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24、決意

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『ガリア継承戦争の裏事情』もそろそろ大詰めです。









 復活したブリタニア王太子ローレンスの快進撃はその後も続いた。1か月ほど大陸に駐留したローレンスであるが、その間にブリタニア本国ではブランシュが子供を産んだらしい。予定より少し早い気がするが、母子ともに健康なのだそうだ。男児で、名は『ヴィクター』。勝利を意味する名前だ。かねてからの予定通り、ローレンスの養子としたらしい。


 いつもなら、『うわぁ。何か自分で自分が強いーって言ってるみたい……』くらいは言うローレンスであるが、今は少々様子が違った。1週間ほど前から続いていた微熱が引かない。それを押して戦場に出たのだが(しかも、戦場の中に突っ込んで行って文字通り百人切りを演じた)、その後、吐いてしまったのだ。戦場に出れば治るかと思ったのだが、気持ち悪くなっただけで終わった。


 今更、血の海や死体を見たくらいでは気持ち悪くならないと思っていたのだが、そうでもなかったのだろうか。戦いから3日たってもいまいち回復しないので、ローランサンの城塞に戻り、医者の診察を受けたくらいだ。


 だが、容体は本人に伝えられず、本国にいる父ニコラス2世に伝えられた。意味が分からん! と騒いでみたが、医者は口をつぐむだけだ。吐き気は収まったものの、微熱は引かない。さすがにおかしいと思いつつ、いつも通り行動するローレンスは阿呆なのかもしれない。


 1週間後、ローランサンの城塞をニコラス2世が訪れた。彼は城塞にあるローレンスの部屋に突撃をかけると、自分より小柄なローレンスの襟首をつかんだ。


「誰の子だ!」

「はっ!?」


 父がすごい剣幕で問い詰めてきたことに驚いたローレンスは、その言葉が頭を貫かずに目を見開いて驚きをあらわにするにとどまった。

「父親は誰だ! 誰の子を妊娠した!」

「……」

 さすがにそろそろ自覚のあったローレンスは、口をつぐんだ。父親はわかっていたが、答えられなかったのである。





 一方のニコラス2世は、息子――娘が口をつぐんだのを見て、さらにいらだつのを感じた。


 思えば、ほとんど親に反発したことのない子供だった。女であるのに男として育てても、そのまま戦場に行かせても、勝手に決めた『婚約者』が亡くなっても、ローレンスは何も言わなかった。二言目には「面倒くさい」と言っていたが、それは反抗とは違うだろう。



 ローレンスが、勝ち続けるから。ただそれだけの理由で、ニコラス2世は彼女から自由を奪った。思えば、これがローレンスの初めての反抗なのかもしれない。



 だが、これはないだろう! ニコラス2世は思った。この時のニコラス2世は、男として育ててきたローレンスが身ごもったことに怒っているのだと思っていたが、実際には、自分の娘がどこの馬の骨ともしれない男の子供を身ごもったことに腹を立てていたのだ。だが、自分自身もそれに気が付いていなかった。


「……もうよい」


 ローレンスが口を割らないので、ニコラス2世はそう言ってローレンスを解放した。彼女は首元をさすりつつ、「父上?」と首をかしげた。


「腹の子は、流せ」

「は?」

「腹の子は流せ。いいな?」

「……」


 ローレンスは返事をしなかった。それを了承と受け取ったニコラス2世は部屋を出ようとしたが、たっぷり沈黙を挟んだローレンスはぽつりと言った。


「……嫌です」

「何?」


 今度はニコラス2世が尋ねた。ローレンスはきっぱりと言った。


「流すのは嫌です」

「何を言っておるのだ、お前は!」


 ニコラス2世は再びローレンスの襟首をつかみ、壁にたたきつけた。背中が痛みを訴えたが、ローレンスは意図してその痛みを無視した。


「子を流したくはありません。それくらいなら、どうか私を殺してください。もう……」


 ローレンスは息を吸い込むと、言った。



「戦いたくは、ありません」


「……ローレンス」


 ニコラス2世は驚いてローレンスから手を放した。どうしたのだろう、と自分の顔を触ってみると、ローレンスは泣いていた。モニカを失ってから、泣いたのは初めてだ。

 自分も、まだ泣くことができたのか。こんな時だと言うのに、ローレンスはなんだか温かい気持ちになった。彼女は乱暴に涙をぬぐうと、はっきりと言った。


「私はもう、戦いたくはありません。子を流してまで、どうして戦う意味があるんですか。父上は最初の子を失った悲しみから私を男として育てたと聞いています。父上なら、子を失う悲しみがわかるのではないですか?」


 そう言いながらも、ローレンスは、もう自分が戦いたくないだけだとわかっていた。再びブリタニアに戻ってきて、それから戦地を転々として、わかった。

 勝てば勝つほど、みんなに崇め奉られるほど、ローレンスはむなしさを覚えた。この戦争に、どれほどの意味があるのだろうと思った。


 ガリア王に選ばれたフランソワも苦しんでいる。王になることが、全ての人の望みではないのに。


 それでも、多くの人間は権力を望むのだろう。しかし、そうなれ、と言われて育った人間は、もっと平穏な暮らしがしたいと望むのだ。


 説得をあきらめたニコラス2世は、ローレンスを閉じ込めることにしたようだ。外にいたシリルに指示を出す声が聞こえた。外からカギをかけられたのがわかったが、もうどうでもよかった。ローレンスはよろよろとベッドの近くまで行くと、そのまま仰向けに倒れ込んだ。

