帰りたいのですが
「では、治癒能力を使い終わった後は、意識を失うのですね」
「そうなのです。どの段階でかは、分かりません。終わっているのかも、定かではありません。突然、目の前が真っ暗になったようになるのです」
話しているのは、セオドア様お一人な気がします。
別に良いのですけれど。それならば、皇太子を連れてこなかったらいいのに。
庭園の東屋で、男性3人とお話しする私。
ウハウハいやっほー!な状態なのでしょうか。
誰か~。変わって~。
ぎりぎりの抵抗として、6人ほどが向かい合って座れるベンチに、向こう側に男性3人、私が一人こちらに座っています。
高位の方を相手にして、一人広々スペースで座るなど、以ての外かと存じます。
けれど、淑女を相手にして、男性3人で囲むなど、紳士のやることではありません。
セオドア様は、テーブルにのりだして、いろいろなことを聞いてきますが、私はできるだけ距離をとるために、背をベンチにくっつけるようにして座っています。
はい、ふんぞり返っています。
そんな私を、殿下は面白いものを見つけたように眺めています。
非常に不愉快です。
「なるほど…」
黒髪がさらりと前へたれてきて、セオドア様の瞳を隠してしまいます。
ミステリアスな雰囲気ですね。
その横で、面白そうに腕を組む殿下と、頬杖をついて、こちらを眺めるエヴァン様。
無駄な色気ですね。
疲れてきました。
帰って良いでしょうか。お父様はどちらに。
何かを考えているセオドア様を無視して、会場の方へ視線をやると、美しい女性と目が合いました。
あれは……。
悪役令嬢の、アルベティーヌ=ディフォンティー様!
ああ、言いにくい!
先ほど、目が合ったと思ったのですが、何も映していないような視線は、殿下の上もすべて素通りして、諦めたような微笑みを残して、会場へ戻っていかれました。
……あれ?
私たちがここにいるのに気が付かなかったのでしょうか?
「一つの治癒に、どれだけ時間がかかるか分からない、ということは・・・」
セオドア様が話し始めたので視線を戻しました。
キラキラしい3人組。
―――――――――気づかないなんて、あり得ないでしょう!?
もう一度、会場へ視線を送っても、すでに、その姿はありません。
気が付いて、気が付かないふりをした、ということですか?この面子を?
無理矢理ですね。
そうして、アルベティーヌ=ディフォンティー様が、この状況を無視するということは、あり得るのでしょうか?
『くっそ、ムカつく!このアル、侯爵令嬢だからって威張りやがって!どこにでも出てきて邪魔するのよ。あぁ、もう、せっかくの殿下との出会いなのにい!』
殿下の婚約者なんだから、仕方なかろう。
威張るのだって、侯爵令嬢だったら、さもありなん。そういうものでしょうよ。
そんな突込みは無視して、友人は、非常にアルベティーヌ様を嫌っていました。
ちょっと選択肢を間違えると、この侯爵令嬢が全て奪っていくらしいのです。
『あ、もう!この夜会でエスコートされるのは私のはずだったのに!どこで間違えたんだろう!?』
そう、どこにでも出てくるライバルキャラのはず。
さっきの笑みは何?
わざわざ、会場から一人出てきて、気づかない振りする理由。
「レティシア様?どうなさいました?」
いぶかしげな声に、意識を目の前に戻します。
しまった。この状況で上の空だなんて。
「失礼いたしました。先ほど、そこにディフォンティー様がいらっしゃったようなのですが…」
「アルベティーヌが?」
殿下が驚いたように立ち上がられ、歩き始めるのと同時に「すまないが失礼する」と言いながら、立ち去りました。
あら?これまた、聞いていた話と違います。
生まれた時から定められていた婚約者である二人の間には、冷たい空気が流れている設定だったはずです。
そして、侯爵令嬢は、殿下をお慕いしているけれど、殿下は義務感でしかなかったはずでした。
けれど、今の殿下の様子は明らかに急いでいらしたし、ディフォンティー様を気にしていらっしゃった。
ヒロインは、嫉妬にかられたディフォンティー様から、様々な嫌がらせを受け、憔悴する、はず。
嫌がらせは遠慮したいところですが、設定がおかしいです。
どんなにイベント回避しようとしても、どうしても起こってしまった出会い。
無理矢理でもなぜか親しくなってしまう設定なのかと悩んでいましたが、ここにきて、大きな差異が見つかりました。
これは、何を意味していますか?
「ふふ、レティシア様は、殿下が気になるご様子」
はあ?
思わず、素で反応しそうになり、条件反射でにっこりと笑って見せました。
「お名前を知っていらしたのなら、ご存じでしょう?あの方は、殿下の婚約者です。間に入るなど、無茶ですよ」
エヴァン様が、私の反応を誤解したのか、小さな子に言い聞かすように丁寧な口調で話します。
婚約者という設定は変わらない。
変わっているのは、ディフォンティー様と、殿下のご様子。
試すように、目を眇めてこちらを見ているエヴァン様はとりあえず無視してしまいたいのですが、この状態でそういうわけにはいかないでしょうね。
「まあ、もちろんですわ。とてもお似合いのお二人ですもの」
ものすごく本音で言ったのですが、もっと視線がきつくなったのは何故でしょうね?
嘘っぽかったですか?