4、海上戦の結果
今回は戦闘シーンがあります。たいした描写ではありませんが、苦手な方はご注意ください。
ブリタニア海軍、およびガリア海軍はブリタニア王国本島南部の都市、スティプルドンの南およそ45マイルのセラーズ海上に対面して停泊していた。このにらみ合いが丸1日以上続いている。陸上からかなり近いので、スティプルドンの住民たちは戦々恐々としていることだろう。
「……あっちからは仕掛けてこないかぁ」
「防御態勢を取って待ち構えていますな。どうしますか、元帥」
「うーん。そうだねぇ……」
元帥。軍事最高司令官を意味する言葉だ。この場合は、ローレンスのことを示す。甲板に仁王立ちした小柄な元帥は、背後にいるいかにも軍人、と言った風采の男に言う。
「正直、私はこの船からさっさとおりたいね」
今はそんな様子を見せていないが、三半規管の優れたローレンスは揺れる船に弱い。しかも、ここはブリタニア本島から近く、早めに敵艦隊を始末してしまいたいところであった。
相手は攻撃を待ち構えている。ここでこちらから仕掛ければ、罠にかかったとばかりに攻めてくるだろう。かといってこのまま待っていてもらちが明かない。船、と言う狭い空間で、船員たちのストレスがたまるだけだ。
「ガリアは何としても元帥の首を取りたいのでしょうなぁ」
「はっきり言ってくれるなぁ、パークス」
「まあ、パークス様の言うとおり、殿下がいなくなれば、ブリタニア軍は瓦解するでしょうからね」
中年軍人ゴードン・パークスだけではなく、従者のシリルにもつっこまれ、ローレンスは「代理を務められる人を育てておくよ」と苦笑した。
「……それで、どうするのですか、元帥。計画がないわけではないでしょう?」
若い従者であるユージーン・オファレル侯爵子息はまじめな表情でローレンスを見上げた。彼はちょっとジェイムズに似ている。そう。まじめなところが。
「いや。何度も言うけど、私は海戦があまり得意ではないからね」
「……」
シリルとユージーンが冷たい視線でローレンスを見た。ローレンスは「はうっ!」と妙な声を上げる。
「心に刺さるよ2人とも! と言うか、海軍兵じゃない私にどうしろっていうのさ!」
「海戦でも何度も勝利しているでしょうが」
「それを言われると反論できないから痛い!」
シリルの冷静過ぎるツッコミに、ローレンスはひとしきり悲鳴をあげた後、息を吐いて腕を組んだ。
「……火攻めをしようか」
「あなたらしくない提案ですね。どうしたんですか?」
「……ちょっとシリル君。私が何か言うたびにツッコミを入れるの、止めてくれないかな」
「これは失礼しました」
絶対にそう思っていないだろう、と言う口調でシリルはそう言った。ローレンスも疑うような視線で彼を睥睨したが、すぐにまじめな口調になる。
「相手は、私たちを疲弊させたいんだろう?」
「そのようですな。しかし、持久戦となると……」
「条件は相手も同じなのだよ、パークス」
腕を組んで仁王立ちしたまま、ローレンスはニヤッと笑った。ジェイムズもいい加減慣れてきたが、この表情の時の兄はろくなことを考えていない。
「さっきも言ったけど、私は早く船から降りて陸地に足をつけたい。と言うわけで、先制攻撃を仕掛ける」
「……兄上。それだけの理由でむやみに攻撃を仕掛けるのは……」
「もちろん、策がないわけじゃないよ。私もそこまで無謀ではないわけだ」
「……」
ジェイムズはローレンスのペースに巻き込まれつつあった。もともと自由人であるローレンスは、他人を巻き込むのがうまい。
「艦隊を二つに分けよう。一つは、ジェイミー。君が指揮しな」
「!? 兄上、それは……!」
初戦の自分に軍の半分を任せるとは。常々頭がおかしい兄だとは正直思っていたが、度重なる戦で本当におかしくなったのか!? とジェイムズは半ば本気で思った。
「ああ、大丈夫だよ。打ち合わせはするし、君に敵船に飛び込ませるようなまねはさせないから」
「……そうですか」
