


「分かってますよ!童顔で小さいことくらい。それより本当に風邪引きますよ」


どうやら気にしていたようだ。

珍しくすねたような声に笑いが漏れる。

ケイトは少々乱暴にセイラについた雪を払い、自分が被っていたマントをすっぽりとセイラに被せた。

マントを取り去ったケイトは見ているほうが寒くなるような薄着だった。


「ケイトが風邪ひくよ」


マント引き剥がそうとするセイラを押し止めてケイトは苦笑した。


「鍛えているから大丈夫ですよ。調練の帰りなのでそれしか持ってなくて申し訳ない」


「いやいや、寒いよ」


「貴女に風邪なんてひかせたらハナ殿になんと言われるか……」


しばらく押し問答をしていたのだが、聞こえてきた声に仲良く二人で身を強張らせた。


「お二人とも何をなさっているのかしら。そんな雪の中で」


吹雪の声に石像と化した二人は動けない。


「聞いてらっしゃるの?」


更に冷たくなるハナの声に二人は何度も頷いた。


「なんて格好ですの」


「そうですよ。ハナ殿。早くセイラ様を室内に」


セイラを押しやる薄着の男にハナはくわっと牙を向いた。


「貴方ですわ。貴方! 雪降る中でそんな薄着をするなんて馬鹿ですわ。風邪をひいてセイラ様にうつさないで下さいませ。セイラ様の防寒対策は完璧ですわ。インナーも靴下も二枚ですし、上着は裏起毛、マフラー……」


ハナの視線を受けてセイラはあらぬ方向を向いた。


「セイラ様、マフラーと手袋はどうなさったのですか?」


「え〜……うん。あの、雪だるまさん2号が」


「はやく取ってらっしゃい!」


セイラは脱兎の如く走っていった。







セイラとケイトは引きづられるように部屋に連れて行かれ、椅子に座らされた。

暖炉には火が入り、室内は丁度良い温度だ。

二人の前の大きなカップにはたっぷりのお茶が注がれ、湯気を立てている。

大丈夫だと言ったものの寒いものは寒いので、ケイトはありがたく上着を受け取り、お茶を口にした。

ほんのりとした甘さが体に溶けていく。


「さっき、冬の化身に会ったんだ」


「「冬の化身ですか」」


見事にはもった声にセイラは笑い出した。

ケイトはそれは何かの例えだろうと思った。

ハナも雪のことかと聞いたぐらいだ。


「うん、雪色だったね。髪の毛が雪色なんだ」


雪、つまり白いという事か。

それならばケイトには一人だけ心当たりがあった。

けれど上司から伝えるなとの支持が出ていた。

「あのお嬢ちゃんが自分で見つけるまで」と。

上司は笑っていたので、命令ではなく彼の楽しみのためにだろう。

それにしてもお国柄の違いとはこんなにも出るものだろうか。

それともセイラの感性だろうか。

この国で、あの色を雪色だと呼ぶものはいない。


「すぐに消えちゃったからな〜残念」


「だからって匍匐前進なんてしないで下さい」


「見てたの?」


「見てましたとも。セイラ様、もう少し、その……ですね」


「お姫様らしくなさいと言いたいのでしょう?」


ハナの助け舟に小さく頷きながらセイラを見た。


「ダリアの真似事はできないよ」


「誰も其処まで求めませんから……」


王妃であるダリアは外見からして物語から飛び出してきたかのようだ。

笑みの浮かべ方から動きまで文句の付け所がない。

あれをお手本にしろというのは、あまりにつらい。


「あとお姫様の知り合いって姉様ぐらいだけど……それこそ無理」


セイラは何かを思い出したのか空笑いを浮かべた。

エスタニアの姫君なら申し分ないだろう。

例外はあるようだが。

なぜセイラが遠い目をしているのか分からない。


「セイラ様には無理でしょうね。」


ハナも同意するようにほうと息を吐いた。


「これでも、一通りの礼儀作法は身につけているのですけれどね」


おかわりと叫ぶ少女からは想像できなかった。


「おいおい頑張ってください」


「うん」


「セイラ様は書庫に行かれました?」


「ううん。行ってない」


「城の書庫は中々面白いですよ。一度行ってみるのもいいと思います」


上司は彼の情報を与えるなと言ったけれど会う手助けぐらいはしてやってもいいだろう。


「場所は」


「ダメ」


しっとセイラは己の唇に人差し指を乗せた。


「自分で探す」


その言葉に微笑んでケイトはもう一度カップに口を付けた。





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