働きます
だから、私は嘘をつきます。
もう自分にできることはないと分かった。一人にしてと。
ひとしきり無力さに打ちひしがれ、回復すれば、台所でできることを手伝うからと、布団の中に潜り込みました。
布団の中ですよ。妙齢の女性が布団の中にいるのです。
ブライアンは、それ以上部屋に居座ることはせずに、外に出ていきました。
よし、細心の注意を払いながら、必要なものをまとめます。乙女の部屋のことですから、聞き耳を立てるなどと言うことをブライアンがするとは思いませんが、静かに動きます。
路銀などをすべてリュックに詰めて、ここでシーツの登場です!
ゆっくりと、リュックをシーツに伝わせて外に下ろします。
そうして、シーツはしっかりとベッドへ逆戻り。
深呼吸をして、息を整えます。私は今までずっと、ベッドの中にいました。そう、疲れているはずがないのです。
そうっと近づいて、ドアを開けます。
案の定、ブライアンがいました。
「もう回復されたのですか?」
出てきた私に意外そうな視線が降ってきました。
私はむすっとした顔をしたまま、ブライアンをにらみます。
「落ち込んでいても、生理現象は起きるものなのよ!放っておいて!」
言っていて、耳が熱を持つのが分かりました。
いくら完璧にだますためとはいえ、乙女としての尊厳が、がりがりと削られた気がします。
「付いてこないでよ!?」
赤くなった顔で叫ぶように言ってからぱたぱたと階下に走りました。
うちはそんなに大きな貴族でも、裕福なわけでもないので、個人部屋にトイレが付いていたりはしません。二階にもあるのですが、ブライアンをにらみつけてから、一階に降りていけば、自分のせいで近くのトイレに入れないのだろうと言うことは察してもらえるでしょう。
そのまま、玄関に走り、外へ駆け出します。
みんな忙しくしているので、当たり前のように外に出れば、声をかけられません。何より、私にはブライアンが付いているので大丈夫だと思っているのでしょう。
そのまま、自分の部屋の下まで行き、荷物を担いで町に出陣です。
ブライアンがためらいながらもトイレまで様子を見に行くのは長く見ても、10分くらいでしょう。
治療院は、街中に数カ所設けられています。
災害時などの緊急避難にも使われる場所です。
私のいる治療院をそう簡単に割り出すことはできないはずなので、数時間単位であちこち渡り歩けば、私にできることが見つかるはず!
街中は、閉じてしまっている商店も多く、閑散としています。
行き交う人も、ローブを羽織り、顔を布で覆って足早に通り過ぎていきます。こんなときにまで進んで働こうとする人は少ないのです。
誰でも、自分が一番大切です。自分と、自分の一番大切な人だけを守り抜きたい。
私の前世の国では、災害時にボランティアであふれかえりますが、ここはそんなことはありません。盗みや暴力がはびこるほどではありませんが、街としての機能を失ってしまうことにはなります。
だからこそ、貴族として恩恵を享受してきたのだから、今は義務を果たすときです。
目をつけた最初の治療院は、屋敷から三番目に近い場所。近すぎも遠くもない場所です。
人はあまり多くないようです。建物の外にまで人があふれかえっているほどの状況はありません。
そのことに少しだけほっとして、従業員入り口の方から中に入りました。
「お嬢様!?」
顔を出したとたん、驚いたような声がかかりました。
「先生!よかった!お手伝いに来たの」
なんと、主治医の先生です!初老のリリアント先生は、いくつもの貴族の主治医を務めながらも、街で施療院を開いている方です。
『収入は貴族の方々からいただくよ。あとは、他の方を助けるだけだ』
そう言って、ほぼ無料で施術を行ってくださるらしく、非常に優秀で素晴らしい方です。
「これは、神のお導きか・・・・・・」
呆然とした、先生のつぶやきが聞こえました。
「先生?どうされたの?私、治療を手伝おうと思って。何か気をつけることを教えて」
そう言って、リュックの中から着替えを出して着替えました。スボンと、動きやすい上着です。ひらひらレースなど邪魔なだけな場所ですから、使用人の服をちゃっかり借用してきました。
先生は、はっと気がついたように注意点を挙げてくれました。
今回の伝染病は、感染力はそれほど強くはないと言うことです。
それだけが、救いです。
ただ、体液だけが気をつけることだと。
血液はもちろん、唾液や涙、汗など、体液に菌がいるそうです。ただ、外気に触れると途端に弱ってしまう菌のため、直接取り込まなければ大丈夫とのことです。
「ただ、くしゃみには気をつけなさい。飛ばしたつばが、口はもちろん、目などに入ってしまわないように」
それで、ゴーグルのようなものがあるのですね。
注意点は分かりました。しっかりとしなくては。私が倒れてしまっては仕方がないのです。
早速ゴーグルをつけて、手袋とマスクをして、エプロンに三角巾までつけて患者のところへ向かいます。