治癒術
外から入ってくる光がまぶしくて、目を開けました。
ずいぶん長い間寝てしまった気がします。
・・・・・・うん、いろいろあったんです。いろいろ。
目の前には枕に背を預けて体を少し起こしたブライアンがいました。なんだか、手をじっと見つめています。
私の手元には、ブライアンの生足。これは、抱きつく以外にないでしょう!
わあいと、喜んで抱きつけば、
「初めてからいきなり2回目か。元気だな」
すみません。違います。
「ぶらいあ・・・」
なんだこの声!?自分のかすれすぎた声に驚いて、言葉を飲み込みました。
「声の出し過ぎだな」
軽く、ブライアンの手が私ののどに触れます。と、同時に
「うっ・・・」
「ブライアン!?」
呻いて倒れ込んできたブライアンを受け止めましたが、何かおかしい。
「声が、治った?」
何でしょう?さっきまであれほどかすれていた声が・・・?
「この力、ものすごく疲れるな」
はあ・・・と大きく息をついて、ブライアンが起き上がります。まだきついのか、頭を押さえながら、顔をしかめています。
「この、力って・・・」
呆然と、試してみようとブライアンに手を伸ばしたところで止められました。
「お前は眠るからやめろ。私なら、力の加減ができる」
手を握ったり開いたりしながら・・・力を見ているのでしょうか。
魔術の才能が全くなかった私には、魔力の流れをくみとる力もなく、魔力を感じることもできないのですが、ブライアンには、それができるようなのです。
「何故、この力が私にも使えるようになったかが分からないな。繋がったからか?繋がれば、全員が使えるようになる・・・?試す気にはならないが」
当たり前じゃないですか!恐ろしいこと言わないでください!ついでに言えば、恥ずかしいことも言わないでください!
ブライアンが起き上がり、また神官の服を身につけました。
「街に行くの!?」
「お前はおとなしくしてろ。もしも眠った後に感染が発覚したら、食事できずに体力がなくなり、薬も飲めずに死ぬぞ」
「わっ・・・私が今感染してるなら、ブライアンだって!」
「だから、その時は助けてくれ。逆の時は、私が助けよう」
笑って唇を舐められました。キスじゃなくて、どうして舐めるのですか。
その手には乗らないなんて言えない自分が悔しすぎます。
ブライアンは、珍しく機嫌良さげに街へ治癒術士たちと出て行きました。
この世界が、まだゲームに沿っているのかどうかなんて、もう誰にも分からなくなっています。
私にもアルディにもこの先の記憶はないし、どうなるかも分かりません。
ただ、ゲームと大きく違うことがあります。
「私が知っているのよ?手をこまねいているわけないでしょう?」
記憶を持つ、アルディがいたことです。
公爵令嬢であり、皇太子殿下の婚約者として、アルディは公爵閣下と皇太子殿下、皇帝陛下に直訴し、伝染病の対策にいち早く乗り出していたらしいのです。
この国で流行るものと言ったら何種類かに限られ、その薬草をいつもより多く備蓄させておく。
素早く末端まで薬が行き渡れば、重症化する前に病気を止めることができる。
感染源……今回は、唾液などの体液からだった・・・・・・に対して、しっかりと対策を取ることができる。
アルディは、嘆いているだけだった私とは違い、現実を見て対策を取っていました。
「発生する前から対策強化を呼び掛けたものだから、ちょっと疑われたけどね」
ころころと楽しそうに話す内容ではありません。
「国家転覆罪とか言われてしまったけれど、私のおかげで伝染病が最小限に抑えられたっていうのに、ひどいわよね!」
まあ、アルディは皇太子殿下の婚約者だし、全く動機がないので「真面目にそんなことを言っているのか」と殿下が嘲笑うように文官を見おろしていたらしいです。「形式的なものだけでしで・・・」そそくさと帰っていったと話すアルディは心底楽しそうです。
ブライアンも、治癒術士たちも、みんな寝る間も惜しんで活動していました。
セオたち魔術師たちは、治癒術士の周りに薄い膜を作り、患者の体液がかかることを防ぐ仕事をしたそうです。
貴族たちは皆、屋敷を提供したりして、それぞれが、それぞれの役割を果たしました。
私も、やっぱり気になって、覗くだけでもいいから治療院にこっそり行こうとしたときには、偶然戻ってきたブライアンに見つかり、
「私の腕を一本落として、治癒術使わせるか」
そうしたら2,3日寝てるだろうと本気か冗談か分からないようなことを、ブライアンが真面目な顔でそんなことを言うので、絶対もう行きませんと誓ってしまいました。
ちょっと真面目に涙目なくらいブライアンが怖いです。
「学習能力がそこまで低いのは考えものだぞ?」
くっ・・・・・・父に言われるとこれ以上にないほどに悔しいのは何故でしょう。
母と一緒に炊き出しを手伝うことにしました。
そうして、奇跡的に、一人も死者が出ないまま、伝染病は収束していったのです。