表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/37

21、甘やかす声

今年最後の投稿です。








 ローレンスがフランソワに『保護』されてから2週間ほどが過ぎた。足首もだいぶ良くなってきたので、ローレンスはそろそろ、本気で逃げ出すかどうか検討しなければならない。


 しかし、意外と居心地の良いフランソワの側を離れがたい気もした。敵同士であるはずなのに、意外に気が合うのは、2人が似た者同士であるからだろうか。


 何より、彼のそばでは本来の自分でいられるのが楽だった。これまで気付かなかったが、性別を偽って生きる、と言うことは、ローレンスにかなりのストレスを与えていたらしい。その結果があの残念な性格なのだろうか?


 停戦の約束の期間はとっくに過ぎている。今は戦いは起こっていないが、そのうち必ず起きるだろう。フランソワは、ガリア側から停戦を破ってしまったことを謝罪してくれた。もちろん、彼の姓ではないし、そもそも、停戦の約束である二ヶ月が過ぎたところで戦を仕掛けられたのだから、約束を反故にしたことにはならない。



 その行為は、ただローレンスに、フランソワに対する好意を抱かせただけで終わった。



 そう。ローレンスはフランソワにそれなりの好意を抱いていた。だからこそ、離れがたい、と言う事実もある。思えば、自分の秘密も何もかも知ったうえでこうして付き合ってくれる友人はいなかった。秘密を知られれば口封じをするしかなかったからだ。


 初めて親友を得たような感覚だろうか。ローレンスのことを慕ってくれる者は多かったが、誰も、本来のローレンスを知らないのだ。もちろん、ローレンスが秘密を抱えているからであるが。ローレンスが女だと知っているシリルですら、彼女の友人にはなりえなかった。臣下だ、と言うローレンスの思いが強すぎたのだ。


 彼らは今、どうしているのだろうか。ガリアまで王太子ニコラス・ローレンスがいなくなった事実が伝わっていないのだから、おそらく、ローレンスがいないと言うことは伏せられているのだと思う。知られれば、すぐにガリア軍が攻め込んでくる、と考えてのことだろう。


 だが、ガリアの軍事指揮官はローレンスがブリタニアにいないことを知っているのだ。フランソワがブリタニアに攻め入らないのは、彼の優しさに過ぎない。



 今のローレンスも、ブリタニアも。フランソワに生かされているのだ。



 ため息をついて読んでいた本(もちろんガリア語)を閉じたローレンスは、向かい側のソファに座るフランソワを見て驚いた。

 彼は一通の手紙を前に固まっていた。便箋を見つめたまま、ピクリとも動かない。さすがに異常だと感じ、ローレンスは声をかけた。


「おーい? どうしたのさ」


 反応なし。ローレンスは立ち上がると、テーブルを回ってフランソワの側に行き、彼の目の前で手を振った。すると、やっと反応がある。その目がうるんでいるのを見て、ローレンスは何度か瞬きをした。



『泣けるときに、泣いた方がいいわ』



 懐かしい声が、聞こえた気がした。モニカは、そう言ってローレンスを抱きしめてくれた。彼女はローレンスを甘やかすのがうまかった。

 ローレンスはフランソワの隣に座ると、彼の頭を抱きしめた。


「よしよし。悲しいときは、泣けるときに泣いた方がいいんだよ」


 モニカに言われたことと同じことを言いながら、ローレンスはフランソワの背中をたたいた。されるがままになっていた彼は、ローレンスの体を抱きしめ返した。抱きしめる、と言うよりはすがりつく、の方が正しい。

 フランソワはローレンスにすがって泣き始めた。さすがに声を上げるのは恥ずかしいのか、声を押し殺すようにして泣いている。ローレンスはそんな彼の髪をなでた。


「うん。大丈夫だよ。悲しいことは、吐き出してしまおう」


 力の限り抱きつかれてちょっと苦しかったが、ローレンスは時折声をかけながら、フランソワが落ち着くまで彼の髪をなで続けていた。




 やや時間が経ち。




「落ち着いたかい?」

 笑顔でフランソワを見上げたローレンスに、彼はばつの悪そうな表情になった。泣いたせいで赤くなっている目元が、フランソワを少し幼く見せていた。

「あはは。恥じることはないよ。泣けるってことは、まだ感情が死んでいない証拠だからね」

 ローレンスはもう、どれだけの間泣いていないのだろう。モニカがいなくなってから泣いた記憶はなかった。

「……あんたは、いつでも笑っているな」

 少し枯れた声で、フランソワが言った。ローレンスは目を細め、いつかシリルにしたのと同じ回答をした。

「そうしなければ、精神を保っていられないからだよ」




















「母が亡くなったらしい」

 テーブルを占領していた資料や本を移動させ、お茶を入れたところでフランソワが言った。ローレンスは「そうなの」と相槌を打つ。

「いいお母さんだった?」

「いや」

「……」

 思わず否定されて、ローレンスは沈黙した。フランソワが泣くくらいだから、いい母親だったのだと思ったのだが。

 と言うか待て。フランソワの母親は、ローレンスの母親の友人だったはずだ。そうか……。


「母は父の後妻で。父は王家に連なる人間として母を娶ったんだそうだ」


 そこに、愛はなかった。


 夫との間に子供が生まれても、フランソワの母は子を顧みることはなかった。そんな折、フランソワが次期国王に選ばれた。

 それでも、母は自分の子に関心を示さなかった。日々、ひたすら刺繍をしたり、ピアノを弾いたりして過ごしていた。


 そんな母でも、フランソワはそれなりに愛情を抱いていた。


 難しい本を読めたことをほめてくれた。


 自分が刺繍したハンカチをくれた。


 屋敷を出るときに、「気を付けて」と笑顔で見送ってくれた。


 そんな些細なことが、フランソワにとっては幸せだった。父は母よりもフランソワに対して無関心だったし、異母兄のベルナールは、幼いころはそれなりに仲が良かった気がするが、フランソワが次期ガリア王に選ばれてからは関係が悪化するばかりだった。


