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さらにその後

昨日今日とセンター試験ですね。日本海側天気悪いけど、受験生の皆さん、もうひと頑張りです。応援してます。


その後の番外編はこれで最後です。 






 ローレルがヴァルテンブルク帝国に住むようになってから6年が経とうとしている。息子はそろそろ6歳になるし、娘もそろそろ4歳になる。


 掃除をしていたローレルは、娘の大泣きが聞こえてあわててリビングに戻った。


「モニカ! どうしたの!?」

「おにいちゃんがモニカのおやつとった~!」

「……ブルーノ」


 ローレルは呆れて息子を見た。ローレルはあまり怒らないので、少々なめられている気がする。夫も微妙にヘタレなので、なめられている。どうにかしなければなぁ、と思いつつ、モニカの背中をなでた。


「ブルーノ。ちゃんとおやつはモニカの分と分けて置いておいたでしょう。どうしてモニカの分を取ったのかな」

「取ってねぇよ!」


 ローレルは立ち上がると、夫によく似た顔立ちの息子の頭に拳骨を落とした。


「いってぇ! やってねぇって言ってるのに!」

「モニカが嘘をつけると思うのかね、まったく……2時間ほど膝詰説教をしてやってもいいんだよ?」

「そ、そんなに長くやると、母さんの体がもたねぇぞ」

「大丈夫だよ。フランソワと交代でやるから」


 ローレルはニコッと笑ってブルーノの頭をなでた。説教2時間におびえるブルーノは、ローレルになでられてびくっと体を震わせた。


「ほら、モニカも泣き止もう。お兄ちゃんも悪気があったわけじゃないんだよ。次はないようにするからね」


 モニカはローレルの足にしがみついて泣きじゃくる。これはらちが明かないと思ったローレルは、しゃがみ込んで提案した。


「じゃあ、ちょっとお散歩に行こうか。モニカ、新しい洋服を着せてあげる。着る?」

「き、きる」


 泣きじゃくりながらもモニカはうなずいた。ローレルはよしよし、と娘の頭をなで、ブルーノにも言った。


「ブルーノも散歩に行くよ。着替えておいで。自分でできるね?」

「……わかった」


 ブルーノはうなずくと、自分の部屋に戻って行った。ローレルがモニカを着替えさせ、自分も着替えてリビングに戻ると、ブルーノはもう待っていた。


「おせぇよ!」

「はいはい。ホントに、君は誰に似たんだろうね……」


 ブルーノの気性の荒さは謎であった。ローレルは気性が穏やかだし、フランソワもどちらかと言うとおっとりしているだろう。やはり、自分の父親だろうか、とローレルは思った。


 一方のモニカは完全にローレル似であった。分裂したのか、と思うくらいそっくりである。栗毛に紫の瞳の美少女である。性格は、ちょっと打たれ弱い。気づいたかもしれないが、『ローレンス』の婚約者モニカから名前を頂戴している。


 モニカの頭に帽子をかぶせて顎で縛り、自分もつばの広い帽子をかぶる。初夏で、そんなに日差しは強くないが、念のためだ。

「ブルーノ。離れちゃだめだよ」

「1人でも平気だよ!」

 ブルーノが手をつなぐのを嫌がったので、ローレルはそう言って注意を促す。モニカはおとなしくローレルと手をつないだ。


「おや、ローレルちゃん。今日は体調はいいの?」

「うん。今日は大丈夫だよ」

「そりゃよかった。モニカちゃんも元気そうだね」

「う、うん」


 やや人懐っこいローレルやブルーノとは違い、モニカは人見知りでもある。近所のおばさんに対してもこの態度。仲良くしてもらっているのに。まあ、知らない人について行くと言うのはなさそうだな。


 声をかけてきた女性に「気を付けてね」と見送られ、ローレルたちは目抜き通りに向かった。あわよくば、買い物も済ませてしまおうと言う魂胆である。


 天気がいいので、目抜き通りは人が多かった。見失いそうになるブルーノを何度か叱っていると、唐突に女性の悲鳴が聞こえた。通行人たちが何人か立ち止り、そちらの方向を見る。



