19、似たもの同士
ローレンスが『ローレンス』だったり、『ローレル』だったりします。どっちもローレンスです。
会話文では、フランソワたちが『ローレル』と呼んでますね。
フランソワが拾ってきた『ローレル』という少女の存在は、すぐにガリア軍に広がることとなった。女性に興味がないかと思われたフランソワが連れてきた少女であったし、彼女がとても美人だったからだ。
彼女はフランソワが保護していた。男所帯であるので、怪我をした、しかも絶世の美女と言って差し支えのない彼女を、1人でいさせるのは不安だったため、レイモンが勝手に、フランソワが使っている司令室に続く空いている部屋を彼女の部屋に改装した。レイモンは意外とやることが強引である。
ローレンスは、とりあえず、ガリア軍にいる間は『ローレル』と名乗ることにした。偽名であるが、本名でもある。ローレンスとローレルは同じ意味の言葉なのだ。女装しているローレンスを見てブリタニアの王太子だとわかるのはフランソワくらいだろうが、世の中何が起こるかわからないので、ローレンスと名乗るのは控えた。
「というか、そう言えば、なんで君は私が『私』だとわかったんだい? 確かに会ったことはあったけど、あの時も私は女装していたのに」
黒のナイトを動かしながら、ローレンスは向かい側に座るフランソワに尋ねた。フランソワは自分のポーンが取られたのを見て考え込む。
「いや……。確かに、以前ブリタニア軍艦出会った時もあんた、女装してたけど、思わせぶりに1人だけ女がいたら疑うだろ」
「なるほど。その時点で、君は私に疑問を持ったと」
「ああ……。それに、女が1人で森の中にいたら怪しむし、しかも、名前が『ローレル』ときた。気づくやつは気づくだろ」
「……つまり、私の情報管理が不徹底だったということかい。ほら、チェック」
「のあっ!?」
ローレンスのビショップにチェックをかけられたのを見て、フランソワが悲鳴を上げる。さらにチェックを回避したフランソワにチェックメイトをかけて、ローレンスが勝利した。
「あんた、チェス、無駄に強くないか?」
「年長者をなめるんじゃないよ。これでも君より2年長く生きてるんだからね」
「それ、理由になってねぇよ」
フランソワのツッコミに、ローレンスは肩をすくめた。ローレンスが異様にチェスに強いのは本当で、ブリタニアでも負け知らずだった。しかし、そろそろジェイムズに追い抜かれるだろうと思っている。
「まあ、確かにあんたは強いけどさ。娘の幸せを願うなら、いい相手を見つけて、嫁がせるべきだったんじゃないのか?」
フランソワが何気なく言った。おそらく、ニコラス2世もその方法は考えたはずだ。方法は簡単で、王太子ニコラス・ローレンス・ブランドン・ブリタニアが亡くなったことにして、ローレンスを女の姿に戻し、養子にでもして嫁がせればいいのだ。女性にしては背が高いとはいえ、容姿の整ったローレンスならば、嫁ぐこともさほど難しくなかっただろう。
しかし、情勢はローレンスに味方しなかったのだ。ローレンスの年の近い兄弟は、2人とも王女だった。16歳までにローレンスを手放せば、王家の直系の『一番年上の男子』がローレンスより8歳年下のジェイムズになってしまう。
折しもガリア継承戦争は苛烈さを増しており、本来なら嫁に行くはずだったかもしれないローレンスは、16歳で初陣を飾ったのだ。
「……まあ、その方法は父も考えただろうね。私を男と偽って育てるのも、限界があったと思うし」
よくも今まで誰にもつっこまれずに生きてきたものだ、と自分でも思うローレンスであった。
「でも、私は初戦で勝利してしまったからね。父の直系の『男子』で戦に行けるものは、当時、私しかいなかった。しかも、初戦で勝って帰ってきた。手放せるわけがないだろう。うまく使えばプロパガンダになるしね」
