決意
・・・・・・やはり、これは起きてしまうのですね。
アルディと約束しました。
治癒術は使わない、治療院へ手伝いにも行かないと。
母にも行かないで欲しいと約束しました。ここで、炊き出しなどをしてくれるそうです。
でも、ごめんなさい。アルディ。
私は、行きます。
恨まれても、憎まれても、助けられる人がいるならば助けたいのです。
これは、私の行動によって起こってしまったことだと知らなくても、思っていなくても、私はそうしたと思います。
罪悪感にかられてのことではないのです。
自分ができることがある。それを知っているのに、助けないわけにはいかないのです!
むん!と気合を入れて、扉を開けると、もう一枚扉・・・いえ、壁が。
「どちらに?」
いえ、ブライアンですね。ちょっと気のせいだと思いたかっただけです。
「お散歩に」
「却下です」
扉が閉まりました。
くっ・・・なんて横暴なんでしょう。
でも大丈夫です。この部屋にはきちんと窓が付いているのです。
そっと窓を開け、下を覗き込めば、誰もいません。
伝って降りるときは、やはりシーツがセオリーでしょうか。なんだか囚われのお姫様みたいです。
不謹慎にも少しだけワクワクしながらシーツを割こうとすると、ブライアンが目の前に立っていました。
あら。
「何をされているのですか」
「つ、繕い物を・・・」
「侍女を呼びましょう」
「いらないわ」
シーツのどこがほつれると言うのでしょう。そんなわけないじゃないですか。
「治療院へお手伝いに行こうと思うのよ」
「ダメです」
「それなりに役に立つと思うの」
「ダメです」
「あの、」
「ダメです」
取りつく島もないって言うのはこういうことなのかしらね!
「いいか、よく聞け」
突然、ブライアンの低過ぎる声がして、体が揺れました。
敬語が抜けた言葉遣いを、初めて聞きました。
「治癒術は、それを使える術士にとって、諸刃の剣だ。あがめられているかと思えば、次の瞬間には、何故、治癒してもらえないのかと責められるているかもしれない。民間にその術が使えるものは神殿が保護し、相応の使い方を覚えさせている。使いすぎれば、衰弱していく」
手を引かれて、ベッドに座らされます。
ブライアンの怒った顔が怖いです。
「あなたの治癒術を一般の人の前で披露すればどうなるか分かるか?……シープリズイ男爵家は、暴徒で埋まるだろう」
何を言われているのか分かりません。
私は、助けに行こうとしているのです。誰かを傷つけに行くわけではないのに。
「あなたが眠っていると言っても、止まらない。暴徒を止めようとするこの家の使用人たちは、悪くすれば、殺されることもある」
目の前の真っ直ぐな視線から目を逸らせない。そんなことが起こるだなんて、信じられない。
多分、真っ赤に染まってしまった私の目をゆっくりと閉じさせて、ブライアンは優しい声に変えて言いました。
「大切な誰かを助けたいと思う心は、時に暴走する。自分の身を引き替えてもいいとするくらいには。待つこと以外にできることがあれば、その手段に縋り付きたくなる。いいか、助けたいと思うならば、治癒術を見せつけるな。それを見せられ、誰を犠牲にしてでも助けたいとする暴徒を作るな」
声が出ません。何も言うことはありません。
もしも自分が見ることしかできない立場で、希望を見せられたならば、きっと、何が何でも私の大切な人を優先してほしいと望むでしょう。アルディにも言われていたのに。あまりにも軽くしか理解していませんでした。
静かに涙を流す私を、ブライアンが慰めるように抱き寄せてくれます。
いつもの、落ち込んだり喧嘩して慰めてもらうときと同じです。
温かくて、ほっとしました。
そうして、理解したくはなかったけれど、納得なんてできないけれど、私にできることなんてないのだと思い知らされました。
私が出ていけば、傷つかなくていい人が傷つくのですね。
助けた人以上の死者を出す可能性があるのです。
………でもですね!
治癒術を使わずに、治療院で活躍する方法はあるはずです。ゲームのヒロインは、元はそれで赴いていたわけですから。
アルディ言っていたの死亡フラグが気になります。
イベントが起こり、治癒術が発現し、隠しキャラが出てくる。こうまで、条件をそろえてしまっているのです。
ならば、あとはブライアンと結婚できなければ、私は死んでしまうのでしょうか。
アルディも、プレイしたことがないから詳しく分からないと言っていました。
死亡・・・私が、どうやって?
私の少ない知識から行きますと、こういうゲームというのは、処刑が一般的だと思います。
なんとなく、乙女ゲームのキャラクターが死ぬのは処刑か追放かのどちらかが多いと思うのです。・・・・・・干物女の言葉ばかりしか手がかりがないので、残念なことに、それが偏見かどうかさえも分からないのですが。
ブライアンと結婚するなんて、無理です。
何度も何度も何度もフラれ続けて、無理矢理に結婚をさせるような女にはなりたくありません。
考えておきますと言ったときの、辛そうな顔を一生見ながら生きていくなんて、まっぴらごめんなのです!
それで死ぬというならば……どんと来いとは言えないので、どうにかするだけです!
伝染病をこれ以上広げなければ、きっと活路は見えてくる。そのためにも、私はこんなところでデッドエンドを待つわけにはいかないのです!