疑われました。
ああ、ディフォンティー様、ようやくお会いできた!
けれど、私の顔を見た瞬間、辛そうに顔をゆがめて、俯いてしまわれました。
……どうして?
話しかけたいと、ディフォンティー様を見つめる私の視線をふさぐように、殿下が立たれました。
「グラン…」
鈴を転がすような可愛らしい、けれど、不安に震える声が、殿下を呼びます。
「アルベティーヌ?この令嬢を助けたとは?」
「ええと…?先日、ご気分が悪そうだったのを、馬車へお連れしたことでしょうか…?」
ようやく、お姿を見られ、目が合いました!
「ええ!そうです。父やブライアンにまで連絡してくださり、とても助かったのです!他にも、お話ししてみたいと思って!」
ディフォンティー様が、首を傾げ、また俯いてしまいました。
断られたということでしょうか。
微妙な空気が流れました。
殿下は、明らかに不審に思ってらっしゃいます。
私が、侯爵令嬢に何かすると思っていらっしゃる?
何でしょう?
首をかしげたとき、ブライアンが口を開きました。
「レティシア様が疑われていた、ということでしょうか」
ほへ。疑われていたって、何を?
「故意に噂を流し、ディフォンティー様を貶めようとしたと、そう言われているのでしょうか?」
ブライアンの責めるような口調を聞き、殿下が眉間にしわを寄せます。
「しかし、理由がないでしょう?理由をつけるとすれば、ディフォンティー様を貶め、皇太子殿下を狙っているとでも思われておいでなのでしょうか?」
そんなわけないでしょうと、聞こえそうなほどの嘲りを含んだ声に、私がブライアンを止めに入ろうとしました。
「そう思われても仕方がないのではないか?根も葉もない、そういう噂が立ったのだ。誰かが、故意に立てたのだと疑うのがおかしいことか?」
スティールンス様が前に出てきました。
「ならば、さらに考えることもできるでしょう?そのような、すぐに嘘だと分かる噂を流し、レティシア様を疑わせ、レティシア様こそを断罪したいと考える者が、この中にいるのでは?」
空気が縮んだ。
ひゅっと、誰かの吸った息が聞こえた。
けれど、誰よりも先に、私が動いた。
ぱしん!
「無礼です、ブライアン。下がりなさい」
睨み付けると、呆然としか言いようのない表情を浮かべたブライアンがいました。
ブライアンに手を上げるなんて、泣きそうです。
だけど、今は泣いている暇などありません。
ブライアンを叩いた手を握りしめながら、最上の礼を、皇太子殿下にとりました。
「これは、私の罪に他なりません。謝罪いたします」
両膝を付き、両手を額にあてました。
息を呑む声が聞こえます。
罪人の姿勢を、自ら取ったのです。
この場には、伯爵以上の地位を持った方しかおられない。
そこで、現在は私の護衛としてエスコートをしているブライアンが、証拠もなく、名指しでないにしても、この中の人間を貶めたのです。
その姿勢をとったまま、ディフォンティー様を見つめ、言葉をつなぎます。
「私の軽薄な行動によって、ディフォンティー様の尊厳が損なわれたのも、また事実でございます。ならば、それ相応の罪を負わねばなりません。…いかようにも、処分を」
全員に見下ろされながら、はっきりと言葉を紡げば、殿下が、私の目をしっかりと見つめて言いました。
「パフォーマンスはいい。私を含めたこの場にいるものを侮辱したのは、その男だ」
「いいえ。彼は、神殿からお預かりした、私の身を守る者」
引かないという意志をこめて、睨み付けるかのように殿下を見つめました。
「お預かりした者を、お返しできない形にするならば、私自身の体で贖わなくてはなりません」
その言葉を聞いて、殿下の瞳が見定めるように細くなり、見慣れない光が、その瞳に宿ります。
真実の言葉かどうかを見極めているのかも知れません。
私には、魔力を感じることができません。
どうやっても、治癒魔術以外で、魔力を発現させることができないのです。
けれど、その治癒魔術は、唯一の強みになります。
「皇家を、脅すつもりか?」
殿下が、静かな声で問いました。
どんなに、声を荒げられても、この声よりは、怖くないかもしれません。
類い希なる治癒術を、皇家ではなく、神殿に差し出すと?
「とんでもないことでございます」
両膝をついたまま、胸に手をあて、頭を垂れました。
殿下には、真意が伝わったと思いました。
ブライアンを罰するつもりならば、私は神殿にこの身を差し出すでしょう。
長い沈黙が過ぎました。
その沈黙を破ったのは、やはり殿下で、それは笑い声でした。
「おもしろい。いいだろう。こちらが、証拠もなく疑ったのは事実。相殺ということにしよう」
顔を上げると、本当に面白いものを見ているような顔をしていました。
…いつかの夜会で話していたときもそんな顔をしていらっしゃいましたね。
私は、パンダとかじゃないのですが。
ディフォンティー様は、痛みをこらえるような顔をしていらっしゃいました。
立ち上がった私の足下を見て、
「勘違いだったのなら、それでいいのよ。こちらこそ、疑って申し訳なかったわ」
決して、目を合わせてはくださいません。
その手は、震えていらっしゃいました。
まるで、私を怖がるように。