 というか、今の聞いたことあるような声のような気がする。



 ローレルがそう思うが早いか、ブルーノは「イルゼ姉ちゃんだ!」と叫んで駆け出した。ちなみに、イルゼとは、ブルーノがもっと小さいときに面倒を見てくれていた少女である。今は17歳か、18歳くらいになっている。隣に住んでいるので、今でも時々遊びに来る。


「ブルーノ、待ちなさい! ああっ、もう!」


 まったく誰に似たんだか! とローレルは心の中で思いっきり吐き捨てる。それから、ああ、この無駄な行動力は自分か、と自己完結した。いやいや、そんなことを考えている場合ではない。すでにブルーノは人ごみの中に入り、見えなくなっている。


 だが、追おうにもモニカを連れて行けない! とうろうろしていると、声をかけられた。


「おや、ローレルちゃん、どうしたんだい?」


 30を過ぎても『ちゃん』づけで呼ばれる女、ローレルは声をかけてきた相手を見てとっさに言った。


「こんにちは、クリスタさん! ちょっと悪いけど、モニカを預かっててもらえない? ブルーノがはぐれちゃって」

「ああ、いいよ。……もしかして、今の悲鳴の所に?」

「そうみたい。頼んでもいい?」

「もちろんだよ。モニカちゃん、おいで」


 人見知りのモニカはうつむきながらもクリスタの近くによった。クリスタは野菜や果物を売る店をやっており、ローレルも何度かお世話になっている。料理がうまいので、いくつかレシピを教えてもらったことがある。


 モニカを預けたローレルは、ブルーノが向かったと思しき方に向かう。人ごみをかき分けて進むと、声が聞こえてきた。


「なんだ、このガキ」

「イルゼ姉ちゃんを離せ! 嫌がってるだろ!」

「うるせぇ! ガキは黙ってろ!」

「うるさいのはあんただろ! この変態野郎!」



 その言葉、どこで覚えたんだね!?



 心の中で息子にツッコミを入れつつ、ローレルは問題の場所にたどり着いた。イルゼがガラの悪そうな2人組に捕まっており、そこにブルーノが割って入ったらしい。みんな遠巻きに見てるのに。ブルーノよ、お前、怖いと言う感情はないのか。


「てっめぇ!」


 男の1人が拳を振り上げた。ローレルはとっさに飛び出し、ブルーノをかばうと男の拳を受け止めた。手がしびれた。


「母さん!?」

「ったく、何をしているのかね、お前は! ほら! 行くよ!」


 ローレルはブルーノの背を押し、その場から撤退しようとする。イルゼの視線が『助けて』と言っている気がするが、助けようにもブルーノは邪魔だ。とりあえず退散しようとするローレルに声がかかる。


「おい、そこの女! そのガキの母親か?」

「そうだよだったらなんだって言うんだい」


 息継ぎなしでそう言うと、男は「態度がでけぇ」とつぶやいた。こんな奴らに払う敬意はないだろう。


「そのガキはこの嬢ちゃんを返してほしいみたいだぜ」


 下品に笑いながら言う男に、ローレルは冷静に「返してって言ったら、返してくれるのかい?」と尋ねた。もう1人の男が言う。


「あんたが代わりに来てくれるんなら、こいつは返してやってもいいかな」

「おや、子供のいるおばさんの方がいいと言うわけ」


 ローレルは今年で31歳になる。外見は多めに見積もっても20代前半にしか見えないが、実年齢は30歳越え。しかし、客観的に見てイルゼよりローレルの方が美人なのは確かだ。


