18、再会
みなさん、メリー・クリスマスです。生誕祭というやつですね!確か!
ブックマーク登録数、80件となりました!
登録してくださったみなさん、ありがとうございます!
シリルとパークスがローレンスを捜しに来る少し前。フランソワはそのローレンスを見つけていた。しかし、この段階でフランソワはまだローレンスが『黒い悪魔』であることを知らなかった。
つまり、フランソワには、ローレンスがへたり込んでいる少女に見えたというわけだ。
「そこの娘。大丈夫か?」
声に反応して振り返った少女は、驚くほど整った顔をしていた。しかし、フランソワが驚いたのはそこではない。フランソワは、彼女の顔を見たことがあった。ブリタニアの軍艦に乗っていた、侍女と同じ顔だ。
これだけの美人がそうそういてはたまらない。つまり、彼女はあの時の侍女と同一人物である可能性が高い。一緒にいたレイモンもそう考えたのだろう。フランソワに囁いた。
「刺客じゃね?」
「それはまだわからんな」
フランソワはレイモンに囁きかえすと、馬から降りて少女に近寄った。
「大丈夫か? 立てる?」
少女は無言で首を左右に振った。足を痛めているのだろうか。かばっている右足首に触れると、彼女は痛みに顔をしかめた。
「どうした?」
「足を痛めているようだ」
レイモンも近づいてきたのでそう答える。男が二人近づいたからか、少女は顔をこわばらせていた。
「とりあえず、一度砦に連れて行こう。君、仲間は?」
「……はぐれた」
短く答えた。話せないわけではないようだ。フランソワは微笑むと、彼女を抱き上げた。抱き上げられた少女は暴れる。
「待っていれば、仲間が来るから!」
「この辺りは昼間でも野生動物が出るぞ。そんなところに、君を置いておけない」
「なに、その妙な紳士ぶり」
レイモンが何かつぶやいた気がしたが、フランソワは無視して少女を馬の上に押し上げた。他の兵士も「連れて行くんですか?」と言うような顔をしているが、一応最高指揮権を預かっているフランソワには逆らわないようだ。
彼女を腕で囲うように馬にまたがったフランソワは、ふと尋ねた。
「君、名は?」
「…………ローレル」
間を挟んで答えられた名に、フランソワは、ああ、と何かが腑に落ちたような気がした。
△
フランソワたちが現在使用しているのは、シャレットのフーリエと言う地域の砦である。さほど大きくはなく、屋敷を改装して要塞にしたものである。
フランソワが連れ帰った少女に、みんなは驚いたが、同時に、彼女の美人っぷりに納得する声も上がった。
ローレルと名乗った少女は、やはり、右足首をひねっていた。無理に歩こうとしたのか腫れあがっており、紫色になっている。熱を持っている足首を冷やし、包帯を巻く。どういう回復力をしているのか、数時間たてば足を引きずりながらも歩けるようになったようだ。彼女は、司令室にいたフランソワを訪ねてきた。
「……助けていただき、ありがとうございました」
口を開いた彼女は、まずそう言った。応接用のソファに座った彼女の向かい側に腰かけ、フランソワは「いや」と首を左右に振る。
「ローレル、だったか。何故あんな場所にいたんだ?」
「……友人と、狩りに来ていました」
「ローレルと言う名はガリア風ではないな。ブリタニア人か?」
「シャレットにはブリタニアからの移民も多いはずです。さほど珍しくはないのでは?」
彼女は恐ろしいまでの無表情で言い切った。フランソワは真顔になると怖い、と言われるのだが、彼のそんな表情を見ても、彼女はどこまでも冷静で、動揺のかけらも見えなかった。
彼女は『ブリタニア人である』と言い切らなかったが、おそらく、そうなのだろう。名前もあるが、ガリア語の発音がきれいなのだ。主に王都ルテティアで使用されるガリア語の発音である。この時代のガリアの言葉は方言が強く、少し王都から離れると、同じガリア語でも通じなくなることが多いのだ。
