疲れました
ようやく、会場に戻れます。
殿下を含めた4人でならまだしも、お二人とこのように密会のようなことをすれば、淑女としてあらぬ噂を立てられてしまいますと、おびえたように見上げれば、ため息をつきながらも、了承してくださいました。
そろそろ、お父様を探して帰りたいです。
帰りたいんですってば。
「レティシア様、私に、お時間をいただけませんか?」
こんな性悪と話す体力はもう、残っておりませんのよ!
中庭から、室内に一歩入ろうとしたところで、前に立ちふさがれてしまいました。
「申し訳ありません、スティールンス様。私、少々疲れて、そろそろ帰ろうと思っているところですの」
ファーストネームを許した覚えはないと、名前に力を入れて呼べば、嫌そうな顔をされました。
「あなたの父上が、随分お怒りのようで。私の父からまでも、私に、あなたに近寄らないように言われましたよ」
だったら、その通りにすればいいのです。
男爵程度にその言われようが、プライドを傷つけたとでも言うのですか。
「なんだ、アーネスト。お前が女性に話しかけるなんて珍しい」
真後ろから声がしました。
まだいたのですか、この二人は。
「エヴァン、セオドア・・・知り合いなのか?」
「セオドアが、治癒魔術に興味持ってさ、俺は付き合い」
大きな男3人に囲まれて、息苦しいです。退いてくださる?
もう、三人で仲良くしていればよろしいのです。
私に構わないでください。
するっと、横をすり抜けようとすれば、
「待ってください」
腕を捕まえられてしまいました。
―――なんてこと。
素早く振り払って、向き直り、真正面から睨み付けます。
「どれだけ、安く見られているのでしょうか、私は」
了承もなく体に触れるなど。
どれだけ馬鹿にすれば気が済むのだ、この男は。
手を振り払われたことに驚いた顔が、正気に戻って、怒りを露わにされました。
宰相令息。伯爵家を相手取り、手を振り払ったりする行為は、されたことがないのでしょう。
相手は、特に地位も持っていない、男爵家の令嬢です。
何を言われるかと身構えましたが、スティールンス様は、無理矢理怒りを収めると、正式な礼を取られました。
「申し訳ありません。謝らなければと、思っておりました」
銀色の美貌が歪み、そのまま、頭が下がりました。
「今の失礼な態度も謝罪いたします。他人の言に踊らされ、本質を見ないなど、愚の骨頂だと」
伯爵家令息が、何の言い訳もせず、全て自分が悪いと認めて謝っていらっしゃる。
それ以上を求めることなどできません。
分かっていながら、私は言わずにいられないのです。
「本質など、見られるほどお話ししましたかしら?そのように謝罪をし、その謝罪を受け入れない私は、さぞ、醜悪な女と成り果てるのでしょうね。こちらの気持ちが落ち着くのさえ待たずに、ご自分の都合だけで、許しだけが欲しくて、そのような謝罪される気持ちになってみたらいかがでしょう」
下げていた頭が動き、驚きに目を見開いて、私を見つめます。
気に入らないと、前面に押し出しながらする謝罪に、何の価値があるのでしょうか。
それさえも気がつかない愚か者だと言われているようなものです。
けれど。
2度、呼吸する時間をおいて、落ち着いた声を出す努力をしました。
「謝罪を受け入れます。失礼なことを申し上げました。お許しください」
返事など必要ないと、スティールンス様に背を向けました。
私は、男爵家令嬢です。ここでは、家を背負っております。
伯爵家と対峙することを良しとするはずがないのです。
視界の端に、エヴァン様とセオドア様が映りましたが、二人とも、驚いた顔のまま止まっておりました。
宰相の息子が謝ったことに驚いているのでしょうか。それとも、私の剣幕に?
それならそれで、二度と近づいてくるんじゃねえと言っておきましょう。
もうお父様など見つけず、ブライアンが待つ控室に直行し、またもや慰めてもらいました。
真っ赤な顔をしていた私を、馬車まで連れて行き、泣かせてくれました。
夜会なんて、大っ嫌いだ。結婚相手は諦めてもらうことにします。
あの方々に目をつけられて、他の条件の良さそうなのを見つけられる気がしません。
もう、最終手段で、どこかの富豪の後妻にでも納まって、妹が良い婿を連れてくるのを待つのも有りです。
だけど、この日、私には一つ、夜会に出る意味ができました。
アルベティーヌ=ディフォンティー侯爵令嬢様。
もしかして…一つのの可能性に、夢を見たくなる。
あなたは、転生者ですか――――?