7、女装癖、いや、男装癖かも
交互更新なので、今日は『ガリア継承戦争の裏事情』を投稿します。
ブリタニア王太子ニコラスが得意なのは、戦だけではないらしい。ガリアにベルナールが捕まったという情報が入ってきてから5日後。今度はそのニコラス王太子からの親書が届いた。簡単にまとめると、ベルナールを捕らえた。返してほしければ交渉に応じろ、と言うことだった。日付は今から10日後。急いでいけば間に合う。
しかし、クロヴィス4世は罠だと言って譲らなかった。何とか説得して交渉にこぎつけたフランソワは今、海上にいた。
「それにしても、なんでお前は交渉を受け入れようと思ったんだ。考えがあるんだろうと思って私もお前に加勢したが、陛下がおっしゃったように罠ではないのか?」
同じく交渉の場へと向かっているレイモンが尋ねてきた。フランソワは海を見ていた視線を幼いころからの友人に向ける。
「……たぶん、ニコラス王太子は俺がどう出るのか見たかったんだと思うんだ。兄が捕らえられたことに怒って戦を仕掛けてくるか、罠と疑いながらも交渉に応じるか」
「……そんなもん、見てどうするんだ?」
意外に頭の鈍い友人に、フランソワは思わずため息をつく。
「お前、意外と馬鹿だよな」
「悪かったな。お前よりは馬鹿だよ」
怒りを浮かべながらもレイモンは自分があまり頭がよくないこと自覚していたのでそう言った。幼いころから聡明であると有名だったフランソワと比べたら馬鹿に決まっている。
「これで、俺が交渉に応じれば、話しがわかる人間だと判断されるんだろ。ニコラス王太子は圧倒的な強さが有名で、ほかの情報はほとんど入ってこねぇけど、少なくとも殺戮者じゃねぇし、それなりに世間体も気にする人だと思う。だから、兄を助けに来た俺を殺そうなんて思わない……と思う」
「……最後がなければ完璧だったぞ」
レイモンのツッコミに「うるさい」と返したフランソワであるが、交渉に応じると言うことは、不安要素が大きいこともわかっていた。ニコラス王太子はガリアでこそ評判が悪いが、それはやたらと戦争に強いからで、悪人だと言う話は聞かない。むしろ、腹黒さでは父親であるブリタニア王の方が上だ。ガリアの後継者問題に首を突っ込んでちゃっかり王位を要求している彼を腹黒いと言わずしてなんという。
だから、出会いがしらに斬り殺されるということはないだろう。そもそも、ニコラス王太子を斬り殺せばこの戦争は終わるが、フランソワを殺したところでこの戦争は終わらないのだ。
それにしても、調べれば調べるほどニコラス王太子は情報が少ない。正確な年齢もわからず、フランソワとあまり年が変わらない、と言うことしかわからなかった。みんな、その強さに目を取られ過ぎである。
とにかく、仲がいいとは言えない兄であっても、家族を見捨てることができないフランソワは兄を助けに行く。それに。
おそらく、ニコラス王太子もそうだったのだと思うが、自分の敵に会ってみたい。連戦全勝の王太子、ニコラスに会ってみたい。そう思ったから、フランソワは会いに行くのだ。
△
一方のそのブリタニア海軍。船酔いのローレンスがいまいち役に立たないので、現状、ジェイムズがこまごまとした指示を出していた。戦争は苦手だが、ジェイムズはこういうことは得意だ。大まかな指示はローレンスが出してくれるので、船になれないジェイムズでもなんとかなっている。
「元帥。ユーニスが来ました」
「……うん。今行くよー……」
いつもより覇気のない声で、ローレンスが答えた。呼びに来たユージーンは呆れて言った。
「何とかならないんですか、それ」
「ならないー」
まあ、船酔いと言うのは体質なので、仕方がないと言えば仕方がないのかもしれない。青い顔のローレンスだが、それでも自分が呼び寄せたユーニスに会いに部屋を出た。
「久しぶり、ユーニスちゃん」
「お久しぶりです。殿下、お顔が真っ青ですが」
「ん。船酔いー」
相変わらず緊張感のないローレンスの口調に、ユーニスはちょっと呆れた。しかし、それはおくびにも出さずに言う。