それはそれで馬鹿にされているような気がするジェイムズである。しかし、現実問題、白兵戦でジェイムズは役に立たない。ただの的である。
「それじゃあ、作戦会議と行こうじゃないか」
ローレンスはとてもいい笑みを浮かべて言った。
ガリア海軍がブリタニア本島南部のセラーズ海に展開して20日近くが経過していた。7日ほど前からはブリタニア海軍も展開しているが、全く動きを見せない。そのため、ガリア海軍は緩みきっていた。
この海軍の指揮官であるベルナールは、大規模な艦隊を見て、ブリタニア海軍が恐れをなして攻めてこないのだと悦に浸っていた。実際には、そんなわけではなかったのだが。
双方にらみ合うだけ。しかし、ブリタニアに戦神の加護を受けた王太子がいる限り、そんなことはありえないのだ。
どぉん、と唐突に衝撃音が響いた。気を抜いていた見張りの兵があわてて周囲を見渡すと、味方の軍船が敵船に船体をぶつけられていた。
この時代の海戦の方法として、船同士をぶつけることはたまにあることだ。ぶつけるように船体を改造している船もある。しかし、古くから伝わる方法は敵船に乗り込んでの白兵戦、それに、船からの遠距離攻撃だ。主に弓矢や投石機を使う。
簡単に言うと、ローレンスはこの二つの方法の両方を取ったのだ。突破力の高いローレンスが白兵戦を行う兵士たちを率い、ガリアの軍艦に乗り込む。ジェイムズがそれを後方から援護する。後方援護部隊はジェイムズの命令で動いているのだ。
白兵戦においてガリアで『黒い悪魔』の異名をほしいままにしているローレンスが乗り込んできた軍艦は阿鼻叫喚だった。その小柄な体のどこからそんな力が出るのだ、と言うほどの腕力で、ローレンスは敵兵を切り裂いていく。機動力を重視したローレンスは重い鎧は身に着けていない。
「逃げるものを追う必要はない! 向かってくるものをすべて斬り捨てよ!」
よく通る声でローレンスが叫んだ。黒い軍服の王太子は軍艦を次々と乗り移り、船員たちを斬り倒していく。
そして。
ローレンスは振り向きざまに振るった剣を受け止められたことに目を見開いた。剣を受け止めたのは、ガリア王国の紋章が入った鎧を着た巨漢だった。たぶん、シリルと同じくらいの体格ではないだろうか。
彼が「将軍!」と呼ばれていたので、今回の軍の指揮官は彼だろう。ガリア次期国王とみなされているフランソワは遠目でしか見たことがないが、この男はフランソワではないだろう。
「あんたがガリアの指揮官かぁ。剣は強いね!」
ローレンスは持ち前の運動能力で切り込んでいく。しかし、相手もなかなか強かった。打ちあいが続き、シリルがローレンスの方を見て驚いた表情になった。これだけ打ちあうのは、ローレンスにとって珍しいのである。
「ふん。貴様のような小僧にこの私がやられるか!」
そう言いながら彼はローレンスに切りかかったが、ローレンスはあっさりと避ける。もともと、動きが鈍くなって剣をよけきれないからローレンスは鎧を着ていないのだ。
「それはいいけどさ。君たちの軍艦、燃えてるけど無視してていいわけぇ?」
ジェイムズが火矢を放っているのだ。うまく着火して、燃えあがっているガリア軍艦もある。他に、大きな穴が開いて航行不可能な船も存在する。
「私のもとで死ねるのだ。本望だろう」
「あんたとは、一生意見が合わなさそうだね!」
ローレンスの猛攻である。相手は受ける一方で、ついにローレンスが押し勝った。船の床に押し付けた彼がもがくが、ローレンスはそれより強い力で彼を押さえつける。
「ちょっとおとなしくしなよ。殺すんだったら、とっくに殺してるから暴れても意味ないと思うけどねぇ」
「ほざけ!」
ローレンスはぐっと相手の男の頭を押して、床に擦り付けた。
「だから、おとなしくしなって。頭踏みつけるよ」
「どこのサディストですか、あなたは」
シリルからまたも冷静なツッコミが入った。ローレンスは笑みを浮かべて彼を見上げる。
「あー、来た来たちょっと代わってくんない?」
「何で殺さなかったんですか」
