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3、妹の婚約者








「ソフィアの嫁ぎ先が決まったぞ」


 唐突にそんな話をされて、ローレンスは首をかしげた。

「はあ……」

 気のない返答に、父ニコラス2世は彼女をじろりと睨み付けた。

「妹の嫁ぎ先だぞ。気にならんのか」

「気になりますけど、ソフィアならどこででも生きていけそうな気がします」

「……それは否定できんな……」

 適当に理由を言ったら、納得されてしまった。実際には、眠いのに朝早くにたたき起こされて政務の手伝いに連れてこられたため、ただ眠いから気のない返事をしただけなのに。


 ただ、ローレンスの言葉が事実であったのも確かだ。第1王女ソフィアはローレンスとは違う意味で『どこででも生きていけそう』なのである。ローレンスはどこにいてものほほん、と笑っているが、ソフィアはとにかく気が強く、しっかり者なのだ。


「それで、相手は誰ですか?」

「結局聞くのか」


 そう言いながらも答えてくれた。ソフィアの結婚相手は、ヴァルテンブルク帝国の皇太子マクシミリアンだそうだ。聡明であることで有名な相手だ。うん。大丈夫そうだ。ソフィアは頭の足りない相手を嫌うが、マクシミリアンなら大丈夫だろう。


「で、その皇太子がひと月後にブリタニアにやってくる」


 ローレンスはぶはっと飲んでいた水を吐き出しそうになり、あわてて嚥下した。気管と鼻に詰まってむせる。一気に目が覚めた。


「それを先に言ってくださいよ!」


 マクシミリアンはローレンスと同世代だ。どう考えても、ローレンスが案内役に抜擢される。

「この際、戦場に逃げようかな……」

「やめろ。何のためにグレアムを派遣したと思っている」

 ローレンスのつぶやきはばっちりニコラス2世に聞かれていた。グレアムは、ローレンスらの又従兄に当たり、ローレンスが初戦を迎える前から指揮官として戦っていた青年だ。少々ナルシストなきらいがあるが、悪いやつではないとローレンスは思っている。

「そんなわけで、逃げるなよ。今やお前は大陸でも有名人だからな」

「……わかりましたよ」

 ローレンスは肩をすくめてうなずいた。


 彼女が戦場に出るようになってから約1年。ローレンスはいまだに連戦連勝中だった。途中で、何度勝ったか数えるのが面倒になったくらいである。

 そんなわけで、ローレンスの名は今、大陸中に知れ渡っているそうだ。最近、外交官にじろじろと見られるのでそんな気はしていたが、実際に言葉にされると「そうなのかぁ」と思う次第である。

 まず、ソフィアとマクシミリアンは婚約を結ぶことになるそうだ。そのために、マクシミリアンはブリタニアにやってくるらしい。











 初夏が過ぎ、だいぶ暑くなってきたころ、ヴァルテンブルクからマクシミリアンがやってきた。ニコラス2世、ソフィアと共に彼を出迎えたローレンスは思った。


 これが正しい後継ぎの姿か……。


 いや、ローレンスも王太子であるのだが、正しい後継ぎの姿を現しているかと言うと、いささか疑問は覚える。女であるからではなく、生活態度の問題である。性格が非常に残念なためか、ローレンスはすでに臣下たちからあまり敬われていない。

「一度お会いしたことがありますな。ブリタニア国王ニコラスです」

「ええ。協定会議の時はありがとうございました。ヴァルテンブルク帝国のマクシミリアン・ベルンハルト・ヴァン・ヴァルテンブルクです」

 何か『ヴァ』が二度続いていて言いづらそうだな、と 思った。幸い、ファーストネームではないが。


「マクシミリアン殿と婚姻を結ばせていただく、娘のソフィアだ。そっちは王太子のローレンス」


 なんだかすごくついでみたいに紹介された。いや、別にいいが……。


「初めまして、ソフィア王女」


 マクシミリアンはソフィアの手を取ってその指に口づけた。ああ、ソフィアがはにかんで微笑んでいる……少し気は強そうだが、そうしていればただの美少女である。

 ブリタニア王家の兄弟は、口さえ閉じていれば顔は一級品だと言われているらしい(特にローレンス)。


「それで、あなたがローレンス王太子ですか。噂はよく耳にしますが、お会いしたのは初めてですね」


 マクシミリアンが手を差し出したので、ローレンスも手を差し出して握手をする。


「初めまして、マクシミリアン皇太子。私のことは気にしなくていいので」


 どうぞソフィアと交流を持ってください、と続けたのだが、マクシミリアンは面白そうに笑った。


「気になるでしょう、普通。初めて戦を経験してから負けなしの連戦連勝。国ではすでに守護神と言われていると聞きましたが」

「噂が独り歩きしているだけですよ~」


 噂が独り歩きしているのは事実だ。今ではローレンスに関する噂は様々出回っており、『百人切りをした』とか、『返り血を浴びながら笑っていた』とか、『最前線に3日立ち続けてもけろりとしていた』とかいろいろある。ひとつ言いたい。どこの化け物の話しだ、それは。


