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8、邂逅

今回のローレンスはずっと女装モード。







 フランソワはレイモンを伴って、交渉のためにブリタニアの軍艦に移った。その瞬間斬られる覚悟は一応していたが、そんなことはなく、しかし、衝撃の報告がフランソワたちを待ち構えていた。


 出迎えたのは、10代半ばから後半くらいの少年だった。彼はヘンリ・ジェイムズと名乗った。ブリタニアの第2王子で、王太子の代理を仰せつかっているという。


「兄上は急用のため、宮殿にお戻りになられました」


 おそらく、初戦を迎えたばかりであろうヘンリ・ジェイムズは、フランソワが探るように見ると、唇の端をひくひくとさせた。戦略家とも名高い、王太子ニコラス・ローレンスが何かをたくらんでいるのかと思ったが、さすがに読み取れなかった。

 一方のジェイムズは、兄ローレンスに負け続けているとはいえ、聡明かつ武芸に秀でると言うフランソワをだましていることに冷や汗を流していた。ローレンスがいない理由は、『急用』である。おそらく、彼らはローレンスが何かをたくらんでいるのではないかと疑うだろう。実際にそうなのだが、勘づかれるわけにはいかない。彼らが気づけば、侍女に身をやつしたローレンスは、迷わずにフランソワ・シャリエールたちを斬り殺すだろう。そうなっては、ガリアとの全面戦争に突入してしまう。


 責任重大なのだ。ジェイムズはこっそりつばを飲み込んだ。


 ジェイムズのお供はシリルである。ずっと、ジェイムズの護衛はユージーンであったが、そのユージーンは今、女装しているローレンスの護衛をしている。そもそも、戦神の加護を受けているとすら言われるローレンスに護衛が必要か疑わしいところだが、ローレンスの護衛はお目付け役も兼任しているらしい。

 シリルとユージーンが入れ替わった理由は簡単で、シリルの方が白兵戦に強いこと、それに、シリルは大柄で目立ちすぎるためだ。変装中のローレンスが目立つわけにもいかず、シリルとユージーンの役目を入れ替えたのである。


 ローレンスとユージーンに面と向かっては誰も言わなかったが、女装姿のローレンスとユージーンが並べば、年若い恋人たちのようだった。つまり、ローレンスがユージーンと同世代に見えたということだ。ちなみに、実年齢はローレンスの方がユージーンより6歳上である。





 ブリタニアの戦艦もガリアの戦艦も、塗装が違うくらいでさしたる違いはなかった。船内の応接室らしき部屋に通されたフランソワは、ジェイムズの向かい側に座る。レイモンはフランソワの背後に、シリルはジェイムズの背後に背筋をのばして立っていた。


「どうぞ」


 フランソワたちと会談を行うということで、急遽侍女を乗せたのだろうか。やや地味な色合いのドレスを着た侍女がジェイムズとフランソワの前にお茶を出した。ジェイムズがその侍女をじっと見ていたので、フランソワもつられてみると、栗毛をお下げにしたその侍女と目が合い、彼女はにこっと笑った。


 人懐っこそうな笑みを浮かべたお茶くみの侍女こと女装中のローレンスは、まじまじと見つめられて内心焦っていた。しかし、現在扮しているのは侍女なので、お茶を出せばそのまま室外に出ることができる。無事仕事を終えたローレンスは、部屋の外に出た。そこに、ユージーンが待っていた。


「どうでしたか、フランソワ・シャリエールは」

「一見、普通の青年だよね」

元帥マーシャルも、一見、10代後半の美少女です」

「ねぇ。それ、喧嘩売ってるの。売ってるよね?」


 確かにローレンスは女性であるが、ユージーンはそれを知らないはずだ。客観的に見てローレンスが中性的な顔立ちで童顔であるのは確かだが、20も半ばの人間に10代後半に見える、と言う言葉は喧嘩を売っているとしか思えない。


