第10話:魔物
アリオスの街々はあまり飾り気が無く素朴な感じがする。
それはどこかジニスを思わせた。
違うのはどんな小さな街でも街道がすべて石畳で整備されている事だ。
途中から馬車の旅も随分と楽になった。
無理を言って時には馬に乗せてもらっていたのだが人目の有る所ではそうもできない。
窮屈な馬車内は窓さえもカーテンで塞がれて、さらに閉塞感が漂っていた。
軽々しく顔を出してはいけないと忠告した使者の言葉などとっくの昔に忘れ、窓からこっそり顔を出していたセイラは感嘆をもらした。
「すごいな」
「ほんとですね」
馬車がすれ違っても十分に余裕がある。
街には市がたち賑やかな声が聞こえてき、煌びやかな行列を人々は街道に沿い見上げていた。
不安そうな表情を浮かべるものが多いのはなぜだろう。
タナトスの一つ前の街で馬車が止まっている間に一人の少年が寄ってきた。
四、五歳だろうか。
大きな瞳をセイラに向ける。
頬と耳が赤く染まり可愛らしい。
「おねぇちゃんがお姫様?」
その質問の返答にセイラは口ごもる。
お姫様という柄ではない。
「お嫁さんに来たお姫様?」
「うん……まぁね」
嫁ぐために来たのだからしぶしぶ頷いた。
頷いた途端に少年の瞳が曇る。
もしかしてお姫様が予想と違ってがっかりしているのか。
「あのね、あの……」
「どうしたの?」
「お城には魔物が居るんだって……」
「魔物?」
「うん。父ちゃんが言ってたの。だからお姫様可愛そうだって」
じわりと涙を浮かべる少年にセイラは赤い飴玉を渡し、にっこりと笑った。
エスタニアにも魔物はたくさんいるのだ。
長い歴史の中でたくさんのものが生み出された。
神だって亡霊だってアリオスの比ではない。
「おねぇちゃんが暮らしてたのは、ジニスっていう街だけど、そこにも魔物はいたよ」
目を見開いた少年の瞳から一粒涙が零れた。
「ジニスは鉱山の街なんだけど、その魔物はせっかく採った玉を食べてしまうんだ」
セイラは黄色い飴玉をがりりと噛み砕いた。
「でもね、魔物っていっても優しい生き物なんだよ」
「でも……」
「仲良くする方法を知っていれば大丈夫。心配してくれてありがとう」
「おねぇちゃんはお城の魔物と仲良しになれるの?」
「きっとね」
笑顔を向けると少年は尊敬のまなざしを向けた。
遠くで少年を呼ぶ女性の声に少年はセイラに手を振り、走っていった。
暫くすると馬車は動き出し、それから二時間ほど走った。
「もうすぐですよ」
顔を出しているとすぐ前を走ってきたケイトがにこやかに言った。
彼の言葉に身を乗り出せば、前方に大きな城壁が見える。
タナトスはぐるりと高い塀に囲まれており、街全体が要塞の役割をはたすのだとケイトが教えてくれた。
巨大な門が口を開き、一行を飲み込んでいった。