だから、出会いたくないのですって。
さきほどは、思わず攻略してしまったが、これからはそうはいきません。
イベント自体を起こさないように立ち回って見せますよ!
なのに、どうしてこうなった。
「ダンスがお上手ですね」
「まあ、ほほほ」
そちらこそ、お上手ですね。
宰相閣下のご子息、アーネスト=スティールンス。
父から、押し付けられてしまったのです。
父は、宰相閣下が苦手なご様子で、母と結婚する時にいろいろと弱みを握られたと悔しそうにしておられました。弱みって、母にベタぼれなこと?結構誰でも知っておりますが。
そのご子息とは良好な関係を保ってほしいと。
簡単に言うと、できれば、その綺麗な顔で落としてくれると万々歳。
なんてことを年頃の娘にぬかすのですか。
できるだけ、しゃべらないでいけと?
何故です?教養はあるので、阿保ではありませんよ?
そんなわけで、ダンスの真っ最中です。
ダンスの腕前は、私は可もなく不可もなく。いたって普通です。
ブライアンに言わせれば、普段あれだけ注意散漫なのに、これだけダンスが踊れるのならば上手いと言わざるを得ないという、手放しの称賛は受けておりますが。
私の手を取って踊る、長い銀髪をうなじで一つにくくっただけの姿は、とても美しいです。
この瞳で睨まれたらすくみ上るだろうなと思うような切れ長の目に、前髪が軽くかかって、何とも言えない色香を醸し出しております。
確か、この方は見た目によらず、卑屈だったはず。
王のそばに常に並び立つ父の跡を継ぐことを望まれ、幼い時から教育を施されてきました。
しかし、もっと上を、もっともっと上をと望まれるうちに、自分がそこまで辿り着けないのだと悩み始め、そこを、ヒロインが、人それぞれに役割があり、人と同じことをする人間に、何ができるでしょうか。みたいなことを諭していくのです。
出てくるのが早い割に、諭していく時間が必要なので、この方は、攻略に時間がかかるはず。
今のところ、安全牌です。
このダンスは、ただの出会いイベント。無難に終わらせなければ。
「シープリズイ男爵は、あなたを、私に娶らせたいようですね」
誰がそんなことを言ったのです。父か、父なのか。
「まあ、恐れ多いことですわ」
嘲るような口調と態度が癇に障る。
そう、確かいけ好かないキャラでしたね。
「美しい容姿のご令嬢がいるのです。それも仕方のないことですね」
「ありがとうございます。スティールンス様に美しいと言っていただけるなど、大変な名誉ですわ」
そっちこそ、美しい容姿をなさっておいでで。
お綺麗な顔が、私の言葉に、不快だと言いたげに歪みます。
どうやら、父は、無理矢理ダンスにこぎつけたようです。
スティールンス様、大変ご機嫌斜めでございますよ?お父様、何をしたのです。
この感じの悪い男とのダンスはいつ終わるのでしょう。
曲がループしているような錯覚を覚えます。
「母子ともに、リンネソウのようだと聞いています。会えば、魅せられると」
ああ、さっきのループは、終わりだったからなのね。
曲が終わり、お互いに礼を取ります。これで、完全におしまいなのです。
そう、これできびすを返しておしまい。
「聞いたものだけをつなぎ合わせれば、それは綻びとなりましょう。見たものを信じず、人の言だけに踊らされれば、それは破滅となりましょう」
……だったのですが、母まで侮辱されて、黙って引き下がれるはずもありません。
頭を下げたまま、言葉を紡ぎ、目も合わせずに、その場を立ち去りました。
今のは、歴史書の一説。
噂話だけを聞いて、自分が見たものにそれを重ねるなど、国の中枢を担うことになる人間として、あってはならないのです。
父の場所に戻った途端、彼が、私と母をリンネソウ・・・毒花と例えたと伝えました。
リンネソウとは、大輪の花ですが、見た目が非常に美しく、甘い香りがしますが、その香りに引き寄せられてきた虫を、甘い香りの毒でしばって、汁を吸う、食虫植物です。
見た目の美しさに反して、非常にグロいお花です。
ただの褒め言葉として受け取っても良いでしょう。けれど、スティールンス様ほどの方が、その花の本質を知らないはずがない。あえてその花に例えたと考えて良いでしょう。
父も、私と同じように感じたようでした。
「分かった。…………二度はない」
父の目に、冷たい光が宿り、スティールンス様とのつながりが、はっきりと途絶えたことにホッとしました。
私は、非常に憤慨しておりました。
初対面の方に嫌味の応酬を受けた上に、私ばかりか、母までも侮辱したのです。
会ったこともないのに!
権力を持つ人間がなさることではありません。
だから、スティールンス様が、驚いたようにその場に立ちすくみ、両手を見つめていたことになど、気が付かなかったのです。
「ブライアン!慰めて!」
「お元気そうで何よりです」
元気じゃないのよ?落ち込んでいるの!
ぷくーと頬を膨らませれば、困ったように笑って、頭をなでられました。
ブライアンの手は、大きくて、とても安心します。
「私と母をリンネソウだと言われたのよ。どうせ、顔だけって思われているのね」
「……なるほど」
低い声が聞こえたかと思うと、抱き寄せられました。
うっとりするほど、優しく髪をなでられて、胸に顔をうずめて、幸せです。
ブライアンは、小さな頃から、慰めるときは抱きしめて髪をなでてくれるのです。
自分は、慰める言葉を持たないからと。
「父もいるのだが」
「今、浸っているので、空気になっていてください」