表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/37

5、逆鱗

乱暴する描写があります。苦手な方はお気を付けください。









 ベルナール・シャリエール。29歳。ガリア軍将軍ジェネラル。シャリエール伯爵家の跡取り。そして、現在、次期ガリア国王とみなされているフランソワ・シャリエールの異母兄。彼はそう名乗った。


「前から思っていましたが、あんた、引きが強いですね」

「うん。ちょっと自分でも思ったよ」


 思わぬ大物を引き寄せてしまったローレンスに呆れるシリルとローレンス自身である。木の椅子にしばりつけられたベルナールは不愉快そうにこの主従を睨んだ。


「なんだ、貴様らは。私と話をするというのなら、せめて『黒の悪魔ノワール・ディアブル』を連れてこい!」

「いやぁ、ここにいるけどね」


 ローレンスがあっさりと名乗った。ガリア国内で『黒の悪魔ノワール・ディアブル』と言えばブリタニア王太子ニコラス・ローレンスのことだ。


 事実を告げたのだが、ベルナールは疑うような視線でローレンスをじろっと見た。


「お前のような小僧が? 嘘をつくな! こんな小僧にてこずっているなど、信じられるか!」

「貴様! 元帥マーシャルに向かって何を!」

「こんな小僧に従っているなど、たかが知れるな、ブリタニアは」

「このっ」

 ローレンスは剣に手をかけた軍人に手をあげて待ったをかけた。


「まあ、私が童顔なのは否定しないし、小柄なのも客観的に見て事実だよねぇ。でも、そんな私に負けたのは君だよ、ガリアの将軍ジェネラル


 ローレンスは目を細めて微笑むと、唐突に名乗った。


「初めまして、ベルナール・シャリエール将軍。私はニコラス・ローレンス・ブランドン・ブリタニア。ブリタニアの王太子だ。よろしくねぇ」


 軽い挨拶に、ベルナールがピクリと眉を動かす。

「本当に貴様が王太子か」

「だからそう言ってるじゃないか」

「なるほど」

 ベルナールは突然、椅子に拘束されたまま立ち上がった。そのまま声を上げてローレンスに向かって突進してくる。シリルとパークスがあわてたが、ローレンスは近くにいた軍人の剣を奪い取ると、剣の鞘でベルナールの顔面を殴りつけた。


 容赦のない攻撃に、もともと体勢の不安定だったベルナールは床に転がった。ローレンスは剣を抜き、ベルナールの首に剣先を突きつけた。

「いいか? お前は今、私の温情で生かされている。それを忘れることがないように」

「……ふん。悪魔ディアブルの温情などいるか。いっそ殺せばいいだろう」

「価値のないものを殺すほど、私も血に飢えているわけではないよ」

「なんだと!?」

 ベルナールは短気である。煽られれば逆上するし、自分から不利になる行いもする。おそらく、基本的に気の長いローレンスとは合わないだろう。


 ローレンスは剣を鞘に納めると、元の持ち主に返した。ローレンスは笑ったままベルナールを見下ろした。


「確かに、君には借りがあるんだけどね……」


 笑っているのに、笑っていない。そんな兄の表情と声音に、ジェイムズは我知らず身震いした。この兄を、恐ろしいと思ったのは初めてだ。



「だが、私怨で君を殺すほど、私も落ちぶれていないつもりなのでね。せいぜい、私たちの役に立ってもらおうじゃないか」



 らしくない、と言えばらしくない言葉ではある。ローレンスはなろうと思えばどこまでも冷酷になれたし、実際にローレンスのこんな様子は、シリルたちにとっては見慣れたものではあった。


 しかし、初戦を経験したばかりのジェイムズは違う。何が、兄をこんなに怒らせているのだろうと思った。


 そして、一つだけ、可能性に気付く。一度。一度だけ、このいつもふざけた様子の兄が本気でキレたことがあった。幼少時からの婚約者であったモニカが亡くなった時だ。

「お前、私の愚弟に似ているな」

「愚弟? 君の弟ってことは、フランソワ・シャリエールの事か」

「ああ。お前はあいつと一緒だ。くだらない縛りごとで、自分の行動を制限する。だから、あいつはお前に勝てない」

「君も私に勝ったことはないと思うんだけど。自慢じゃないが、私は初戦以降、連戦全勝でね」

「ふんっ。あくまでも認めないというわけか」

 ベルナールの小ばかにしたような口調に、さしものローレンスも不愉快そうな表情になった。猿轡をかませようとした兵士を手で制し、ローレンスは言った。


「もしかして、5年前のフーリエの戦いのことを言っているのかな? あれは」

「お前は参戦せずに逃げた。だから、お前の負けだ」


 ベルナールの言葉に、ローレンスは切れ長気味の眼を細める。


「……否定はできないね」

「兄上」


 ジェイムズは自分の負けを認めるような、しかし、どこかあきらめたような口調のローレンスに声をかける。しかし、ジェイムズの口調もどこか震えていた。


「……だが」


 ローレンスは手を伸ばして、その細身のどこからそんな力が出るのか、と言うほどの強い力でベルナールの胸ぐらをつかみあげた。ローレンスはそのままベルナールを睨み付ける。



「先に、私の婚約者に無礼を働いたのは貴様だ」



 怒鳴ったわけでもない、静かな口調だった。しかし、その低く、重い声はずしん、と人々の心にのしかかった。ああ、彼は怒っている、と思わせた。


 しかし、ベルナールはそれにも臆することなく笑って言った。


「だが、見捨てたのはお前自身だ」

「っ!」

「殿下!」


 シリルが咎めるような声を上げる。ジェイムズも、ローレンスがベルナールを殴りつけるかと思った。しかし、ローレンスはパッと手を放した。椅子に縛られたままのベルナールは顔面を床に打ち付ける。