「それは……そうかもしれないが。今はジェイムズ王子も16歳くらいだろ。お前が抜けても、指揮を執る人間がいる」
フランソワも冷静に言った。ジェイムズは戦が苦手であることは言わないで思うと思った。代わりに、ローレンスは着ているブラウスのボタンをはずしにかかった。
「っ!? おい! 何してるんだ!」
「服を脱ごうとしているわけではないよ。……ほら、見て」
ローレンスはボタンを四つほど外したブラウスの襟を引っ張った。胸の上部があらわになるが、気にしない。恐る恐るローレンスの方を見たフランソワは、その胸元に走る傷痕に目を見開いた。
「な……っ」
「そんなに驚くことじゃないだろ。君にもあるはずだ。剣で斬られた痕、矢で射ぬかれた痕、やけどの痕なんかもあるかもしれないね」
ローレンスは落ち着いた様子でブラウスの前を閉じながら、フランソワに聞いた。
「まじめな話、こんなに傷だらけの体の女を、嫁にしたいと思うかい?」
「……」
フランソワは答えなかった。それが、答えだった。ローレンスはふーっと息を吐く。
ローレンスの体は傷だらけだ。まだ完治しきっていない、グレアムにやられた痕も残っている。死にかけた時に出来た、右わき腹から左腰にかけての傷も大きい。他にも、大なり小なり、様々な傷跡が残っている。
体中が傷だらけの女を、誰かが愛してくれるとは思えなかった。
「なんにせよ、一度戦って、勝ってしまった私は、その先も戦うしかなかったのだよ。戦神の加護を受けた王太子、ブリタニアの守護神としてね。目立ってしまったから、存在を消すのも難しくなったというわけだね」
「……俺は」
「うん?」
「あんたは、きれいだと思う」
「……」
今度はローレンスが沈黙した。話が少し戻っている気がしたが、フランソワのつぶやきにも近い言葉は、ローレンスを黙らせるだけの威力を持っていた。
フランソワは真剣な表情で言葉をつづけた。
「あんたのその傷は、多くの人を護ってきた証拠だろう? あんたはもっと誇っていいはずだ。どうして卑屈になるんだ」
卑屈? 私が? 今まで言われたことのない言葉に、ローレンスは混乱した。シリルには散々『根暗』と言われたローレンスであるが、『卑屈』と言われたのは初めてだった。
「別に卑屈になってるわけじゃないけど。事実を述べただけ」
「いや、卑屈だよ。あんたはきれいな人だ。外見の話しじゃない。心が、と言うことだ」
これにはローレンスも思いっきり怪訝な表情になった。
「はぁ? 何言ってんの。心がきれい? 私が? 今まで、私がいったいどれだけの命を奪ってきたと思ってるんだ」
「ほら。それだ」
「……どれ」
胡乱な目つきになったローレンスに、フランソワは笑った。ローレンスより年上に見える彼だが、笑うとそれなりにかわいらしかった。
「普通、戦争をしている人間は、自分がどれだけ殺したかなんて覚えていない。だが、その口ぶりからして覚えてるんだろう?」
フランソワの言うとおりだった。ローレンスは、自分が殺した人間、そして、自分の作戦ミスで亡くなった人間をすべて覚えている。自分の戦いによって、何人の犠牲が出たかすら数えていた。
8年分のこの記憶。ローレンス1人が持つには重すぎる記憶。それでも、ローレンスは今まで欠かさず記録してきた。
「だから、何だって言うんだい? 過程はどうあれ、結果は同じさ。私は父に言われるがままに、戦ってきた」
そこに、ローレンスの意志はない。何度も言っているが、ローレンスが本気で戦争を終わらせようと思ったら、本気で簡単なのだ。ローレンスが自害すればそれで終わる。ローレンスは妹たちを言い訳にして、ただ自分が死ぬのが怖かったのだ。初戦の時も、自分が死ぬのが嫌で戦った結果、勝ってしまったに過ぎない。
「……俺も同じだ。俺も、陛下……クロヴィス4世のことな。陛下に言われるがまま戦ってきた」
