22、別れ
あけましておめでとうございます!
久しぶりに『ガリア継承戦争の裏事情』です。
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非常に今更であるが、何故彼に身を許してしまったのかさっぱりわからなかった。彼を好ましく思っていたからだろうか。頼まれたら断れない性格のせいだろうか。
時折耳に入ってくる情報によると、ガリア王国内の情勢は刻々と変わっているらしい。主に、王位関連で。
フランソワが次期国王に選ばれたのは、彼の母親が傍系王族だったからだ。フランソワの母がローレンスの母と友人関係だったことを考えると、少なくともかなり身分の高い家の出であったことは間違いない。
そんな彼女が亡くなった。だとしたら、情勢はどうなるのだろう。主張された、フランソワの王位継承の正当性は?
もしかしたら、このまま戦争が終わるかもしれない。内政が悪化すれば、戦争にかまけている時間がないからだ。ローレンスは思った。
もし、このまま戦争が終わるのだとしたら、逃げてしまおう。
そう思った。
家族を見捨ててしまう後ろめたさは、あった。しかし、これ以上戦うのも嫌だった。おそらく、ローレンスがブリタニアに戻れば、彼女は男王として即位することになる。後継ぎは生まれない。そうしたら、現在のガリア王国のような状態になるのではないか。フランソワの指摘が、ローレンスの中でくすぶっていた。
生きるのもダメ、死ぬのもダメ。なら、いっそ逃げてしまおう。
だが、戦争が続く限り、ローレンスは逃げられない。逃げようと思うことを自分に許さない。
ローレンスの力では、結局、戦争を終わらせることができなかった。いや、やろうと思えば、彼女はガリアの王都まで占領下に収めることができたのかもしれない。しかし、新しい土地を支配するには、さらなる力がいる。
ガリア王国は陸続きだ。ローレンスがガリアを手中に収めたとしても、その王位継承権の非正当性を主張して、これ幸いとばかりに周辺諸国が攻めてくるはずだ。
それがわかっていたから、ローレンスはガリア本土に手を出したくなかったのだ。ブリタニア側の岸だけなら、まだ、ブリタニアとガリアの争いですむ。しかし、国一つを手に入れたら別だ。ブリタニアにもガリアにも同盟国はいるが、彼らがいつ反旗を翻すかわからない。
ブリタニアは、島国のままでいい。ローレンスはそう考えていた。
ふと目を覚ますと、最近時々お邪魔しているフランソワの寝室だった。何故目が覚めたのか考えてみると、司令室の方から声が聞こえた。ちなみに、この部屋は夫婦用の部屋を改装したものらしい。だから、寝室が二つあるのだ。
身を起こしてみると、ローレンスには大きすぎるシャツをまとっているだけだった。あわてず騒がず冷静に自分の服を探す。こういうところが『怖い』と言われることもあるのだが、急がば回れの慣用句の如く、ローレンスはあわてるときこそ冷静さを失わないようにしていた。
自分の服、と言うか、ブラウスと紺色のスカートだが、それらをまとい、上からショールを羽織る。もともと着ていたシャツはたたんでベッドの上に置いた。ブーツを履き、ふと思いたってカーテンを少し開けると、まだ夜が明けたばかりだった。
寝室から司令室に続く扉を開けると、フランソワとレイモンが口論をしていた。ローレンスに気が付くと、2人は口を閉じた。
「……まだ寝ていてよかったんだぞ」
「寝かせておきたかったんなら、もう少し声の音量を下げるべきだと思うね」
腰に手を当てて言うと、フランソワは「そうだな」と硬い表情で言った。レイモンからも、ツッコミが来ると思ったのに、彼は無言だった。
「……どうしたの」
そう尋ねて、自分が聞けることではないな、と思った。
ごめん、忘れて。そう言おうとしたローレンスに、フランソワが答えた。
「俺の父と兄が、ガリア王位を主張した、らしい」
「しかも、勝手にローランサンに向かい、ブリタニア軍を壊滅状態にまで追い詰めたっていう手土産を持ってな」
「!?」
続いたレイモンの言葉の方に、ローレンスは衝撃を受けた。
負けた? ブリタニア軍が? 壊滅状態?