「あんたみたいな気の強い女を屈服させるのも気分がよさそうだな」

「私は全くよくないよ、お世話様。御用になる前に彼女のことを離したほうがいいと思うけどね」


 ローレルはそう言ってブルーノを人ごみの中に紛れさせた。その時、背後から突然腕をつかまれた。後ろに引っ張られる。そのはずみで、かぶっていた帽子が落ちた。


「つれないな。あんたが俺らに付き合ってくれれば、あの子は返してやるって言ってるだろ」

「……」


 ローレルは半眼で男を睨み付けた。それからニヤッと笑った。


「じゃあ、付き合ってあげようか、なっ!」

「!?」


 ローレルはそう言うと同時に男の急所を蹴りあげた。イルゼを捕まえている方の男が地面に転がってもだえる男の名を呼ぶ。それから、ローレルに向かって叫んだ。


「このアマ! 何しやがる!」

「君には何もしてないでしょ。お望みならやってあげるけど」

「黙れ!」


 男がイルゼを解放した。ローレルがイルゼに向かって手を振り、行け、と合図をする。男はローレルに向かって殴り掛かってきたが、彼女はするりとそれを避け、男の背中を押した。ちょうどそこに仲間が倒れていたので、2人は無様にもそろってこけた。周囲から歓声と拍手が巻き起こった。それに紛れて、「ローリー!」と呼ぶ声が聞こえた。


「遅いよ、フランソワ」

「すまん……というか、まさか大立ち回りを演じるとは……」


 おそらく、ローレルが絡まれている、という話を聞いたのだろうフランソワが駆けつけてきた。気の利く彼は、憲兵も一緒に連れてきていて、女子供に暴行を加えようとした2人の男は無事に捕まった。


「あーあ。もう少し体が丈夫なら、顔の形を変形させてやったのに」

「お前、笑いながらやりそうで怖いな」


 フランソワが苦笑していると、ブルーノが「母さん!」と呼んで駆け寄ってきた。


「母さん、すげえな! あ、親父、仕事は?」

「俺のことも『父さん』と呼べよ。仕事は抜けてきたんだよ」

「ふーん」


 ブルーノは、ローレルのことは『母さん』と呼ぶのに、フランソワのことは『親父』と呼ぶ。これは、ローレルが『母さん』と呼ぶようにブルーノをしつけたからだ。


「ローレルさん、ありがとうございました。突然、あの2人に絡まれて……」

「ああうん。ナンパと言うやつだね。イルゼ、かわいいから」

「ローレルさんには及ばないわ」


 ブルーノと一緒に近寄ってきたイルゼがそう言って苦笑した。人ごみが途切れたので、クリスタがモニカを連れてやってきた。


「あ、クリスタさん。モニカを見ていてくれてありがとうございます」

「いやいや。それはいいんだけどさ……息子も息子なら、母親も母親ですごい度胸だね」

「まあ、殺されるわけじゃないからね」


 ローレルは肩をすくめて言った。フランソワから「もうやるなよ」と注意が飛んできた。


「お前、体弱いんだから、無理するなよ」

「わかってるよ」


 2人目の子、モニカを産んでから、ローレルは体が弱くなった。病弱、と言えばいいのかわからないが、ふた月に一度は体調が悪くなる。おかげで、戦場に出なくなってからなまっていた体はさらに弱くなり、『ローレンス』であったころのような超人的な力を出すのはもはや不可能である。


 平和な暮らしの中で、そんな力は不要だけれども。


「すみません、フラウ。少し事情をお聞きしたいんですが」


 衆人環視の中で男相手に大立ち回りを演じたローレルは、憲兵にそう声をかけられた。ローレルは「正当防衛なのに」とつぶやいたが、フランソワには「いや、過剰防衛だな」と突っ込まれた。



「いや、まて。彼女は私の知り合いだ」



 そう言いながら突然会話に入り込んできたのは、ローレルと同世代の長身の男だった。身なりがよく、かなり高貴な方だとわかる。ローレルは個人的に彼と面識があった。


 高貴な男性のおかげで憲兵の事情聴収を免れたローレルは、フランソワ、ブルーノ、モニカと共に料亭にいた。個室で、テーブルにはお茶が出されている。ブルーノとモニカは、見たこともないお菓子に目を輝かせている。菓子をほおばる子供たちを見て少し目を細めながら、男性が言った。


