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17、行方不明








「ほーぉ。それで10日近く、この洞窟にねぇ」

「近くをガリア軍からはじき出された傭兵がうろついていて、森を出られなくて……」

「さっきのやつらかな。斬っちゃったけど」

「……相変わらず突拍子もないですね、兄上……」


 年の離れた弟につっこまれ、ローレンスは肩をすくめた。そう。ローレンスは無事にジェイムズと合流していた。


 あの時、ローレンスに声をかけてきたのはパークスだった。ジェイムズについて行方不明になったという彼がいるのならば、ジェイムズもいるはず! とローレンスのそれ以上上がるとは思えなかったテンションが上がった。

 なんでも、パークスたちは日に何度も偵察を行っていたらしい。何度か移動しようかと考えたようだが、けが人がいたので動けなかったという事情もある。確かに、敵兵と思われる人間がうろついているのに、怪我人を連れて歩くのは危険だ。


 とはいえ、洞窟の中に10日。それがだめだとは言わないが、消息くらい、教えてくれればいいのに。

 そして、無事にパークスに案内されてジェイムズと合流したローレンスは、こうしてジェイムズと情報交換を行っているのだ。


「と言うか兄上。また……女装ですね」

「この格好、いろいろと便利なんだよね」


 ジェイムズの質問に、ローレンスは屈託なく答えた。スカートの下に武器が仕込めるので、ローレンスは女装を気に入っている。ローレンスの女装癖はそのためである。

 周囲としては、妙に似合うのでやめてほしいのだが、本人が嬉々としてやっているので、みんな止められないでいる。


元帥マーシャル。場所がわかりましたから、戻って一部隊差し向けますか?」

 ユージーンが尋ねたが、ローレンスは首を左右に振った。

「いや。大人数だと怪しまれる。そうだね……。とりあえず、ジェイミーだけ連れて戻ろうか。そして、私がひと騒動……というか、もう一度戦を起こす。ガリア軍の眼を引き付けるから、その間にみんなにはこの森を出て、ブリタニア軍に合流してもらう。……ってのでどうかな?」

 途中までの真剣な表情はどこへ行ったのか、ローレンスは最後にニコッと笑って言った。これにみんなガクッとするのだ。


「……元帥マーシャルから戦を起こすって言葉が出るの、珍しいですね」

「まあね。みんなが逃げ切ることを考えるなら、それくらいはしないとね」


 ローレンスはユージーンに向かって片目をつむった。総勢10人に上るこの遭難者全員を逃がそうと言うのなら、どうしても戦いを起こすくらいのインパクトが必要だった。

 たかが10人くらい、と人は言うかもしれない。だが、ローレンスにとっては、今まで一緒に戦ってきた仲間だ。そう簡単に切り捨てられない。だから、ローレンスは身内には甘く、敵には残酷である。


 だからこその、ローレンスの求心力だ。ローレンスがいなければ、ブリタニアはまとまることすらできないかもしれない。ローレンスは扇のかなめに等しい。


「ですが、兄上。私だけ先にここを離れると言うのは……」


 ジェイムズが歯切れ悪そうに言った。自分だけ先に安全を確保するのが嫌なのだろう。ローレンスはジェイムズの頭を乱暴になでた。この弟の背が高くなったので、あまりこういうこともできない。

「ジェイミー。君は王子だよ。私がいなくなれば、君が次のブリタニア王だ。護られるのも、仕事のうちだよ」

「……はい」

 ジェイムズは絞り出すようにうなずいた。ローレンスは笑顔でうなずくが、きっと、この兄ならば、護られなくても大丈夫なはずだ、と思う。それどころか、先の戦いにも勝ったはずだ。この兄ならば。

 優秀な兄へのコンプレックス。そして、ローレンスならばなんとかしてくれると楽観視していたことも思い知らされた。

「さて。とりあえず、偵察に行ったパークスとシリルを待って」

 立ち上がって洞窟の入り口の方に向いたローレンスは、途中で言葉を切った。背後から奇声が上がったからだ。ローレンスは振り向き、奇声をあげながらナイフで襲いかかってきた兵士に渾身の蹴りを食らわせた。兵士は蹴りを食らってしりもちをつく。


「おや。威力が弱かったか……っていうか、なに?」


 ローレンスが顔をしかめた。ユージーンがジェイムズを立たせ、洞窟の入り口へと導く。ローレンスは立ち上がった兵士に、スカートで隠していた剣でとどめをさしながら言った。