ローレンスはフランソワの方を見た。彼はソファの背もたれに寄りかかり、天井を見上げていた。
「7歳の時、俺はガリアの次期国王候補として見いだされた。それまで俺のことは無視していたのに、その時だけは、父がほめてくれたんだ」
フランソワはシャリエール伯爵とその後妻の子だと聞いている。もしかしたら、彼の父が後添えを娶ったのは政略的な思惑だったのかもしれない。
「俺は、それがすごくうれしくてさ。父の期待に応えて、いい国王になろうと努力して……このザマだ」
あの時ほめてくれたはずの父シャリエール伯爵はなかなか成果を上げられないフランソワを疎むようになり、母は昔からフランソワのことなど顧みることはなかった。仲は悪くなかったはずの兄とは、決定的に仲違いをしてしまった。
「俺はまだ、戦場に出るようになって4年だけど、戦いで死んでいったやつらの顔が思い出せない」
ため息をつき顔をローレンスの方に戻したフランソワを、ローレンスはまっすぐに見つめていた。フランソワはその鋭い眼光にどきりとした。
「……初めは、私も。父に褒められたくて戦場に行っていた。父が言う通りの結果を出してくれば、父がほめてくれると思って、戦場に行ったよ。君と同じだ」
ローレンスは立ち上がると、まだ足を少し引きずりながら、勝手にお茶を用意し始めた。ローレンスは名目上、フランソワの侍女と言うことになっているので問題ないだろう。
お茶を入れている間、2人は無言だった。思えば、2人は似た者同士だったのだ。だから、惹かれあったのかもしれない。
ローレンスはフランソワの前にティーカップを差し出した。彼がまじまじと見つめるので尋ねる。
「何? 毒なんて入れてないよ」
「いや、あんたがそんな卑怯なことをしないのはわかっている。あんたが折れにお茶を入れてくれたのが意外で」
「何度も言うけど、そこまで礼儀知らずじゃないから」
ローレンスはため息をつきながらそう言った。自分の文のお茶もちゃっかり用意しており、ソファに戻ってそれに口をつけた。うん。なかなかの出来だ。ブリタニアとは違うタイプの水で、これくらいの味なら合格点だろう。
フランソワは黙ってローレンスが入れたお茶を飲んでいた。いくら「毒を入れていない」と言ったとはいえ、ローレンスは敵だ。フランソワは敵であるローレンスの言葉を信じてそのお茶を飲んだことになる。
不思議だった。何故、『悪魔』と恐れられるローレンスを助け、その言葉を信じられるのだろう。
技術的にローレンスはフランソワに勝っているはずだ。しかし、ローレンスは彼を殺せなかった。フランソワに、ローレンスが彼を殺すつもりがないことを見破られたのがショックだった。
森の中でフランソワに遭遇した瞬間、ローレンスにはひとつ、道があった。彼に捕まるのではなく、その場で隙をついてフランソワを殺してしまうと言う道が。
もちろん、フランソワを殺せば、その場でローレンスは他の兵士たちに殺されていただろう。だが、ローレンスには一撃で相手を殺す自信があったし、ブリタニアのことを考えるならば、あの時が好機だった。
でも、できなかった。ただ単純に、助けようとしてくれる相手を殺せなかった。だから、ローレンスはもっていた剣をその場に残し、フランソワに捕まった。
だが、助けた娘の正体を知っていたフランソワも、ローレンスを殺さなかった。2人とも、甘かった。
やはり2人は、似た者同士なのかもしれない。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
読みにくくてすみません! ローレンスはローレンスですが、『ローレル』も本名です。どっちも月桂樹のことですからね!
たぶん、この時代にプロパガンダ、なんて言葉はないな……。
次は明後日(12月29日)に投稿します。
年末年始の更新については、活動報告にて。