「……なるほど。じゃあ、最後の質問だ」
フランソワは立ち上がり、ローレルの隣に立った。ローレルが彼を見上げてくる。
「君は、ブリタニア王太子ニコラス・ローレンスではないか?」
「……」
沈黙した。フランソワは返事を待つ。しばらくして、彼女も立ち上がった。右足をかばいながらだったので、左足に重心が寄っている。背丈は、フランソワよりも顔一つ分近く低かった。
「……だとしたら、私を殺すのかい?」
彼女の……ブリタニア王太子ニコラス・ローレンスの唇が弧を描く。その挑発的な笑みに乗せられそうになったが、何とか冷静に言う。
「いや。あんたがここにいる時点で、ブリタニア軍は勝利の神ニコラス・ローレンスを失っている。俺があんたを監禁しておくだけで、ブリタニア軍は簡単に瓦解すると言うことだな」
もちろん、ローレンスもそれがわかっていたのだろう。眼を細め、笑みをひっこめた。
「……ああ……そうだねっ!」
「!?」
突然ローレンスがソファの上にフランソワを押し倒した。この小柄で細身の体のどこからそんな力が出るのか、と言うくらい強い力で押さえつけられ、フランソワは驚く。ローレンスは彼のベルトにくくりつけられた鞘から、短剣を抜いた。フランソワの首元に押し付ける。
「俺を殺しても、お前はすぐに捕まり、殺されるぞ。その足では逃げ切れないだろう」
「ああ、そうだね。私もそう思うよ。ここに監禁されるのであれば、私が死んだのと同じことだと言ったのは君だよ。なら、私は敵の司令官である君を道連れにする」
「そこまでして、何故戦う」
「……戦うことでしか、自分自身の価値を見いだせないから」
悲痛なまでの敵の総司令官の意志を見た気がして、フランソワは息をのんだ。ガリアで『黒い悪魔』と呼ばれる人間にも、感情があるのだ。
「……そんなことはないだろ。あんたは、俺の兄を捕らえたのに、停戦を条件に帰してくれた。戦うしか価値がないなんて、そんなことはないだろ」
あの一件で、敵でありながら、フランソワはローレンスに好感を持ったのだ。それはローレンスの美徳であるのだと思う。フランソワの第一印象にすぎないのは認めるが。
「……君が、もっと嫌な人間だったらよかったのに」
「そうなら、簡単に殺せたか? そう言うと言うことは、あんたに良心がある証拠だろ」
「そう……そうかもね。でも」
ローレンスの瞳に、怨嗟の炎がともった。怒りをぶつけられながらも、フランソワはその美しい瞳に魅入られた。
「私の婚約者は、この地で散ったんだ。そう思えば、いくらでも残酷になれる」
とっさに、フランソワは短剣を握るローレンスの手をつかみ、力ずくで上半身を起こすと、ソファから転げ落ちるようにローレンスの体に馬乗りになった。仰向けに床に転がったローレンスは落ちた時に背中を打ったらしく、体をこわばらせた。
「やめとけ。俺を殺せば、たぶん、あんたは後悔する」
「何を」
言ってるんだ、とローレンスは言いたかったのかもしれない。大きな音がしたので当たり前と言えば当たり前なのだが、司令室の扉が開いた。
「フランソワ! ……って、何やってんだ、テメェは!」
「いてぇ!」
駆け込んできたレイモンの剣の鞘で思いっきり頭をどつかれ、フランソワは頭を抱えた。マジで痛かった。
「ローレルちゃん、大丈夫か?」
「あ、うん」
目の前の出来事に茫然としていたローレンスが、レイモンに問われてうなずいた。レイモンは「そりゃあよかった」とローレンスに笑いかけると、フランソワに向き直った。
「お前なぁ! ローレルちゃん美人だし、気持ちはわからんではないが、いろいろ段階飛ばし過ぎだ! 見るからに慣れてなさそうだろうが! もう少しゆっくり進めてやれよ!」
「何の話だ! これは事故だ、事故! なぁ!?」
「あ、うん」
