侯爵令嬢はどこですか。
アルベティーヌ=ディフォンティー様にお会いしなければ。
ちょうど、先日のお礼を言うという名目ができたので、積極的に探しますよ、私は!
けれど、令嬢は、あまり多くの夜会には参加していないようで、なかなかお姿を拝見することすら叶いません。
そんな風に、いくつかの夜会で、ディフォンティー様が今日はいらっしゃるか訊いていたとき、不穏なことを言われました。
「ええ、今日はいらっしゃるようですわ。不安でしたら、私と一緒にいらっしゃって?」
不安?何がでしょう。
「侯爵令嬢様から目をつけられると、いろいろと、大変なこともおありでしょう?」
だから、その話を詳しく聞かせて?
そう視線だけで言われて、私にはさっぱり意味不明でした。
目をつけられるって…何のことですか。
「え、いえ…何のお話だか…」
「まあ、大丈夫ですわ。私は味方ですのよ?」
味方…では、敵は誰?
呆然と、その令嬢の顔を見上げていたとき、突然、背後から声がかかりました。
「シープリズイ嬢、少々お話を良いかな?」
振り向くと、厳しいお顔をされた殿下と、付き従うように、トレコモール様、スティールンス様、エヴァン様と、セオドア様もいらっしゃいました。
さきほどまでお話ししていた令嬢は、すでになく、私は、皇太子殿下ほか、攻略対象者に囲まれていたのでした。
これって、絶体絶命?
「レティシア様」
血の気が引いて、気を失いそうになった私の肩を、温かい手が覆いました。
「ブライアン」
あの日から、ブライアンが私のエスコートを勤めてくれるようになっていました。
いつも、一歩下がった距離にいて、令嬢とお話しするときは、少し離れた位置にいるのです。
今は、私の様子から、近くに来てくれたのでしょう。
知らないうちに、涙がにじんでいたようです。
「お話とのことですが、私もご一緒させていただいてもよろしいですか?」
ブライアンは、今は神殿所属の護衛官などしていますが、元は子爵令息です。しっかりと貴族のマナーも分かるようで、いつもとは違う礼服に身を包んだ姿は、とてもステキです。
「いいだろう。こちらへ」
殿下が厳しい表情のまま、踵を返します。
広間を抜け、奥の部屋へと向かっているようです。
落ち着け、落ち着きなさい、レティシア。
私が好感度を上げているのは、あの中に一人もいない。
トレコモール様は、先日の事があってから、会話をしていない。
スティールンス様には、失礼な態度しかとっていない。
エヴァン様と、セオドア様は、魔術の話のみ。
殿下とは、実際に言葉を交わしたのは…覚えていないくらい。
イベントなど、起こるはずもない状況です。
震えそうな足をどうにか動かせているのは、何でもない顔で私の肩を支えてくれる腕があるから。
何をそんなに怖がっていらっしゃるのです?
ブライアンは、不思議そうに、不遜とも取れるような表情をして、私を見おろしていました。
殿下自らがドアを開けて入ったのは、最奥の部屋。
勝手に入って良いものなのでしょうか。
まあ、殿下に文句を言う人などいないでしょうが。
部屋には誰もいません。
殿下は、部屋の真ん中で立ち止まり、私を振り返っておっしゃいました。
「シープリズイ嬢、あなたにお聞きしたいことがある」
「は、はい」
声が震えるけれど、しっかりと立たなければなりません。
「アルベティーヌ=ディフォンティーから、何をされた?」
…………。
「何も?」
「正直に言ってよいのだ。私に言ったことが周りに知られることはないように配慮しよう。嫌がらせなど、受けてはいないか?」
「全くありませんわ」
「……アルベティーヌがどこにいるか、良く尋ねて回っていると聞いたが」
「あ、はい!先日助けていただいたので、お礼を言いたくて探しておりました」
「助けた?」
「はい。あ…お探しすると言うことを、ご不快に思われたのでしょうか…」
助けたことの詳細については、トレコモール様がいらっしゃるので、あまり言いたくないなあと思っていると、殿下が首をひねってらっしゃいます。
「……あ~、シープリズイ嬢、アルベティーヌが、あなたを害しているという噂が立っている」
…………。
「は?」
…………。
ちょっと、いや、かなり嫌な予感がします。
これって、悪役令嬢からいじめられていたの!とヒロインが訴える系のイベントですか?
「あ、いえ、失礼しました。思わぬことを言われたので。害しているも何も、お礼さえ言えずに探し回っていたのですが!」
「そのようだな」
はあ、と大きなため息をつき、殿下が周りに目配せをしました。
「全くそのような事実はございません。目を合わせたことさえ、気のせいだったかもと思えるほどの接点しかなかったのに、いきなり、害されているなんて噂、どこから出てきたのか・・・!」
「おい、話が違うぞ」
「そう言われましても」
「誰が言い出したんだっけ?」
「キュースじゃなかった?」
「私は傷心中です」
何やら話し合っておいでです。
「アルベティーヌ、出てこい」
殿下が奥に続くドアをちらりと見ると、ドアから、ディフォンティー様が、心もとなさそうに部屋に入っていらっしゃいました。