 まあそれはともかく。ローレンスは話を続ける。


「じっと顔を見られちゃったよ。気づかれたと思うかい?」

元帥マーシャルはフランソワ・シャリエールと面識はないのでしょう? そんなにジェイムズ殿下とも似ていませんし、親戚です、で押し通せると思いますよ」

 ユージーンは冷静に意見を言った。ローレンスも「そうだよねー」とほっとした様子でうなずいた。


「それより、交渉はジェイムズ殿下だけで大丈夫なんですか?」


 ジェイムズはこれが初戦だった。もちろん、交渉もこれが初めてである。


 だが、ローレンスは不遜に笑った。


「大丈夫に決まってるだろ。ジェイミーは、私の弟なんだから」












 そんな会話が応接室の外で繰り広げられているころ、室内では駆け引きが始まっていた。

「どうやら、私の兄がお世話になっているようで」

 フランソワが口火を切った。ジェイムズはごくりと唾を飲む。

「誠に勝手ながら、戦艦で襲ってきたため、兄ローレンスが拘束いたしました。しかし、兄は彼を処罰するつもりはないそうです」

 どうやら、ジェイムズは兄から方針を定められているようだ、とフランソワは感じた。だとしたら、いないという王太子ニコラス・ローレンスはどこからかこの会談を見守っているのかもしれない。


 だが、フランソワの交渉の相手はこのヘンリ・ジェイムズなのだ。彼は、ベルナールの身柄と引き換えに二つの要求を突き付けてきた。


 一つ目。ガリアが実行支配している大陸の土地ローランサン。このローランサン伯の爵位はローレンスが保持しており、ブリタニアのものであるという主張だった。この土地の支配をやめ、軍を引くこと。


 二つ目。なんと、2ヶ月の停戦要求。と言うか、この戦争はブリタニア王ニコラス2世のガリア王位継承宣言から始まっているため、ブリタニア側から停戦要求を行うのは少し変な気がするが、これは、ガリア側にとっても悪くない話だ。





 ローレンスはそれをわかってジェイムズにこの要求を突き付けるように言ったのだ。扉の向こうで話を聞いているローレンスがふっと笑っている。

「ガリアはこの要求をのむんですか?」

 盗み聞きよろしく扉に耳をくっつけるローレンスに、同じことをしているユージーンが小声で尋ねる。ローレンスは笑ったまま答えた。


「飲むに決まっている。ここ8年、ガリア側にはほとんど勝利はない。戦争は何も生み出さない。戦争は金食い虫なのだよ、ジーン君。うちもだけど、ガリアも資金ぐりに苦労しているはずだよ」

「でも、代わりにローランサンを失うことになりますよ」

「ローランサンは広大だけど、場所としてはブリタニア寄りの海辺だし、ガリアとしては軍事基地としての役割しかないんだよ。それにもともと、私が爵位を持ってる。その私が、自分の土地の支配権を返せって言って何が可笑しいんだい?」


 言っていることはまっとうだが、何となくずれているような気がするローレンスの主張に、「ま、要求しているのはジェイムズ殿下ですけどね」とユージーンはツッコミを入れた。

「君、だんだんシリル君に似てきたね」

「マ……ローレルが呆れるようなことばかりするからですよ」

 誰が聞いているかわからないので、ユージーンはローレンスを偽名で呼んだ。とはいえ、『ローレル』は『ローレンス』と同じく月桂樹を意味する名だ。つまり、男性名か女性名かの違いだけだ。ちなみに、ローレンスくらいの年齢の女性に『ローレル』という名は多い。なぜなら、ローレンスにちなんで名づけられているからだ。













 結局、フランソワはブリタニア側の要求を呑むこととなった。フランソワが兄を見捨てられなかったためだ。それに、捕虜の返還の要求と考えるならば、破格の申し出であったし、ガリア側としても都合がよかった。

 停戦期間は2ヶ月と提示されたが、おそらく、ブリタニア……と言うか、王太子ニコラス・ローレンスは期限が来れば、また何かと停戦期間を延ばすのだろう。そうして、事実上の終戦に持ち込みたいのだと思う。


 さすがは軍略にも長けるというローレンスだ。正式な文書をつくり、血判まで押したフランソワはため息をついた。そこに、ベルナールが連れてこられる。


「兄上」


 ほっとした調子で呼びかけると、ベルナールはぐっと眉をひそめた。

「お前、何をしに来た。私を笑いに来たのか? さぞ愉快だろうな」

「助けに来たんですよ……」


 お願いだから素直に助けられてほしい。


 フランソワは先にベルナールをガリアの戦艦に帰した。フランソワは見送りに出てきたジェイムズやその他ブリタニア軍人たちを見渡した。その中には、お茶を出してくれた侍女らしき人物もいる。

