第13話:冬の化身
アリオスの大地はすでに白く覆われつつあった。
白い雪の結晶が飽きることなく空から降り続ける。
踝の高さまで積もった雪に足跡を残しながら少女はご機嫌な様子だった。
彼女の国ではさほど雪は降らない。
年に一、二度うんと冷えた日にハラハラと振るぐらいだ。
雪遊びをするほどの雪が降ったに日は数十年に一度の大雪だと騒ぎになってしまう。
ここでは年の三分の一は雪に埋もれているので、人々はさほど関心など持たず、寒いと室内に閉じこもってしまう。
少女はたったひとり白いキャンパスの上ではしゃいでいた。
かれこれ三時間ほど。
冷えた指先も赤くなった頬も気にならないほど雪に没頭していた。
「綺麗」
手のひらにとった結晶はすぐに溶けて消えてしまう。
少々残念に思いながら、次に手を伸ばす。
木の上に積もった雪が一気に落ちるのが嬉しくて仕方ない。
落ちてきたふかふかの雪に倒れこみ、全身で雪を堪能する。
「……」
少女は目を瞬いた。
冬の化身がそこに居た。
雪のように白い髪。
すらりと伸びた肢体。
振り仰ぐ先には無数の結晶が舞い踊る。
一瞬だけ合った瞳はルビーのような紅だった。
言葉を発するのも躊躇われるような光景。
呼吸さえも自然に止まる。
何を見つめているのだろう
視線の先を辿っても灰色の空と白い雪だけ。
手を伸ばしても掴めるのは雪だけだ。
もう一度、冬の化身に視線を戻すとそこには何も居なかった。
本当に一瞬だけ見えた美しい幻なのかと思った。
「そんなわけないか」
あんなにも鮮明な幻など。
同じ場所に立てば同じものが見えるだろうかと転がったまま身を引きずるようにして近づいた少女の視線の先には一人分の足跡が残っていた。
少女のものよりも大分大きい。
立ち上がり、その足跡を踏みしめて振り仰ぐ。
「雪好きなのかな?」
視線の先には、やはり白い結晶が舞うばかりだった。