そんなに言うならば
………。
いつの間に、そこにいたのですか、セオドア様。
突然、私の足下に跪いていました。
「あなたの全てが知りたい」
魔術のことでしょうか。
いい加減、面倒です。
「分かりました」
頷くと、立ち上がりました。
「セオを選ぶのか」
「え!セオならいいの?」
アーネスト様とエヴァ様が二人で何か言っていますが、構っていられません。
嬉しそうに立ち上がって、さらに一歩近づいてくるセオドア様から離れて、ベルを鳴らします。
「ブライアンを呼んで」
「…ここに居ますが」
ドアのすぐ外に立っていたブライアンが、不機嫌そうに入ってきました。
ブライアン、私が言うのも何ですが、態度が悪いです。
けれど、私も機嫌が悪いので、すたすたと近づいていって、ブライアンの手を取ります。
みんな、不思議そうにしています。
「ちょっと切るわ」
「は…?」
ブライアンは、私相手だと、随分無防備になります。
「ナイフ貸して」
「え、ちょ、レティシア様?何をするつもりで…?」
「治癒魔術を使うのよ!」
息を呑んだ音がしました。
ブライアンから、怒りが伝わってきますが、知ったこっちゃありません。
「見せてくださるならば、私の腕を…」
セオドア様が腕を差し出してきますが、ブライアンの腕を捕まえたまま、その腕を見ながら言いました。
「失敗してもよろしいのでしょうか?」
何も考えていないような顔を見ながら…もう、睨み付けると言った方がいいような表情になっていることでしょう。
勝手なことばかり言う攻略対象者にイライラが募っていたのです。
「私の治癒魔術は、願いです。私が願わなければ発動しません。…自分で切って治してほしいと言われても、発動する気が全くしません」
通常の魔術には、そのような制限はありません。
術者の気持ちに効力が左右されることはあれど、発動しないと言うことはないのです。
「発動するか、しないかしかないのです。その腕は、落ちたままです」
セオドア様の顔がさっと青くなりました。
噂の真相が確かめたくて…確信したくて持ちかけたことでしょうが、失敗することがあることは知らなかったのでしょうか。
「その護衛なら、発動するのか?それとも、失敗してもいいから?」
そんな残酷なことを私がするとでも思っているのでしょうか。失礼なことを言うエヴァ様を見て、答えました。
「ブライアンならば失敗しません」
きっぱり言い切って、思い切りナイフを振りかぶりました。
「ちょっと待ってください」
軽々とブライアンに止められてしまいましたが。
「とりあえず、ナイフを刺すだけでいいからさせなさい」
「痛みはあるんですよ。怖いこと言わないでください」
軽く手をつかまれているだけに見えるのに、何故かピクリとも腕が動きません。
「失敗しないって…どうして言い切れる?」
さらに言い募るエヴァ様。本当に失礼ですね。
「それは、ブライアンだからですよ。わざとでも何でも、ブライアンが傷ついていれば、癒せます」
今までの経験からです。
父が馬にかじられた時は発動しませんでしたが、ブライアンがかすり傷さえ負えば、簡単に発動します。私は昏倒するのでブライアンは嫌がりますが。
えっへん。胸を張る私へと、何故か呆れたような視線が飛んできます。
「それは……そういうこと、なのか?」
アーネスト様が、呟くように尋ねますが、視線が私ではありません。
あれ?と思い、視線を追うようにブライアンに目を向けると、私をつかんでいる手とは逆の手で顔を覆いながら脱力しているブライアンがいました。
「あ~……なるほど、ね。そうか…」
エヴァ様も呟くように言って、ソファから立ち上がりました。続くようにアーネスト様。
「仕方がない。帰るよ」
よくわかりませんが、諦めてくれたようです。よくわかりませんが。
「はあ…?楽しい時間でした」
「社交辞令をありがとう」
そう言って、3人とも帰っていかれました。
何が「なるほど」で、納得したのでしょうか。
「レティシア様、治癒魔術を使ってはいけないと申し上げたでしょう?」
3人を見送った後、ブライアンからお叱りを受けました。
なんだかとっても納得いきません!
そして、父からとの
「本当にブライアンが好きだったのか?」
「すごく告白しまくってたじゃない!」
「しまくってたから、違うと思ったのだが」
「なんで!?」
という不毛な言い争いまでブライアンに見せてしまうことになってしまったのです。