頭が痛み、胸が苦しくなったが、ローレンスはどうにか動揺を抑えた。
「……それ、大丈夫なの?」
大丈夫ではないに決まっているが、ローレンスは尋ねた。フランソワがため息をつき、「大丈夫じゃないだろうな」と言った。
「ガリア国内が混乱する」
「ああ。それに、フランソワの親父さんと兄貴は好戦派だからな」
レイモンも付け足した。フランソワがローレンスの様子を気にするように、ちらっと彼女の方を見てからうなずいた。
「クロヴィス4世は、妥当なところでケリをつけたいみたいだけどな……」
だから、クロヴィス4世はフランソワを次の王に指名したのだろうか。だとすれば、敵ながら素晴らしい慧眼である。フランソワの父には会ったことがないが、ベルナールに国を任せるくらいなら、フランソワの方がずっとましである。
「まあ、また情報が入ったら知らせる。ローレルちゃんも、またな」
「うん」
何とか笑みを浮かべ、レイモンを見送る。彼がいなくなった後、部屋には沈黙が落ちた。
――フランソワの父と兄がガイア王位を主張した。
――ブリタニア軍が大敗した。
2人の中で、その事実が重くのしかかっていた。
ローレンスは、1日考えた結果、ブリタニア軍に戻ることに決めた。
戻ればまた、戦いだ。そして、戻ってきたことを後悔するのかもしれない。それでも、やらずに後悔するよりは、やって後悔しよう。そう決めた。
フランソワに『保護』された時に着ていた、ワンピースのさらに下に着ていたズボンとシャツを着て、上着を羽織り、さらに外套を着こむ。これも、『保護』された時に着ていたものだ。
抜け出す時は、正面から堂々と抜け出すことにした。見とがめられれば笑顔でかわし、警備兵には強制的に眠っていただいた。
フーリエの城塞からは、一本道が伸びている。すっかり日が暮れたが、月が明るいので、明かりなしでも進めるだろう。
「俺に挨拶もなしか」
「……別れがたくなるから、何も言わずに行くつもりだったんだよ」
ローレンスは振り返りながら言った。本心だった。フランソワは、何故か馬を連れていた。
「世話になったね、フランソワ。君には、本当に感謝してる……。でも、私は行くよ」
「何故? あんたがいなくても、ブリタニアは戦える」
「そうだね。わかってるよ。クイーンがいなくなっても、チェスは続くのだから……」
ローレンスは目を細めて微笑んだ。
「それでも、戻るよ。ここで逃げても、戻っても、後悔する。なら、私はもう一度戦うよ」
「俺とも、か?」
「……ああ。そう言うことになるね」
穏やかに、ローレンスは答えた。沈黙が続く。ローレンスも早くその場を離れればいいのに、そうしなかった。会えば別れがたくなると思ったのは、事実だった。
「ローレル。俺と一緒に逃げないか?」
一瞬、何を言われたのかわからなくて、ローレンスは「は?」と声をあげた。
「何言ってるの君」
「逃げないか、俺と一緒に。それで、そうだな。東国にでも行って、一緒に暮らさないか?」
「……」
それは、正直魅力的な申し出だった。どこか遠い、誰も追いかけては来れないくらい遠いところに行って、静かに暮らせたなら。
ローレンスもフランソワも、戦争をするには優しすぎたのかもしれない。
「……いや。やめておく」
微笑んで断ったローレンスに、フランソワは苦しげな表情になった。
「……好きなんだ」
「うん」
「好きなんだよ、あんたが」
「そうだね。わかってるよ」
「どうしても、戦わないとだめなのか……?」
頼りなげな彼の表情を見て、やっぱり年下なんだなぁ、とぼんやり思うローレンスだ。自分が童顔なので、見た目で年齢がいまいち判断できない。
ローレンスはフランソワに近寄ると、彼の頬を両手で挟んだ。そのまま背伸びし、彼の唇に、そっと自分の唇を押し当てた。
「……私も、愛しているよ、フランソワ」
「……なら」
「ダメだよ。私と君は、それでも敵同士。私にはまだ、全てを捨てて君と共に歩む覚悟がないからね……」
フランソワに比べて、ローレンスはしがらみが多い。逆に言えば、それだけ恵まれていた。それなのに、今ここで、全てを捨てる覚悟はなかった。優柔不断なのかもしれない。
ローレンスはフランソワから二歩ほど離れた。フランソワの手が名残惜しそうに伸ばされる。ローレンスはその手に触れながら言った。
「でも、そうだね。それでも私と一緒に逃げたいのなら、君が私を迎えに来てよ。そうしたら、一緒に行くかもしれないね」
到底、むちゃな要求。ローレンスの意志を理解したのか、息を吐き出したフランソワは、真剣な表情になった。
「わかった。引き留めてすまない。……ところで、裸馬には乗れるか?」
「ああ。乗れるね」
「なら、一頭やる……ほら、剣も持って行け」
「……送り出す準備、万端じゃないか……」
先ほどまで『いかないでくれ』とぐずっていた男とは思えない変貌ぶり。準備のよさ。さすがに呆れたローレンスである。
「俺がなんと言っても、あんたが決めたなら、出ていくことがわかってたからな。あんた、俺よりずっと強いし」
「いや、そんなこともないけどね」
それは買いかぶりである。ローレンスは苦笑し、手綱だけがつけられた馬にまたがった。
「ありがとう。……楽しかったよ」
「俺も。……またな。たぶん、戦場で」
「そうだね。また、戦場で」
別れとしてはどうなのだ、と言うセリフを残し、ローレンスは馬を走らせた。
だいぶ走ったところで、ローレンスに並走する馬が現れた。念のため行っておくが、ローレンスはかなりのスピードで馬を走らせている。
「我が主君」
「やっぱりついてきてたのかい。と言うか、こんな私をまだそう呼んでくれるのかい?」
並走する馬に乗る相手に、ローレンスは前を見たまま尋ねた。ローレンスの『影』の1人である男は「当然です」と答える。
「何があろうと、あなたは私のただ一人の主君です」
「……うれしいこと言ってくれるねぇ」
ローレンスは前を見つめたまま眼を細めた。彼に命じる。
「まだ私に仕えてくれると言うのなら、ブリタニア軍の所まで案内してくれ」
「了解」
二頭の馬は、月夜の道を駆けて行った。
一方その頃。ローレンスを見送ったフランソワは、城塞に戻ったところでレイモンに捕まった。
「ローレルちゃん、行ったのか」
「……ああ。つーか、見てたのか」
「まーな。お前が思いつめた顔で外に出ていくし、警備兵は気を失ってるし、怪しむって」
「……それは見事な手際だよな」
警備兵たちは、自分を襲った相手のことを覚えていないのではないだろうか。
「……なあ、フランソワ。一つだけいいか?」
「なんだよ」
「ローレルちゃんに戦場で会ったら、お前、戦えるか?」
フランソワは困ったように微笑んだ。
「戦うしかないだろ。戦争なんだから」
そう。それが、全てなのである。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この話もそろそろクライマックスですね。たぶん。私にまとめる力があれば、あと3話くらいで終わる気がする。でも、この先が重いんですよねぇ。だれだ、こんなプロット考えたの(私です)。
まあ、次は明後日(1月6日)に更新します。




