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9、穏やかな日々

海から帰ってきました。




 2ヶ月の停戦協定を結んで王都に戻ったローレンスに、ニコラス2世は複雑そうな表情になった。


 ローレンスは抜け目なく停戦を勝ち取ってきた。それは称賛すべきところだろう。しかし、ニコラス2世の中には、このままいけばローレンスはガリアの王都を制圧することができるのではないか、と不遜にも考えていたのだ。


 そんな夫の思惑を聞いたブランシュは、帰ってきていたローレンスにその話をした。すると、クレアを抱きかかえていたローレンスは「あはは」と笑った。



「まあそりゃあ、私がその気になれば不可能じゃないと思いますよ。でも、それまでにどれだけの犠牲が出ると思っているんですか。私は神じゃないですからね。味方全員を護るのは無理です。必要ないことはしない主義なんですよ~」



 ある意味日和見主義のローレンスはからりと笑ってそんなことを言うのだ。ブランシュは自分の生んだ子のセリフに戦慄した。こともなげに、この子はガリアを制圧できるかもしれないと言ったのだ。


「陛下は複雑そうなお顔だったわ」

「そうでしょうね。でも、軍事の最高指揮権は私にありますし。それに、好きにしていいと言ったのは父上です」

「そうね」


 ブランシュは肩をすくめた。それから尋ねた。


「ベルナールとフランソワ・シャリエールはどんな人だった?」


 尋ねられて、ローレンスは母がガリア出身であったことを思い出した。普段は、そんなことをおくびにも出さずにブリタニアに尽くしているが、ガリアは母の祖国なのだ。

「……そうですね。ベルナールは私が斬り殺したくなるくらいには腹の立つ男でした」

「……あなたがそうなるって、相当ね」

「フランソワの方は意外と話が分かる人みたいですね。停戦を結べたのは彼のおかげです」

「そうなの」

 ブランシュは微笑んで言った。


「シャリエール伯爵の後妻……つまり、フランソワの母だけど、彼女は私の友人なのよ」

「え……と。そうなんですか」


 つまり、ローレンスは知らないうちに母の友人の子と戦っていたということか? さすがに気まずくなるローレンスだが、ブランシュはニコリと笑った。


「気にすることはないわ。ブリタニアに嫁いできた時点で、ある程度覚悟はしていたもの」

「……そうですか」

「お兄様ぁ?」


 ローレンスが抱きかかえていたクレアが不思議そうにローレンスの顔を見る。おそらく、いつも元気なローレンスのテンションが低いからだろう。ローレンスは微笑んだ。

「何でもないよ、クレア」

 そこに、ローレンスを呼ぶ声がした。ローレンスはクレアを床におろし、頭をなでる。

「じゃあごめんね、クレア。お兄様は行かないと」

「はい。遊んでくれてありがとうございます」

「ん」

 ローレンスはニコッと笑って自分を呼んだシリルの方に向かおうとした。そんなローレンスの背中に、ブランシュが声をかける。


「今日は夜会が開かれるからね! サボらないで出席するのよ!」

「……大丈夫ですよ。行きますから」


 その微妙な間が気になるが、とりあえずブランシュはローレンスを見送った。






 そのローレンスは自分を呼んだシリルの前に立っていた。両手を腰に当て、背の高い彼を見上げる。

「どうかした? 何か問題でもあった?」

「大問題です。ジェイムズ殿下がボーモント公爵子息と喧嘩してます」

「は? ジェイミーが、喧嘩? なんで?」

 一言一言区切って尋ねたローレンスは本気で不思議そうな顔をしていた。基本的に、ブリタニア王家の人間は気性が穏やかだ。そのせいか、キレると怖い、と言う難点があるが、そもそも沸点が高いため、あまり怒っている状況に出くわさない。家族の中で短気と認定されているニコラス2世ですらめったに怒らないのだから相当である。


 そんな中で、ジェイムズは最も気性が穏やかであると言っていい。そんな彼が、喧嘩? わけが分からん。


 とりあえず、見たほうが早いだろうということで、ローレンスは現場へ駆けつけた。ジェイムズだけでなく、エドマンドや従者まで参戦していた。



「兄君が戦に強いと、自分が戦わなくてもいいので楽ですね。初戦ではどちらに隠れていらっしゃったのですか?」



 ボーモント公爵子息アシュリーが厭味ったらしくジェイムズに向かって言った。ローレンスは「あー……」と納得した表情になる。

「なるほどなるほど」

 兄ローレンスの戦功がすさまじく、ジェイムズが影に隠れてしまっているのだ。ジェイムズには交渉の適性があるとローレンスは踏んでいるのだが、ブリタニアには男は剣が強いほどいい、と言う風習があるため、ジェイムズが軽んじられるのはある意味当然といえた。


 ここで、ローレンスが出ていって場を治めるのは簡単である。何しろ、味方も恐れるほどの戦上手ローレンスだ。だれも機嫌を損ねたいとは思わないだろう。


 しかし、それではだめだ。ちゃんと、ジェイムズ自身に解決させなければ。


「何をおっしゃってるんですか! ジェイムズ兄上は勇敢です!」

 おお、エドマンド、なかなかうまい切り返しである。ローレンスはこっそり様子を見ながらニヤッと笑った。シリルに「その笑い方、悪事をたくらんでるみたいですよ」と突っ込まれたため、彼のつま先を踏んでおく。