フランソワに話をふられたローレンスはうなずいた。さっきからこの言葉しか言っていない気がする。
「……事故?」
レイモンがフランソワを睨み付ける。何だか自分を見ているような気分になりながら、ローレンスは言った。
「私も悪かったですから、離してあげてください」
フランソワの襟首をつかんでいたレイモンはパッと手を放した。当事者が言うので、随ったのだろう。彼はローレンスの前に膝をつくと、真剣な表情で言った。
「いいか、ローレルちゃん。何かされそうになったら悲鳴を上げるんだぞ。こんなだけど、こいつの近くが一番安全だから、離れないようにな」
「あ、はは」
ローレンスは笑ってごまかした。フランソワが「こんなってなんだ」とツッコミを入れているが、レイモンは無視した。
「まあ、今回は本当に事故みたいだけど、もうやんなよ、フランソワ」
「やらねぇよ……」
駆け込んできた兵士を追い出すレイモンの背中にフランソワがつぶやいたが、レイモンは聞いていなかった。床に座り込んでいたローレンスは、レイモンが出ていったのを見て右足をかばいながら立ち上がった。ばつの悪そうな表情のフランソワを見上げる。
「どうして、私を突き出さなかった。ブリタニアの王太子だと言って、突き出せばよかっただろ」
吐き捨てるように言ったローレンスの頭に、フランソワはぽん、と自分の手を乗せた。
「あんたに俺は殺せないよ。実力の問題じゃなくて、あんたの性格の問題。うまく自分の軍の中に俺をおびき寄せたのに、あんたは俺を殺さなかった。寝首をかくとか、そんな卑怯なこと、あんたにはできないだろ」
「君、頭大丈夫? 私の異名、わかってる?」
「『黒い悪魔』だろ。知ってるよ。まあ、見た感じ『小悪魔』って感じだけど」
その瞬間、ローレンスの眼が「お前、馬鹿だろ」と言わん感じに細められた。しかし、見た目がそれくらい整っているのだ。『小悪魔』には女の妖精、と言う意味もある。
「……もういいよ。君が変わってるのはよぉくわかったよ」
呆れた口調でローレンスは言った。まさか、自分がツッコミに回るときが来るとは思いもしなかった。
「とりあえず、足が治るまで身動き取れないだろ。絶対にあんたを突き出したりしないから、療養して行け」
「……私を殺せばこの戦争は終わるのに、私を助けるのかい?」
「あんたは『ローレル』だろ。怪我をしている女の子を突き出すほど、俺は非情じゃないつもりだ」
相手は『黒い悪魔』だ。思うところがないわけではないが、今の彼女はブリタニア王太子ニコラス・ローレンスではなく、一人の少女『ローレル』だ。フランソワはそう思っていた。
「……そう。私も、助けてくれた人間を害するほど恩知らずじゃないつもりなんでね。さっきはすまなかったよ」
本当に謝っているのか怪しい口調で、彼女は言った。
「ところで、君、いくつ? 私とそう年が変わらないって聞いてるけど、私を『女の子』っていうってことは、実は結構年だったりする?」
「あ、そう言えばそうだな」
フランソワとブリタニア王太子は同じくらいの年だと聞いていた。ガリアにローレンスの情報が入ってこないように、ブリタニアにもフランソワの情報は入ってきていなかったらしい。
「俺、22だけど。あんた、20歳くらいだろ? 10代後半くらいに見えるけど」
「24」
「は?」
「だから、私は24歳だって。童顔なんだよ、私は」
ニヤッと笑って、彼女は言った。まさかの年上だった。フランソワは本日一番の衝撃に、その場に崩れ落ちた。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この話は、ほとんどフランソワ視点でしたね。
ローレンスは『婚約者』モニカが殺された城塞に来てしまいました。
相変わらずのご都合主義ですが、よろしければ今しばらくおつきあいくださいませ。
次は明後日(12月27日)に投稿します。