「頼まれていたものを持ってきました。……と言うか、そろそろその女装癖は何とかした方がいいかと」
「……女装癖」
同じ部屋にいたジェイムズがつぶやいた。非公開ではあるがローレンスは女であるため、あるのは『女装癖』ではなく、『男装癖』なのだが、そこはツッコまない。
「いいじゃない。正体隠す時はこれに限るよねぇ」
ローレンスはニコッと笑ってユーニスから侍女のお仕着せを受け取る。ジェイムズやシリルを含む男性陣の視線を浴びつつも、ローレンスはひるまない。
割とノリのいいパークスがすぐに、『王太子の女装癖』ショックから立ち直り、尋ねた。
「正体を隠すとは、何から正体を隠すのですかな?」
ローレンスはニコッと笑った。
「もちろん、これからやってくるフランソワ・シャリエールからだよ」
ローレンスは、ガリアの次期国王とみなされているフランソワ・シャリエール宛てに親書を送っている。簡単にまとめると、お前の兄を捕まえた。返してほしければ、交渉に来い、と言う内容だ。そして、フランソワはこの要求に「承知」の返答をしている。
ローレンスは、フランソワが兄を捕らえられ、仇敵であるローレンスから交渉を持ちかけられて、どうするのかを見たかったのだ。兄を捕らえられたという怒りにとらわれずにローレンスとの交渉に応じることにした彼は、かなり見どころがあると言っていい。
ローレンスは戦が強い。しかし、戦いが好きなわけではない。むしろ、嫌いな部類に入るだろう。戦わなければならないから戦っているだけだ。
たぶん、フランソワもそうなのではないだろうか。ガリア国王に見いだされ、戦うしかないから戦っている……ローレンスは、自分と同じ立場にあるかもしれない彼に会ってみたい。
ローレンスに会えば、その場で殺されるかもしれない。それどころか、兄も殺されているかもしれない。そんなことを考えながら、彼らはやってくるのだろう。
そんな彼らは……会いに来たローレンスが、『いない』と知ったらどうするのか。ローレンスは試すのだ。自分でも性格悪いなぁ、と思う。
「交渉はジェイミーにしてもらう。私に『会わせろ』と喚いたら、交渉の余地はない。そのまま叩き出せ。それでもベルナールと同じだからね」
どんどん話を進めようとするローレンスだが、ジェイムズは聞き捨てならない言葉を聞いた気がして、待ったをかけた。
「ちょ、ちょっと待ってください、兄上! 私が! やるのですか!?」
「うん? 不満かい?」
「当然です! 私には交渉の経験なんて……」
「何事も初めてがあるのだよ、ジェイミー。それに、私だったら相手をいらだたせちゃうからねー」
「……その性格、何とかならないんですか」
「ならない」
ローレンスはへらりと笑って言う。その笑みを見て、みんな脱力するのだ。
「大丈夫大丈夫―。簡単に方針は説明しておくし、君は頭がいいからね。私にもできるんだから、君にもできるよ。それに、私も近くで見守ってるし!」
「……侍女姿で、ですか」
「うん」
ジェイムズはこの突飛な行動をとる兄をとても尊敬すると同時に、呆れた。天才と馬鹿は紙一重と言うが、この兄はまさにそれに当てはまる。天才には変人が多いともいうし。
ジェイムズも相当頭がいいが、彼の場合は秀才型だ。ローレンスは根っからの天才型である。だから、余計に腹が立つのかもしれない……。
「……わかりました。兄上がやれと言うのなら、やります」
「大丈夫だよー。責任は私が取るからね」
ローレンスがさらっと言った。青い顔で何を言うかと思わないでもないが、こういうことがさらっと言えるから、ローレンスはふざけた態度でもみんなの信頼を勝ち得ることができたのだろう。ジェイムズは言った。
「今のセリフはちょっとかっこいいです。私が女性ならときめきました」
「私は女ですが、殿下にそんなセリフを言われても、特にときめきません」
「ユーニスちゃん。何か私に恨みでもあんの?」
ユーニスに敬ってほしいのなら、ローレンスはまず己のふるまいを顧みるべきである。
△