「相変わらず無茶苦茶なようだな、君は」

「うるさいよ。と言うか、よく私だとわかったね、君」

「ああ、普通わかるだろう。全然変わってないぞ」

「一応、『10代後半』に見える、から『20代前半』に見えるに進化してるんだけど」

「だが、顔は変わらん。こんな絶世の美人が世界に何人といてたまるか」

「その言葉、奥さんにいいなよ」


 ローレルはそう言ってお茶を飲んだ。うん。我が家では出ないほどいいお茶である。ローレルの隣で男性と妻のやり取りを聞いていたフランソワは、ローレルに「誰?」と尋ねた。ローレルは簡単に答える。


「妹の旦那さん」

「は?」

「だから、妹の旦那さん」

「妹……って、ゾフィー皇妃か!? と言うことは」

「一応この国の皇帝だな」


 男性ことヴァルテンブルク帝国皇帝マクシミリアンはそう言ってフランソワに笑いかけた。


「……お前、なんでそんな人と知り合いなんだ……」

「いや、妹の旦那だし。それに、ガリア継承戦争の前段階の会議でも会ったね」


 ガリアとブリタニアがガリア王位を争った戦争は、現在ガリア継承戦争と呼ばれている。そのまんまである。ヴァルテンブルク帝国は継承戦争時のブリタニアの同盟軍であった。『ローレンス』の妹ゾフィーがこの国に嫁いだのも、そう言った事情がある。


「で、何しに来たのさ」

「家庭教師の勧誘」


 何年か前に、ゾフィーから自分の子の家庭教師をしないかと言われたことがある。その時、断ったはずなのだが。


「平民を召し抱えるには、相応の理由が必要だよ」


 ローレルが指摘すると、マクシミリアンは「大丈夫だ」と口角をあげた。


「お前たち、駆け落ちしてきたともっぱらの噂だろ」

「と言うか、駆け落ちですけどね……」


 控えめにフランソワが言った。本人たちが広めたわけではないのだか、ローレルとフランソワは何となく上品な雰囲気が漂っていたのだろう。ザイフェルトの住民たちは、2人が駆け落ちしてきた貴族だ、と噂していた。


「本当に、駆け落ちしてきた貴族ということにしよう。私は皇帝だ。私が言えば、みな事実と認めるしかない。貴族のふるまいはできるだろう?」

「……できるけどさ」

「よし、なら……そうだな。ゾフィーの縁でこの国に来たガリアの貴族と言うことにするか。これなら大丈夫だろう」

「いや、全然大丈夫じゃないから。何でそんなに私を家庭教師にしたいんだ……」

「普通は思うだろう。不敗の王太子だぞ。そんなのがふらふらしてるんだ。召し抱えずにどうする」

「しかも、皇太子の家庭教師にする気だ、この人」

「当然だ」


 マクシミリアンは胸をそらしてそう言ったが、30代も半ばの男の仕草ではないと思うのだ、それは。


 ローレルはうなった。


「いや、でもね。私にも生活と言うやつが」

「ああ、俺のことは気にすんな。子供たちも気にしないだろ」

「俺、毎日こんなおかし食えるなら、どこでも行くよ」


 フランソワとブルーノがそう言うのを聞いて、こいつら、やっぱり親子だな、と思った。フランソワとローレルの性格が混ざり合って微妙な感じになっているような気がする。


「すぐに、とは言わんが、うちの息子は10歳になるからな。今の教育係は無能だし、返事は早めに頼む」

「断らせる気ないよ、この人」

「じゃあ、頼んだぞ」

「……」


 夫婦は似てくると言うが、マクシミリアンもゾフィーに似てきている気がする。昔はこんなに押しが強くなかったはずなのに……。


 とりあえず、フランソワ・ローレル一家は引っ越しの準備を始めたとだけ記しておく。











ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


体を鍛えるのをやめているので、ローレルはかなり弱くなっているはず。しかも、二人目を産んでから虚弱体質設定です。もともと無理をしすぎていた、と言うのもあります。

ローレルは31歳になりましたが、いまだに童顔は健在です。せいぜい二十代前半にしか見えません。驚異の童顔。


次回からは過去編を投稿していきたいと思います。つまり、番外編はまだしばらく続くということです。


では、次の投稿は1月20日です。

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