そう言いながらもシリルは拘束を代わってくれる。小柄なローレンスがこの大柄な男をとらえておくには少々無理があったのだ。
「よーし、後退! とっととさがんないと置いてくからね!」
「おぅ!」
ローレンスの言葉にブリタニア兵が声を上げる。無敗の王太子ローレンスは、引き際も見事である。
「シリル君、そいつ担いで!」
「連れて行くんですか!?」
「もちろんだよ。何のためにとらえたと思っているんだね」
「……わかりましたよ」
シリルはあきらめて、ローレンスが圧倒した男を担ぎ上げた。自分で連れて行けないなら捕まえるなと言う話だが、そう言うツッコミは入れないことにした。
一方のジェイムズである。ローレンスから旗艦『マーガレット』を預けられたジェイムズはガリア艦隊から少し離れた位置から投石器、弓による攻撃を行っていた。弓の名手であるユージーンがジェイムズの側近くに控えていた。
「殿下。元帥が撤退を始めたようです」
大きく弓を引きながら、ユージーンがジェイムズに報告した。殿下、と言うならローレンスも殿下であるが、ユージーンはローレンスのことは元帥と呼んでいるため、呼びわけはできている。
ジェイムズはブリタニア兵が乗り込んでいるガリア軍艦を眺めると、ユージーンの言うとおりであることを確認した。ジェイムズも指示を出す。
「撤退の援護をしろ!」
了解! と様々な方向から声が聞こえた。少々ローレンスの時とはノリが違うのは、やはりジェイムズが物慣れていない様子を見せているからだろうか。
撤退した兵士たちを収容したブリタニア軍艦が離れて行く。それを見計らって、ジェイムズは火矢の用意を命じた。そして、一斉に放たせる。これは事前にローレンスに頼まれていたことだった。逃げる際に、追ってこられないように敵船に火矢を放つこと。
騎士道に反する、と言う人もいるかもしれないが、撤退のために背を向けたローレンスを背後から襲おうとした時点で、ガリア軍も同罪である。そいつらは、ローレンスが手を出すまでもなく処理された。
それと、もう一つ頼まれていたのは海に落ちた敵兵の回収だ。こちらに敵対の意志のないものは助けるように言われていた。そのまま見殺しにするのは目覚めが悪いと言うことなのだろう。
もちろん、海に落ちたものを全員助けたわけではない。敵に助けられるのを拒んだものもいるし、船上に引き上げられた後にブリタニア兵を殺そうとしたものもいる。そう言った者を無理に助ける必要はない。ローレンスはそう言っていた。
戦闘海域からだいぶ離れ、ガリア海軍が粒ほどにしか見えなくなったころ、旗艦『マーガレット』にローレンスが戻ってきた。
「ジェイミー、ご苦労だったね」
ちなみに、ローレンスは今でこそ身なりを整えているが、先ほどまでは返り血を全身に浴びていた。顔にも血が飛んでいる状況で笑うので、この王太子は『悪魔』と呼ばれるのだろう。
「兄上こそ、お疲れ様です……で、誰ですか、その人」
シリルとパークスが連れている、鎖で縛られた男のことだ。拘束している二人とさほど変わらない体格の巨漢で、それなりに顔立ちは整っているが、猿轡をかまされている。
「ああ。ガリア軍の将軍だよ」
「……兄上、何してるんですか」
「いや、普通に戦ってきたつもりだけどね」
どうしよう。兄の普通の基準がわからない。ジェイムズは眉をひそめた。
「その男、どうするんです?」
「うん。とりあえず」
ローレンスは腰に手を当ててニッと笑った。
「話をしてみようと思う」
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
『ガリア継承戦争』は百年戦争の頃をイメージしています。ですから、現実で言う14世紀ヨーロッパってとこですね。だから、船は手漕ぎのガレー船。大砲はなく、銃もない、はず。軍事史の本を読んだのがずいぶん前なので、ちょっと自信ない……。
とにかく、この世界に大砲や銃は存在しないのです!と言うことで一つお願いします。