「……確かに、私には戦の才能は有りませんが。下手に前の方に出て行き、兄上の行動を妨げるわけにはいきません。ですから、後方に下がっていて何が悪いんですか」

 ジェイムズの毅然とした言葉に、ローレンスもシリルも「おおっ」と感心した声を上げる。最も、聞こえないくらいの小さな声だったが。


 完全に開き直った言葉。しかし、人は適性のあることをしなければ効率が悪い。ローレンスに戦の才能が有るように、ジェイムズには交渉の才能があるのだろう。


 ブリタニアでは身分の高い男は必ずと言っていいほど剣を習う。昔からの習慣だ。しかし、いつまでも古い習慣にとらわれていては、ブリタニアは時代に取り残されてしまう。ローレンスはそう考えていた。


「戦うだけが、戦争ではありません」


 ジェイムズははっきりと言い切った。のぞき見ると、エドマンドも含め、その場にいる全員がぽかんとしていた。我に返ったボーモント公爵子息は取り薪たちに声をかけてこそこそと去って言った。まず、ジェイムズに口論で勝とうと思う方が間違っている。

「よう、ジェイミー。いいこと言うじゃないか」

「! ローレンス兄上」

「見ていらしたのですか!?」

 突然出現したローレンスに、エドマンドは素直にうれしそうな表情をしたが、ジェイムズは先ほどの言葉を聞かれてしまったのか、と声を上ずらせた。

「いやあ、私もジェイミーの言うとおりだと思うよ。私は戦うことしかできないけどさぁ」

「……兄上が言ったんですよ。戦うだけが、戦争じゃないって」

「? そうだっけ?」

 ローレンスは本気で覚えがなくて、首をかしげてジェイムズを見た。


「まあ、直接この言葉を言ったわけではありませんが。兄上は、私にもできることがあると教えてくださいました」

「……そう」


 ローレンスは弟の言葉に目を細めて微笑む。少し見上げなければ、ジェイムズの顔を見ることができなくなっている。おそらく、ジェイムズはまだ身長が伸びるだろう。

 どんどん、彼らは大きくなる。もう、ローレンスが守ってやらなければならない、小さな弟たちではない。


「ローレンス兄上。ぜひお願いがあるのですか」


 エドマンドがローレンスに向かって言った。彼はまだ、ローレンスより少し小さい。まあ、あと1年もしたら身長を抜かれそうではあるが……。

「ん、何かな? 私にできることであればやるよ」

「できます! 剣の稽古をつけてください!」

「おおう……まあ、エディとはあまり体格も変わんないし、大丈夫かな?」

 ローレンスは背後に控えているシリルに向かって尋ねた。シリルは呆れた様子で口を開く。

「あんた、自分の馬鹿力のことを忘れたんですか」

「いや、あれは戦場にいないと出ないじゃん。だから、大丈夫だよね」

 結局自分で結論を出すローレンス。シリルは危なくなったら自分が間に入ろう、と思い、とりあえずついて行くことにした。


 ローレンスが戦場でないと、あの異常な怪力を発動しないのは確かだが、それでも技術的にかなりの差がある。ローレンスとエドマンドは10歳も年が違うのだ。


 と言うわけで、ハンデとして、ローレンスは利き手ではない左手に剣を持つ。宮殿にある訓練場で、ローレンスとエドマンドは向き合っていた。シリルは審判で、ジェイムズは見学だ。彼は白い目を向けられていたが、気丈にも無視している。

「はじめ!」

 シリルの掛け声で、エドマンドがローレンスに向かって突っ込んで行った。ローレンスは勢いのいい剣をよけ、エドマンドの剣に自分の剣の刃を触れ合わせる。そのまま剣を少し押すと、エドマンドがつられて体勢を崩しかける。

 だが、彼は傾いた姿勢から体勢を立て直した。思わず、「おおっ」という歓声が漏れた。


 ローレンスは、戦場で使う『殺すための』剣ではなく、訓練のためのきれいな剣術を使用していた。ローレンスの型にはまった剣術は特徴がある。


 1、2、3、とリズムを踏む。それが組み合わさり、ローレンスの剣術が出来上がっている。1で足を踏み込み、2で回転、3で剣を横ざまに振る、と言うように。


 そのため、そのタイミングさえ見極めてしまえば、ローレンスの剣術には簡単についてこられる。ついてこられるだけで、勝てるかは別だ。こんなにわかりやすい型を使っても、ローレンスは訓練でほとんど負けなしなのだ。


「……シリルは兄上に勝ったことはある?」


 見学中のジェイムズが尋ねてきた。シリルは試合を見ながら、「そうですね」と考える。

「まあ、ない、とは言いません。まあでも、勝率はローレンス殿下の方がいいと思いますよ。攻撃してくるタイミングがはっきりとわかるのに、攻撃をかわしきれないのが、ローレンス殿下の剣術のすごいところです」

「へえ……そんなことができるんだ」

 ジェイムズがちょっと複雑そうな口調でつぶやいた。ジェイムズは既定の剣の型すらまともになぞれない。


「うん。なかなかいいよ、エディ。そのまま続ければいい線行くんじゃないかなぁ」


 結果は、何とエドマンドの体力負けだった。どう考えても、ローレンスは手加減をしていたが、わざわざ指摘する人はいない。

「……やっぱり強いですね。ローレンス兄上……」

「ま、取柄はこれくらいだしねぇ」

 そう言いながらも、ローレンスは軍略にもすぐれ、政治の知識もある天才だ。恵まれた、結構腹の立つ人物なのである。


「へえ。楽しそうなことをしているな」


 訓練場の入り口のあたりから声がかかり、ローレンスたちはそちらを向く。そこにはすらりとした褐色の髪の男が立っていた。


「俺とも一戦願えるかな、ローレンス」


 彼はそう言って微笑んだ。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


私は剣道とか、格闘技とかを習ったことがないので、いつも描写に困ってしまいます。変なところがあっても、お目こぼしいただけると嬉しいです……。


次は明後日(12月9日)に更新します。

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