「船底の牢に入れておけ。くれぐれも丁重に扱えよ。処分は追って通達する」

「……御意に」

 兵士がベルナールを連れ、船底へ向かった。ローレンスは仁王立ちのままその様子を視線で追っていた。これなら、確かに『黒い悪魔ノワール・ディアブル』と言われるブリタニア王太子だと納得できるだろう。


 しかし、こんなのはローレンスではない。どこかふざけたように話し、いつもにこにこ笑っているのがローレンスだ。そんな姿が、みんなを引き付けるのだ。

「よくこらえましたね」

「よほどぶん殴ろうかと思ったよ」

 あ、やっぱり殴ろうと思ったんだ。みんなの思いはきっと一緒だった。しかし、ローレンスはシリルを見上げて弱弱しげに微笑んだ。


「だけど、よく考えたら君の方が殴りたかったよねぇ。やっぱり一発殴ってやればよかったかなぁ。シリル君が」

「殿下。私を殺したいんですか」


 シリルが呆れたようにツッコミを入れる。この主従、いつものようなキレの良さがない。なんと言うか、シリルのキレがない。



 当然だ。



 ローレンスとシリルがベルナールに対して怒る理由となっている女性は、シリルの妹なのだ。


 モニカ・コールドウェル。年はローレンスと同い年だった。彼女とシリルの母親はローレンスの乳母であり、モニカとローレンスは一緒に育ったも同然だった。実際に2人は仲が良く、ニコラス2世は2人を婚約者同士とした。

 コールドウェル家は子爵家である。王の子、しかも王太子と結婚するには少々身分が足りない。最低でも、王太子の配偶者は伯爵家以上が望ましいとされている。


 それでも、無理を承知でニコラス2世はローレンスとモニカを婚約させた。ローレンスが女であることを隠すためのカモフラージュでもあった。子供は、ほかの王子もしくは王女の子を養子に取ればいいと考えたのだ。


 しかし、何よりもローレンスとモニカの仲が良かったためだろう。それくらい、2人はいつも一緒にいた。


 12歳で婚約者となり、2人は19歳で死別することになる。モニカがガリア軍に捕まり、殺されたのである。その時、ガリア軍の指揮を執っていたのがベルナールだったのだ。直接モニカに手を下したのも、彼だと思われる。


 当時、と言うか今もだが、ローレンスは快進撃を続けていて、ガリア側としてはローレンスに一泡吹かせたい、と考えていたところだったのだろう。

 ローレンスが最も大事にしているモニカを人質に取れば、ローレンスに勝てると思った。経過はどうであれ、結果がついて来れば問題ないと言うのは戦の常だ。



 結果として、モニカは殺された。



 もちろん、喧嘩を売られたブリタニア軍は、この戦争を言い値で買った。しかし、意外なことにこの戦いにローレンスは参戦していない。


 モニカがかどわかされたと知ったローレンスは、当然烈火のごとく怒った。兄であるシリルより、母である乳母よりも怒り狂った。基本的に気性が穏やかなローレンスが見せた鬼神のごとき怒りに、周囲は震えあがった。それを聞いてニコラス2世は、一時的にローレンスを監禁した。

 何度も言うが、ローレンスとモニカは特別仲が良かった。そのため、ニコラス2世は、モニカが人質に取られた状態ではローレンスが戦えないだろう、と判断したのだ。


 ローレンスが監禁場所から出られたのは、戦いが終わり、モニカが亡くなった後だった。ローレンスが参加できなかった戦は惨敗で、図らずもローレンスの戦の才能が証明された結果となった。


 モニカの遺体と対面したローレンスは嘆いた。だれもが、ローレンスはモニカを深く愛していたのだと思った。実際にはどうだったのか、ローレンス自身が語らないのでよくわからない。ローレンスは次の戦では怒りをぶつけるように戦った。


「……とはいえ、詳しいことは父上に相談だねぇ。うちの父上なら、そのまま殺せって言いそうだけど」

「……否定できませんね」


 ローレンスの言葉にジェイムズも同意する。ニコラス2世以上の戦争の天才と言われているローレンスよりニコラス2世は容赦がない。むしろ、自分の子よりも才能がないからこそ容赦がないのかもしれないが。

 ローレンスはベルナールを取引材料に、ガリア王国と交渉を行いたいと思っている。しかし、軍事最高司令官であるローレンスであるが、ブリタニアの最高権力者ではない。次期ガリア王の兄を捕らえた以上、国王に相談するのは自然な流れだ。


 ニコラス2世に意見を求める。そう決まったところでジェイムズがぽつりとつぶやいた言葉に、ローレンスは真っ青になった。



「でも、そうなると、もうしばらく船の上ですね」







ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ローレンスは連戦連勝中です。しかし、いくつか参加していない戦いはあります。同時多発的に起こったりすれば、参加できないものもありますよね。

フーリエの戦いは、ローレンスが参加していない戦いの一つです。この戦いは、ブリタニア軍が負けています。

しかし、ローレンスが参加していても勝てたかはわかりません。『婚約者』のモニカが人質にとられていたからです。ローレンスが参加していれば、怒りのあまり超速攻でガリア軍を倒したか、モニカが殺されるのを恐れてなかなか手を出さなかったかのどちらかでしょう。

ニコラス2世は後者だと判断した。だから、ローレンスを戦いに参加させなかったのですね。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