最後のイベント
そんなことがあった、3日後、突然、アルディから迎えが来ました。
迎えです。手紙も何もなしにいきなり迎えって。なんですか?
御者の方も恐縮しきりでぺこぺこ頭を下げていました。非常識ではあるが、緊急事態だと主が申していると。
アルディがそういうならば、行かねばならないでしょう。
着替えもせずに公爵邸へ向かいました。
「レティ!ごめんなさい、突然」
アルディは今日も可愛いですが、その可愛い顔が緊張で強張っていました。
応接室に通され、護衛としてついてきたブライアンは、部屋の外で待機です。
二人きりになって、アルディが真剣な表情で言いました。
「キュース、アーネスト、エヴァ、セオの4人、ついでにグラン、みんな振ってしまったのね?」
殿下は違います。
そして、告白されていないので振ったってことはないのですが。
「攻略失敗ではなく、自らの意志で攻略しなかった場合ね、隠しキャラが出るのよ」
……………………………………………………………………。
「えええぇ!?聞いてませんよ!?」
「そうね、さらに、ヒロインの死亡フラグが立つ、唯一の選択肢」
ちょっと待ってください!そんなラストは知りません!
アルディが困った顔をして、
「聞いたことはあるはずよ。…その治癒術、どうして発動するか、知っている?」
……そういえば、ゲームの後半に出てくると言うだけで、詳しくは知りません。
首を振る私に、悲しそうな顔をして、アルディが言います。
「私も、詳しくは知らないの。実際、プレイできたことはないから。それまでの苦労すべて捨てて、みんな振ってしまうとか、できないし。殿下が告って来るのよ?断る?そんなん無理だし!」
アルディ、アルディ、キャラが崩れています。落ち着いてください。殿下って呼ぶときは、ゲームキャラのことなんでしょうね、アルディにとっては。
「ネットで注目されていたわ。だから、ヒロインの治癒術のことは広まったの。……ごめんなさい。グランからみんな振られたって聞いて、初めて思い出したの」
謝ることなどありません!
前世の記憶を持つからと言って、私たちは全てを綺麗に覚えているわけではないのですから。
何かのきっかけで、突然現れる記憶があることは、私にもわかります。
「だけど、お願い…何が起ころうとも、治癒術を使わないで欲しいの」
苦しそうに顔を覆ったまま、アルディが囁くように言います。
治癒術を、使うな?何故?
きょとんとした顔の私を見て、曖昧な表現では伝わらないと思ったのか、口を開きました。
「伝染病が発生するのよ」
全てのキャラが攻略できない…否、攻略しなかった場合、通常エンディングが流れるところに、突然、伝染病が発生したと、真っ赤な画面で現れるらしい。
そこで、ヒロインは貴族令嬢として、街中へと治療の手伝いへ赴く。
こういう時こそ、貴族が働く時だ。財産も投げ出して尽くすべき時。
ヒロインも治療院で働くのだが、そんな中、共に働く母が感染してしまう。
ヒロインは泣き叫び、強く強く願う。母の治癒を。
そこで、初めてヒロインの治癒術が発現する。奇跡の力として。
ヒロインは昏倒し、屋敷に運ばれる。そこで、神殿から派遣されてきた隠しキャラと出会う。
「神殿からって…」
まさか、まさか……。
「レティの護衛の方、神殿から派遣されているのよね?治癒術の関係で?」
ブライアン。あなたまで、ゲームのキャラクターだったのですか。
息が苦しくて、何も考えずに帰って眠ってしまいたいけれど、まだ聞いておかなければならないことが多すぎる。
「伝染病って…」
ブライアンの話を無視して、伝染病の話に戻しました。
「まだ発生するとは決まってないわ。だけど、もしも発生しても、治癒術を使わないで!」
アルディが立ち上がって、私の目の前に立ちました。まるで、私を押さえつけるように、肩に手を置き、どうやってでも言うことを聞かせたいという風に。
求婚者を全て振ってしまったから、伝染病が発生しましたなんて、そんなの、全く関係がない。繋がらないから、自分のせいではないと言うことはできます。
だけど、だけど……?
「私の、身勝手な立ち回りのせいで、死者が出る…?」
「違うわ!」
肩に、さらに力が加わりました。
「レティ、聞きなさい。伝染病はきっと、どのエンディングでも起こっていたのよ。ただ、ハッピーエンドの場合は、そこまでいかずにエンディングだっただけ。だから、誰のせいでもないの」
アルディの言っていることは理解できます。
そう、私の立ち回りのせいで伝染病が発生するなんておかしな話だ。
「だけど、私には助ける力がある」
そう、例え私のせいだとしても、一人の死人も出さずに治癒することができる。ならば、伝染病が発生する場所にすぐに赴かなければ。
そう思って、立ち上がろうとしても、肩を抑え込まれていて動けません。
「ないわ!あなたにそんな力はない!」
叫ぶような声でした。
「お願いよ、分かって。一人助けても、あなたは昏倒してしまうのよ。その間に二人目三人目がでるわ。どうやって順番を決めるの?起きるたびに治癒術を使うの?」
そんなの、早いもの順です。そうやっていけば、きっと助かる。
「病気の進行なんて人によって違うのよ。順番が来た人よりも隣の人の方が死にそうだったら、そっちを先にするの?そんなの、家族が許さないわ。だって、あなたが寝てしまっている間に患者は死んでしまうかもしれないんだもの。―――そして、その間にレティの近しい人が感染したら、どうするの?誰を優先するの?」
あなたのお母様は感染する確率が高い。そう言って、アルディは言葉を切りました。
誰かを助けて、誰かを助けない。
その取捨選択をする勇気があるのか、と。
でもでも、だって。助けられる力があるのに、助けてはいけないと言うことですか。一人助ければ、次から次へと来るからって?
来たら来ただけ助ければいいではないですか。
私が諸悪の根源なのに?
「治癒術は使わないで。レティ、死んでしまうわ」
ついに泣き出してしまったアルディが私に抱き付いてきました。
きっと、この記憶を思い出して、すぐに私に話をしなければと思ってくれたのでしょう。
私が、このイベントを知っていることはないにしても、アルディのように急に思い出すかもしれない。
その時に、最悪のコマンドを選ばないで欲しいと、伝えるために呼び出してくれたのです。
「隠しキャラと結婚して、ヒロインは守ってもらうの。それを振り切って民を助ければ、ヒロインは死ぬわ」
隠しキャラが出てきたゲームのエンディングは2種類だけらしいのです。
――――ハッピーエンドか、デッドエンド。
ブライアン、私はあなたと結婚しなければ、死ぬ運命らしいです。
諦めようとした矢先に、何て滑稽な運命でしょう。
私は、静かに、静かに涙を流しました。
それから一週間後
――――――――――伝染病発生――――――――――――