「なんかおかしいね……この兵士が、怪我をして動かせなかった兵士か」

 ローレンスはそう言って顔をしかめた。襲ってきた兵士は、半身を包帯でまかれていた。他にも怪我人はいるようだが、彼ほどの重症者はいない。


「もしかして、ジェイミーがはぐれたのは、誰かの差し金なのかな……」


 誰にも聞こえないくらいの声で、ローレンスはつぶやいた。手に剣を持ったまま、ローレンスはユージーンとジェイムズのいる入口の方へと駆け寄る。

「外は?」

「今のところ、誰もいないかと」

「よし。出ようか」

 ローレンスのその一言で、急遽洞窟を出ることに決まった。動かせないほどの重症者がいなくなったためでもある。他の怪我人は、支えがあれば移動できる。一行は外に出た。

元帥マーシャル。パークス殿とシリルさんは」

 ユージーンが偵察に行ったまま戻らない二人の名を上げるが、ローレンスはあっさりと「2人なら大丈夫でしょ」と言った。


「それより、こっちだよ。いくらなんでも、この人数はねぇ……」


 さすがのローレンスも、ジェイムズを護りつつ、怪我人も護ると言う離れ業は不可能だ。と言うことは、早めに森を抜ける必要がある。敵に悟られず、速やかに。

「町には戻れないね。なら、別の方に出るしかない、けどっ!?」

 ローレンスは再び上がった奇声に飛び上がった。一気に奇声を上げる兵士に詰め寄ると、持っていた剣でその喉笛を掻っ切った。

「あ、兄上……!」

 おののいたように口を開いたジェイムズだが、ローレンスはユージーンに向かって言った。

「仲間を呼び寄せているんだ。内通者がいた。ジーン君、また奇声を上げる兵士がいたら、即座に殺せ」

「……はいイエス殿下ユアハイネス

 いつにない真剣な表情のローレンスに、ユージーンはうなずいた。

 ここまで来ると、やはりジェイムズの遭難は仕組まれていたのではないかと思う。今は議論している場合ではないので、帰ったら話を聞こう。


 成り行き上、ローレンスが先頭を走る。足場の悪い道なので、時々振り返りながらローレンスは先を急いだ。

「マ……っ! ローレル! 後ろから、追手です!」

 いつも通り元帥マーシャルと呼びそうになったユージーンがローレンスの偽名を叫ぶ。しんがりにいる彼は、背後に気を付けながら進んでいるのだ。

「~~っ! どうにか逃げ切るよ! たぶん、この人数じゃ相手にならな、うわぁっ!」

 後ろについてくるジェイムズやユージーンたちを見ながら叫んでいたローレンスは、見事にこけた。見ると、動物を取るための罠なのだろうか。ロープを使った簡単なものだが、ローレンスの足にしっかりと絡まっていた。しかも、こけた時の足首をひねったようだ。ついでに治りきっていない、腹部の傷跡も衝撃で痛んだ。

「あに……っ、大丈夫ですか!?」

 こちらもいつもどおり『兄上』と呼ぼうとしたジェイムズがあわてて別の言葉を口にした。座り込んで立ち上がらないローレンスの脇にしゃがみ込む。ローレンスはほどけないロープを切った。立ち上がろうとするが、足首が痛んですぐによろけた。

「ローレル!」

 ユージーンも駆け寄ってくる。追っても近づいてくる。足音の数からして、シリルとパークスではない。


 ローレンスは息を吐き、ユージーンとジェイムズに言った。

「私を置いて、先に行きな」

「! それでは、私の代わりにあなたが遭難するだけです!」

 ジェイムズがもっともな意見を言ったが、ローレンスは首を左右に振った。

「だめ。足首を痛めた。私が一緒では、逃げ切れるかわからん。言ったはずだ。私に何かあれば、ジェイミー。お前が次の王だ」

「……っ」

 真剣なローレンスの言葉に、ジェイムズは息をのんだ。ローレンスはふっと微笑む。

「大丈夫。追いつくから、先に行って待ってな。ジーン君。頼むよ。命令だ」

「……わかり、ました」

 命令であると言われれば、ユージーンに拒否権はない。ユージーンはローレンスの代わりに先頭に立ち、ローレンスを振り返りながらもジェイムズたちを先導していく。


「さて、と」


 部下と弟たちを見送ったローレンスは木を支えにして何とか歩き出す。ひねった右足は思うように動かず、ローレンスはすぐにうずくまった。背後からは、誰かが近づいてくる音が聞こえる。これは、蹄の音だろうか。

「死にたいと思ったことはないけど……モニカ。君と同じ場所で散れるのならば、本望だよ……」

 奇しくも、モニカが亡くなったフーリエの近くだ。そこでローレンスも死ねるなら本望だ。そう思おう。

「そこの娘。大丈夫か?」

 蹄の音が止まり、背後から声がかかった。そう言えば今、女装してるんだった、と思いながらローレンスは振り返る。そして、顔には出さないが息をのんだ。


 そこにいたのは、知っている顔だった。












 一方のジェイムズたち。何とか森を抜けて、荒廃した村のあたりに出た。運よく洞窟に戻ろうとしていたシリルとパークスに出くわしたのだが、2人はローレンスを捜しに森の中に戻って行った。

「しばらく、待ちましょうか」

「……わかった」

 ユージーンの言葉に、ジェイムズがうなずいた。ユージーンの声音には、覇気がなかった。ローレンスを置いてきてしまったことを後悔しているのだ。


 ローレンス。小柄で、ふざけていて、女装癖があっても、ジェイムズの頼りになる兄だった。自分は、そんな兄を見捨てたのだ。やむを得ないからと、置いてきてしまったのだ。


 ジェイムズは自分の二の腕をきつく握りしめた。いつも笑っている印象があるローレンスが、あの時は真剣な表情を見せていた。それを思い出し、ふと思う。


 ここは、ローレンスの婚約者・モニカが亡くなった場所に近い。


 もしかしたら、ローレンスはこの場所で死にたいと思ったのだろうか。


 嫌な想像に、ジェイムズの体は震えた。兄がいなくなると思うと、どうすればいいかわからなかった。折につけ、自分がいかに兄を頼っていたか思い知らされて嫌になる。

 シリルとパークスが戻ってきた。ジェイムズたちは彼らに駆け寄る。


「兄上は!?」


 2人は首を左右に振った。衝撃を受けるジェイムズに、シリルは重い声で言った。

「わかれた、と言う場所に行ってみましたが、誰もいませんでした。ただ、殿下が使っていたこの剣が」

 シリルが差し出したのは、ローレンスがスカートの下に隠していた短めの剣だ。ジェイムズは震えながらそれを受け取った。


 本当に、兄はいなくなってしまったのだろうか。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


非常にいまさらですが、ローレル=ローレンスです。まあ、同じ意味の名前ですしね。

にしても、ローレンスはモニカが好きすぎですね……。

イエス、ユアハイネスとみると、某アニメを思い出します。


次は明後日(12月25日)に投稿します。クリスマスだ……。

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