チョロQ
あれから、何度か舞踏会に参加しました。
父とできるだけ離れずに、退屈な話を聞きながら、ディフォンティー侯爵令嬢を探すのですが、なかなか見つかりません。
お姿をお見かけしても、殿下と一緒だったり、多くの方に取り囲まれており、お話などできないのです。
特に、殿下と一緒の時は、話しかけたくないのです。
いろいろと誤解を招きますでしょう?
そして、なんのフラグが立つか、さっぱり分からないのです。
登場人物の生い立ちや、性格、いかに美しいかなどは、何度も聞いています。
大きなイベントも、全く必要ないほどに説明されました。
けれど、何をして、何のフラグが立ってしまうかは、プレイしていない人間に把握は難しいのです。
それほど一生懸命に訊いたりもしておりませんし。
「レティシア様。私と一曲お願いできませんか?」
……またですか。
目の前にいるのは、チョロQです。
舞踏会に参加するたび、こうやってダンスのお誘いを受けます。
どこからかやってきて、父に正式な挨拶をしてから、私に話しかけてくるので、断ることもできないのです。
「光栄ですわ」
棒読みになるのは勘弁してください。
「レティ、楽しんでおいで」
楽しそうにしろってことですね、はい。
「レティシア様は、いつも男爵と共にいらっしゃいますね」
ふふっと、優しく笑う顔は、文句なく美しく、絵本の中の王子様の色彩そのままですので、攻略対象者でなければ、私も楽しかったのだろうと思います。
美しいものを愛でるのは大好きです。ただし、遠くから。
「ええ、あまり男性と話したくないものですから」
だから話しかけてこないでください。
そう言ったつもりが、照れ笑いをされました。なんですか?
「私は特別と言うことですか?」
ポジティブですね!
「いいえ。特別など、私には家族以外にいませんわ」
ブライアンも、もちろん家族です。本当に家族になってくれたら、私はここにいなくて良いのですけれど。
「では、私も、家族の中に加わりたい」
プロポーズですか?
意味が分からないので、首をかしげて微笑んでみます。
こういう場合、どうしたらいいのでしょう。
告白もされていないのに、「私は、あなたのことを何とも思っておりません」と、すっきり言ってしまって良いものなのでしょうか。
世の女性は、こういう男性にどうやってお断りをしているのでしょう。
「トレコモール様」
「どうか、キュースと」
「いいえ、トレコモール様。私には、想う方がおります」
驚いたように私を見つめる青い瞳を、見上げて、きっぱりと言い放ちます。
「失礼をお許しください。もしも、そのようなつもりでお誘いくださるのなら、私には、お応えする心がありません」
何を言われているのか分からないという顔をした直後、
「嘘だ…」
呆然とつぶやく声とは裏腹に、私の手を握る力が強まります。
「あなたは、私に、好意を、持ってらっしゃる。そうでしょう?」
一語一語を切って言い聞かせるように話されると、ちょっと、怖いのですが。
「いいえ。必要以上に、親しくした覚えはありません」
「そんなはずがない!」
少し大きくなった声に、周りにいた方々が驚いたようにこちらを見ました。
「いいえ。お誘いいただいたダンスにはお応えしますが、それだけです。正式に申し込んでいただいたダンスをお断りはできません。ダンスの間だけ、お話ししておりましたが…ひゃ!?」
突然、前から押されてバランスを崩しました。
私を押した張本人は、突然心配そうな表情を作り、私をのぞき込んできます。
「大丈夫ですか?気分でもお悪いのでしょうか?さあ、あちらで休みましょう」
ちょっと!?
「いいえ、大丈夫です」
「そうはいきません。立ちくらみをされたのですから。さあ、ご遠慮なさらず」
肩を引き寄せられて、無理矢理会場の外へ…廊下へ連れ出そうとしています。
まずい、まずい。
この強引な仕草をするトレコモール伯爵令息を諫められる方が、周囲にいません。
というか、この人突然なんですか。
確か、気弱な優しいだけのキャラじゃなかったでしたっけ?
強引さが入ってくるなんて。
こんな状況では、さっぱりギャップ萌えはなりませんよ!
お父様はどこですか!
大声を出せば、いいのですが、それは、どんな騒ぎになるか、想像するのも恐ろしい。
下手をすれば、私が誘ったと言うことにもなりかねません。
「トレコモール様」
その時、涼やかな声が響きました。
「ディフォンティー様…」
驚くほどそばで、侯爵令嬢様がいらっしゃいました。
「その方は、ご気分がお悪いのですか?ならば、私がご一緒しましょう」
「いいえ、ディフォンティー様のお手を煩わせるわけには…」
「お二人だけで、この会場から出ることの方が重大ですよ?さあ、行きましょう」
そっと伸びてきた手を、私は、力いっぱい握りしめてしまいました。
ディフォンティー様は、その力に驚いたようでしたが、安心させるように微笑むと、トレコモール様をおいて廊下に出ました。
「すぐに侍女を呼びましょう。ここでお待ちになって」
侯爵令嬢が声を掛けると、瞬く間に私は馬車の中の人でした。