追いかけられて
一番近くにいた女性が私に手を伸ばそうとしたことをきっかけに、患者の家族が、突然襲い掛かってきました。
「私の子供のところへ来て!」
「何を言っているんだ、オレのところだ」
「どけっ!妻を助けてくれ!」
お互いがお互いを押し退けあって、私をつかむことに成功すれば、誰かに掴み倒され、引っ張ろうとすれば殴られ、地獄絵図が繰り広げられることになってしまいました。
どこかで、あかちゃんの泣き声がすることに気がつきました。
その声につられたように顔を向けると、一瞬だけ、みんなの意識がそちらに向いきました。
私は、走り出しました。
こんな場所で治癒術なんて使えない。昏倒した私の体がどうなるのかが分かりません。治癒できなかった人に憎まれ、切り刻まれるのかもしれないのです。
お互いがいがみ合い、憎みあうようになってしまいました。
――――暴徒を作るな。
ブライアンの声がしたような気がします。
私は、走って治療院を飛び出しました。
「逃げた!追え、追え!」
「絶対に捕まえるんだ!」
私がいなければ、起きなかった諍い。もっとひどくなれば、私が歩くことすらできなくなるのかもしれない。
怖い。怖い。
優しい先生の笑顔が、真っ赤な顔で憤った顔に変わっていきます。
必死で、耐えて頑張ろうとしていた母親の顔が、希望に縋り付きたい泣き顔に変わります。
父親を励ましていたであろう、小さな男の子の顔が私を憎んで睨み付けてきます。
私は、ただの人ではなかったのです。
奇跡の力を持った、助けてくれるであろう人。
そんな人が、そばをうろついて、何もせずにいていいはずがなかったのです。
だれが、憎まれても恨まれても?覚悟なんて、できていなかったくせに。
そんなことにはならないとおもっていたのですよ!
「ごめんなさい、ごめんなさい」
泣きながら走って、けれど、貴族子女の足が、普段から動き回っている人たちにかなうわけがないのです。
「逃げるな!助けられるんだろう!?何故しない!」
服をつかまれ、地面に転がされ、あらゆるところから怒声が降りかかってきます。
「ごめんなさい」
説明したいのに、彼らに伝わる説明ができそうにないのです。
それでも、どうにかしろと、どうにかしてくれと願っているのが分かります。
「お前は、何のためにいるんだ!」
ああ、何のためにここに来たの。心が砕け散るような衝撃をうけたとき――――
「より多くの人間を助けるためです」
忽然と白い集団が現れ、その中心にはブライアンがいました。
いつもの敬語服とは違う神官のような服に身を包み、ゆっくりと歩いてきました。
「レティシア様、こちらへ」
手をさしのべられ、ふらふらと歩いて行こうとすれば、襟首を捕まれました。
「男爵家が独り占めをする気なのか!この力があれば、娘は助かるというのに!」
「せ・・・せんせ、い」
力任せに引っ張られて、首が絞まって苦しいけれど、先生は必死で私を捕まえるばかりです。
「いいえ。多くの人間に届けるために、一人にだけ力を使うことはできません」