セラーズ海での海戦から約20日。ブリタニア王太子ローレンスとガリア次期国王フランソワの会見が実現しようとしていた。
そんな歴史的瞬間の数時間前、ブリタニア側の船はこんな状況だった。
「どう? 似合う?」
そう尋ねたのは、腰に両手を当て、栗毛をお下げにし、侍女のお仕着せを着た少女……ではなく、我らがブリタニア王太子ローレンスだった。集まった面々は、自分たちの最高司令官の格好にすぐに言葉が出ない。
何故なら……異様なまでに似合っていたからだ。
もともと、中性的な顔立ちのローレンスだ。童顔気味で、しかも小柄。侍女服の少しふんわりしたスカートも違和感なく着こなせている。女性にしては少し背が高いが、女性はヒールを履くことが多いので、あまり身長に関しては違和感はない。
しかし、この男所帯で目を引いたのは。
「……その胸、詰め物ですか?」
シリルが尋ねた。聞きづらいようなことをさらっと聞いてくれるのはさすがシリルである。しかし、ローレンスは即答せず、シリルだけに聞こえるように「違うよ」と答えた。
どうやら、ローレンスの胸は偽物ではなく自前だったらしい。その答えを聞いたシリルは、普段はわからないが、ローレンスは本当に女だったのだなぁ、と思う次第である。
「ユーニスもそうですが、元帥。兵たちに襲われないようにしてくださいね。ユーニスは、昨日、すでに声をかけられたようですが」
ユージーンの忠告と報告に、ローレンスは「ああ、彼ねぇ」と思い出したように言った。
「怒りのあまり海に突き落としちゃったよ」
「あんた何してるんですか!?」
「大げさな。ちゃんと引き上げてあげたよ。ちゃーんと警告してるのに、襲おうとする方が悪いんだよ」
「それはそうですが!」
シリルが全力でツッコミを入れる。水面にたたきつけられると、痛い。高さと打ち所によっては死に至る場合もある。なのに、ローレンスはこの大きな船からユーニス暴行未遂犯を突き落したらしい。さすがは戦の申し子。やることのスケールが違う。
「……まあ、ユーニス殿は放っておいても大丈夫そうでしたがなぁ」
パークスが独り言のように言った。ローレンスの『影』の伝令役であるユーニスは、実戦訓練も受けている。おそらく、彼女はその辺の兵士よりはずっと強い。暗器の扱いに長けた暗殺者でもある。心配するだけ損する。
つまり、ローレンスが出した『婦女に暴行を加えたものは直々に処罰を下す』と言う命令は、どちらかと言うと、兵士たちを護る命令だ。ユーニスには、襲われたら遠慮せず攻撃しろと言ってある。
目撃者であるパークスによると、襲われたユーニスは、男の急所を思いっきり計あげた挙句、腕をねじりあげて組み伏せたらしい。ユーニスを助けに入ろうとしたパークスだが、逆に兵士を助ける羽目になったのだ。
そして、さらにその兵士はローレンスによって海に突き落とされるという不幸を味わった。彼はもしかしたら、軍をやめるかもしれない。
ちなみに、そのユーニスだが、ローレンスに女物の服を着せ化粧と髪結いをした。彼女は今、ローレンスの背後に控えるように立っていた。
「兄上。ガリアの船が………………兄上?」
「うん。今行くよ、ジェイミー」
ローレンスを上から下まで見たジェイムズは、確認するように尋ねた。声を聞いて兄であると確信したが、それでもまじまじと見つめてしまう。
「……きれい……ですね、兄上」
「ありがとう、ジェイミー。じゃあ、手筈通りに」
「あ、はい」
思わず兄に見とれていたジェイムズはあわててうなずく。アルバートがローレンスを称賛する理由が少しわかった気がした。
ローレンスは足首まであるスカートの裾を揺らしながらニッと笑った。
「さあ。敵の顔を拝みに行こうじゃないか」
女性の恰好でその笑みを浮かべられると、妙な迫力があった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
明日は『残虐皇帝と予言の王女』を投稿しますので、次の『ガリア継承戦争の裏事情』の更新は明後日になります。こんな感じで交互に更新していきます。