「ジェイムズ殿下。私は必ずあなたの要求を護ります。ありがとうございました」

「いえ。私ではなく、兄が考えたことですので。礼なら、兄に」

 やはりそうだったか。さすがに、16の少年が考えるようなことではないだろうなとは思ったのだ。フランソワは「お会いすることがあれば、お礼を申し上げましょう」と言った。

 戦争をしているとわからないが、話してみればブリタニア人もガリア人も同じ人なのだ。自分たちと変わらない。そんな相手と、戦争をしているのだ。むなしくなったフランソワだった。


 その時、強い風が吹き、大波で船が揺れた。見送りに出ていた例の侍女が揺れに耐え切れずにバランスを崩した。近くにいたフランソワは、彼女が倒れる前に手を伸ばして受け止める。


 すると、彼女は驚いた表情でフランソワを見上げてきた。少し切れ長気味の眼が見開かれる。近くで見ると、かなり顔立ちの整った少女だった。年は10代後半ほどに見えるのに、どこか大人びた印象もある。そのどこか神秘的な雰囲気に、フランソワはドキッとした。


「あの、ありがとうございます」


 思ったより低めの落ち着いた声で、彼女はそう言って自分の足で立った。フランソワが「いえ」と短く答えると、彼女は愛想よく微笑んでぺこりと一礼すると、ジェイムズの後ろに並びなおした。そのまま、見送りを受けてフランソワはレイモンドとともに自分の船に戻る。


「どうしたんだ、お前」


 レイモンに尋ねられるが、どうしたのかは自分でもわからなかった。











 一方のフランソワを見送ったブリタニア海軍旗艦『マーガレット』。そこではローレンスが何故か半泣きになっていた。

「び、びっくりしたよ。何なの、アレ」

「その格好で涙目にならないでください。何かもやっとします」

 正確にはむらっと来るのだが、それは発言的に問題があるので避けるシリルである。幸い、ローレンスがすぐに立ち直ったので問題は起きなかった。

「彼、私に気が付いたかな」

「……どうですかね。兄上と私はあまり似ていませんから」

 ジェイムズも首をかしげた。微妙なところだ。ローレンスは母親似、ジェイムズは父親似であるとはいえ、やはり兄弟である以上は似ている。


「問い合わせられたら、『王家に連なる家系のお嬢様』って答えればいいんじゃないですか。ローレンス様、今は女装姿ですし」


 フランソワが来ている間は船内に隠れていたユーニスがこともなげに言った。それもそうだ。何となく似ている、だけでは証拠にならない。

「それもそうだね。ユーニスちゃんの意見、採用」

 ローレンスはニコッと笑って自分と同じような侍女服を着ているユーニスに言った。「恐れ入ります」とユーニス。


「それで。フランソワ・シャリエールはどうでした?」


 シリルの問いに、みんな、ローレンスが女装した原因を思い出した。注目が集まったローレンスは小首をかしげる。女装中なので、妙に似合うふるまいだった。

「なかなかいいね。良識もあるし、相手が年下でも侮らなかった。特に、誠実そうなのが評価が高い」

 思わぬ敵への称賛に、ブリタニア兵たちはたじろいだ。ローレンスは、ははは、と笑う。

「そんな顔するなよ。つまり、良識あるフランソワ・シャリエール君は、自分の主君と私の父の王位継承争いに巻き込まれているというわけだね」

 ローレンスには、フランソワが自ら望んで戦っているように見えなかった。それはローレンスも同じ。もしかしたら、二人は似ているのかもしれない。


「うまくいけば、彼となら、終戦の交渉ができるかもしれない」


 希望的観測だが、ローレンスはそう言った。そうすれば、ジェイムズたちが戦わずに済むかもしれない。


 だが、その前に。


「とりあえず私は、さっさと船から降りたいよ……」


 再び、ローレンスは真っ青になっていた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ちなみに、私は会いに行ったら本人いません、と言われたら「そっちが呼び出したんだろうが」って怒ると思う。フランソワ、心が広い。そしてローレンスはさりげなく性格悪い……。

これまでも何度か書きましたが、ローレンスは童顔です。男装しているので多少は幼く見えても仕方がないのですが、女装していても10代後半に見えるって、どうなの、それ。


次の更新は明後日(12月7日)です。

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