 だから、フランソワはそんな些細な母からの愛情を頼りに生きていたのかもしれない。




 ローレンスはフランソワの話を聞いて一度目を閉じた。そっと目を開きながら考える。


 何度も、何度も、自分はどうして男装して戦っているのだろう、と考えた。どうしてそこまでしなければならないのだろう、と考えた。

 自分が不幸だと思ったことはないが、ローレンスの人生は、フランソワに比べれば甘いものだったのかもしれない。少なくとも、ローレンスは両親や兄弟に愛されていたし、直径王族として生まれた。その時点で、多少は未来が見えている。


 しかし、フランソワは傍系王族として生まれたのだ。何の覚悟もないところに次期ガリア王の話を持ってこられて、混乱しただろう。彼は、当時たった7歳だったのだ。

 たった7歳で、自分の生まれた家以上の地位に就くことになった。父親との関係は冷え切り、異母兄との関係は悪化する。ほんの少しだったとしても、愛情らしきものを与えてくれる母親に、彼がすがっていたとしても不思議ではないのかもしれない。


 2人は似ていた。ローレンスもモニカにすがった。優しかった、彼女にすがった。2人がなれあうのは、ただの傷のなめ合いなのかもしれない。


「大変だったね、とか、悲しかったね、とか。本当は、私にそんな言葉をかける資格はないのだと思う」


 ローレンスは笑って、頼りなげな表情になっているフランソワの頭をなでた。


「君ねぇ。そんな顔をされたら、離れるに離れられないじゃないか。私たちは敵同士なのに」


 頼られたら何とかしなければならないような気がするのだ。そんな性格だから、ローレンスは逃げ出せなかったのかもしれない。

 でも、今は。国の為とか、そう言うことではなく、ここにいる、1人の傷ついた青年を助けてやりたかった。


 そんな考えが頭をよぎった自分に呆れていたため、ローレンスはフランソワに押し倒されるまで、彼の様子の変化に気が付かなかった。2人掛けのソファに押し倒されたローレンスは驚きに目を見開く。


「どうし……っ、んぅっ」


 突然キスをされたことにローレンスは混乱した。さすがにこういう時の対処法はわからない。怒りにまかせて殴り飛ばせばいいのか?


 しかし、怒りは沸いてこなかった。


 それよりも。


「ったっ。いたたたたたたたたっ!」


 両手でフランソワの肩を押し返し、ローレンスは訴えた。いろんな意味で涙目である。

「足! 変な方向に曲がってるから! あと、背中が肘掛けにあたってる!」

 狭い二人掛けのソファで押し倒されたため、ローレンスの背中は肘掛けにあたっていた。しかも、上からフランソワの体がのしかかってきたため、かなり痛かった。

 ついでに右足の膝も変な方向に曲がっている。これはローレンスが受け身を取り損ねたせいだが、フランソワの行動は突然だったため、仕方がない面もある。


「というか、突然何するのさ!」

「俺はずっとあんたにこうしたかった」

「!? はあ!?」


 気性が穏やかなことで有名な(?)ローレンスではあるが、さすがにこれには驚いて声を荒げる。


「意味わかんないよ!」

「一目ぼれだった」

「ああ、ナンパするときに、よくそのセリフが使われるらしいね!」

「ああ。そうとってくれても構わない。だが、停戦協定を結びにブリタニア軍艦に行ったときに、あんたに一目ぼれしたのは本当だ」


 いつの話しだよ。しかし、フランソワは真剣な目をしているので、嘘ではないのだろう。


「……バカじゃないのかい。私なんて、顔だけだよ」


 性格は残念だし(自覚あり)、体は傷だらけでぼろぼろだ。奇跡的に顔には傷跡が残っていないが、前髪を上げると、髪の生え際にうっすらと傷跡が残っているのがわかるはずだ。

 たとえ、ローレンスの絶世級ともいえる顔に一目ぼれしたとしても、長く付き合えば付き合うほど幻滅するタイプの人間だ、とローレンスは自己分析していた。


「あんたが顔だけなら、俺は何もなしだな」

「いや、君、結構かわいい顔してると思うよ?」

「せめてかっこいいと言ってくれ……」

「いや、私に言わせればかわいいだね」


 正確には笑うとかわいらしいような気がする、なのだが、黙っておくことにした。

 フランソワがローレンスの腰に手を回し、自分の方に引き寄せた。ローレンスの顎をつかんで上向かせ、まっすぐ目を見ながら言った。


「嫌だったら、殺してくれても構わない。……だから」


 言葉の途中で、フランソワはローレンスに口づける。彼女は目を閉じ、彼に身をゆだねることに決めた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


たまたまなのですが、あっちもこっちもこんな感じの終わり方! 大晦日にさらしていいものか悩みつつ、それでも投稿する私……。

明日から3日間はもう一つの連載作品の方を連続投稿します。なので、この話の続きは1月4日に投稿と言うことになります。よろしくお願いします。


ではみなさん、よいお年を~!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