 まあ、返り血を浴びながら笑っていたのは否定できないかもしれない……とローレンスが思ったところで、ソフィアがくすくす笑いながら言った。


「そうよね。現実のお兄様なんてただのポンコツよね」

「ソフィア、それはさすがにひどいよ。って、父上まで笑わないでください」


 さすがに傷ついたローレンスに、ニコラス2世が追い打ちをかけた。笑いをこらえているようだが、唇の端が引きつっている。

「……楽しいご家族ですね」

 ほら、マクシミリアンも顔をひきつらせているじゃないか。


 だが、半分くらいはローレンスのせいだと思う。
















 マクシミリアンに宮殿内の案内をする役目はソフィアにしてもらい、その間にローレンスはニコラス2世に呼びつけられた。宰相も一緒だ。


「今度はどうしたんですか」


 ローレンスが不審そうに尋ねると、宰相が口を開いた。

「殿下。先日、間諜が捕まったのをご存知ですね?」

「……ご存じだけど」

「その間諜を拷問にかけたところ」

 さらりとした宰相の言葉に、ローレンスはわからないくらいわずかに顔をしかめた。ローレンスは拷問があまり好きではない。戦争で負け知らずなローレンスはサディストととらえられがちだが、無意味な苦痛を与えることは嫌いだった。自分のように一撃で息の根を止めてやる方が優しいのではないか、と思うほどだ。


 まあ、それはともかく、話の続きである。


「どうやら、この国の高官に、ガリアとの内通者がいるようで……」

 ローレンスは「ふ~ん」と興味なさそうに言った。こてん、と彼女は首を傾ける。

「こういう場合はさぁ。そう言ってる宰相が内通者だったりするんじゃないの?」

「とんでもありません」

 王太子にスパイ疑惑をかけられた宰相であるが、そこはさすがに冷静に切り返した。ローレンスは「ごめんごめん」と謝りつつ肩をすくめた。


「まあ、ガリアの間諜の1人や2人、上層部に入り込んでても今更驚かないけど……」


 そもそも、ブリタニアは昔はガリアの一部だったわけで、ブリタニア王族も元はガリア貴族のひとつだった。

 だが、それが理由にならないこともよくわかっているので、ローレンスはそんな無粋なことは言わずに別のことを言った。

「この話、知っているのはこの3人以外にどれだけいますか?」

「感づいている者はいるかもしれませんが、私がお話しいたしましたのは陛下と殿下のみです」

「おや。信用してもらえてうれしいねぇ」

 考え事をしながら心ここに非ず、と言う調子でローレンスは言った。


 スパイが紛れ込んでいるなら、驚きはなしないが何とかしなければな、とは思う。ローレンスは戦争において情報はとても大事な位置を占める、と考えていた。実際に、子飼いの情報部隊が欲しいと思った彼女は、せっせと組織を作っているのだ。すでに何名かの諜報官をガリアに派遣している。


 どんな些細な情報でも、敵に漏れるのは痛手だと思う。手を打てるなら早めに打っておくべきだ。


「……わかりました。私の方でも、何か考えてみますね」

「頼むぞ。ローレンス」

「……あんまり期待しないでください」

 最近、父に頼られることが多くなってきた気がするローレンスだ。それはそれでうれしいので、嫌と言えないのである。

 ローレンスはかなり流されて生きていた。
















「ローリーお兄様!」


 ニコラス2世の所から帰る途中、ローレンスは妹に名を呼ばれて振り返った。呼んだのはもちろん、ソフィアである。そして当然の如く、マクシミリアンが一緒だった。

 なんか面倒くさいのに捕まったなぁ、と思いながら「どうしたんだい?」と走るのではなくあくまで早歩き、と取れる範囲で近づいてきたソフィアに尋ねる。ソフィアはローレンスの腕を取った。


「マックス様がお兄様とお話ししてみたいんですって!」


 マックス様? だれ、それ。と思ったが、マクシミリアンの愛称はマックスだった。もうそんなに仲が良くなったのか。さすがだな、妹よ。

「別にいいけど、なんでまた私なんかと」

 ローレンスは小さくつぶやいたつもりだったのだが、聞こえたらしいマクシミリアンはニヤッと笑った。

「自己評価が低くていらっしゃるな、ローリー義兄上」

「大丈夫よ。わたくしがお兄様は性格残念な美形だって言っておいたから!」

「激しく余計なお世話だよ」

 ソフィアにも結構ひどいことを言われ、ローレンスは心が折れるかと思った。いや、言うほど弱い心ではないが。

 昼間っから酒を飲むのはいただけないので出されたのはお茶だ。テーブルを囲んだところで、ローレンスはソフィアがマクシミリアンに何を吹き込んだのか聞かされることになった。


「いろいろ武勇伝を聞きましたね。本棚にぶつかって生き埋めになったとか、大型犬に襲われて川に落ちたとか」

「それ、武勇伝じゃないし……」


 主にローレンスの黒歴史である。そして、ソフィアの頭からはすっぽり抜け去っているようだが、全てソフィアをかばったうえで起こった事件である。


 なんだかんだで、ローレンスもマクシミリアンと仲良くなったのだから、すぐに人と仲良くなれる才能があるのはマクシミリアンの方なのかもしれない。














ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


非常にいまさらですが、過去編は話重視ではなく、ローレンスやその兄弟たちの奇行をメインにしているつもりです。

さらに、こちらもいまさらですが、ローレンスの妹ソフィアは『その後』の話に出てきていた皇妃ゾフィーのことです。マクシミリアンは『さらにその後』に出てきていた皇帝の方。


何となくいけそうな気がするので、明日も更新します。


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