 死にたいと思うくらいなら、あの時逃げてしまえばよかった。懸念した通り、ローレンスはそう思っていた。














 一方時はさかのぼり、ブリタニア王太子の復帰戦後のガリア側、フランソワである。川の流れを利用して敵を押し流す作戦を立てたのはローレンスだ。フランソワは、つまり、手放した彼女にしょっぱなから負けたことになる。


 フランソワとローレンスの思考は意外に近い。そのため、ローレンスならどうするだろうかと考え、先回りしたつもりだったが、ローレンスはそのさらに上を言っていたということだ。


 愛する者の為ならば、男より女の方が非情になれるのかもしれない。そう思うと、フランソワの中にもやもやとしたものが生まれた。結局、ローレンスが愛していたのはフランソワではなく、ブリタニアだったということか。


 そんなフランソワのもとに届いたのが、母の遺品だった。どうやら、母は、夫に預けると処分されてしまうかもしれないと思い、息子であるフランソワのもとにこの遺品が渡るようにしたらしい。フランソワに残された遺品のほとんどは、手紙だった。


 母の友人であったと言うブランシュ・ド・ランドロー……ブリタニアの王妃となった女性だ。フランソワの母は、結婚した後もずっと手紙のやり取りを続けていたようだ。ブランシュは王族であるので、傍流王族の母と交流があってもさほど不思議ではないとフランソワは思った。


 しかし、ここでフランソワの関心をより引いたのは、ブランシュがローレンスの実母であるという事実だ。


 一番最近の手紙は、約半年前のもの。戦争が激化し、敵国に嫁いでも、2人は友人であり続けたということだ。


 ローレンスは、フランソワが迎えに来てくれたら、一緒に逃げてもいいと言っていた。冗談を言うような口調だったが、もしかしたら、と言う思いもあった。


 フランソワは、まず手紙を書くことにした。













 手紙のやり取りをすること三度。フランソワがローレンスに負け続け、一か月近くが経った頃、フランソワに転機が訪れた。転機と言っても、いい意味の転機ではない。


 フーリエの城塞まで後退していたフランソワは、ちょうど届いた手紙を読んでいた。そこに、レイモンが駆け込んでくる。


「フランソワ、聞いたか?」

「何の話だ?」

「ってことは、聞いてないんだな。クロヴィス4世が崩御したらしい」

「!? 何っ!?」


 さしものフランソワも驚愕した。クロヴィス四世はフランソワの後ろ盾である。彼がいたからこそ、フランソワはある程度自由だったと言っていい。その彼がいなくなったということは……。


「だが、いくら高齢であったとはいえ、まだ老衰で亡くなるような年齢ではないよな?」

「ああ、だから暗殺疑惑があるぜ」

「俺の兄と父か……」

「いんや。お前」

「!? 何っ!?」


 レイモンのまさかの言葉に、フランソワは再び驚いた。驚きすぎて咳き込んだ。


「俺、ずっと戦場だぞ!? いつ暗殺したっていうんだ!」

「いや、ただの噂だから……確実にお前の兄貴と父親が流してるだろうけど」


 レイモンにまで言い切られ、フランソワは悲しくなった。


 しかし、いつまでも悲しんでいる場合ではない。フランソワの決断の時だ。このままでは、フランソワとシャリエール伯爵・ベルナールとの全面戦争になる可能性が高い。


 正式に、ガリア王に認められた後継ぎはフランソワである。しかし、彼の父と兄はそれでも自分たちの王位を主張するだろう。すると、貴族はフランソワ派とシャリエール伯爵派の真っ二つに分かれてしまうわけだ。ガリア王国は、対外戦争をしている場合ではなくなる。


 フランソワがどういう行動をとっても、結果的にガリア国内は荒れる。そして、ブリタニアにかまけている時間は無くなるだろう。


 ブリタニアで思い出したのは、ローレンスのことだ。もっとも、フランソワはローレルと呼んでいたので、彼にとって彼女は『ローレル』であるのだが……。


 ガリアがブリタニアとの戦争を継続できなくなれば、彼女が戦う必要はなくなる。彼女は、喜ぶかもしれない……。フランソワはため息をついた。

 ガリア国内で内戦が起こるのであれば、フランソワは参加せずに彼女を迎えに行きたいと思った。まあ、彼女が応えてくれる確証はないのだが……。


「……なあ、レイモン」

「なんだよ」

「俺、王位なんていらないんだ」


 ぶっちゃけると、レイモンはため息をついて「だろうな」と言った。


「でも、貴族たちは黙っちゃいねぇと思うぞ。クロヴィス4世に後継ぎ指定されてんのはお前だし」

「……だよな」


 この時初めて、フランソワは逃げたいと思った。王位なんて、父にでも兄にでもくれてやる。しかし、フランソワが逃げれば今度は父と兄の間で戦争が勃発する気もする。

 なんだかもやもやする。このもやもやを解消したくて、フランソワは言った。


「なあ。俺がローレルを連れて逃げたいって言ったら、怒るか?」

「……はあ?」


 さすがのレイモンも意味が分からなかったらしく、変な声を出された。それほど変なことを言ったつもりはないのだが。

 しかし、口に出したことで腹が決まった。このまま父と兄がフランソワのもとに攻めてくるのであれば、フランソワは逃げる。友人や、今までついてきてくれた部下を見捨てて。


 彼女は言った。後悔するかもしれない。それでも自分は戦うのだと。フランソワには、そこまでの覚悟がない。だから、フランソワは彼女とは逆に、後悔するかもしれないが逃げようと思った。








ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


この作品もあと1話で完結ですね……。いま、番外編書いてますが。

書いているとき、この話と最終話が書きづらかった……。


本編最終話は1月10日に更新します。

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