16、捜索
相変わらずバサッと人を斬っております。苦手な方はご注意を。
ガリア軍に勝利した2日後、ローレンス、シリル、ユージーンの3人はシャレットの小さな町にいた。小さい、と言ってもそれなりに発展しており、店などが立ち並んでいる。
「先日、この辺りで戦争があってなぁ。ガリア軍が負けちまって」
気のよさそうな店員の男性が注文された焼き菓子を袋に詰めながら言った。ローレンスは「ふうん」と首をかしげる。
「でも、シャレットの領主はブリタニアの王太子だって聞いてるけど」
「ああ、まあな。でも、相手は海の向こうだ。実質的な領主はガリア王だよ」
「そんなものかぁ」
「そんなものだよ。ほら、嬢ちゃんかわいいから、おまけだ」
「わぁ。ありがとう!」
ローレンスはひきつりそうになる顔に何とか笑みを浮かべた。頼んだ数よりも多くの焼き菓子の入った紙袋を受け取り、代金を払う。去り際に、店員から声をかけられた。
「この辺、ブリタニアの兵士がうろついてるって噂もあるから、気を付けるんどぞ、嬢ちゃん」
「はぁい」
ローレンスは愛想よく店員に手を振り、店から出た。外で待っていたシリルとユージーンに駆け寄る。が。
「お邪魔だったかな」
「いえ。いいタイミングです」
シリルが答えた。ローレンスが駆け寄ってきたのを見て、シリルとユージーンを囲んでいた若い女性たちが離れて行く。ローレンスを恨みがましくにらみながら。
「……モテるねぇ」
「そのセリフ、そっくりそのままあんたに返しますよ……」
シリルがため息をついた。ユージーンも顔をひきつらせており、彼らが受けたいわゆるナンパは、女性たちの押しが強かったようである。
「……うん。私が言うのもあれだけど、2人ともかっこいいからね」
ユージーンは中性的な顔立ちであるが、女と見まがうほどではない。むしろ、きれいな顔立ちと言われるだろう。ただ、言ったのが世にも美しいと言われるローレンスなので、素直に受け取れないのだ。
歩きながら、シリルは紙袋を抱えているローレンスを見た。
「相変わらず、似合いますね。女装」
「……うん。さっきの店の店員にも、かわいいって言われた」
ローレンスは童顔なので、10代後半ほどに見える。実年齢を知れば、さっきの店員も『かわいい』とは言わなかっただろうが、現実は確かに『かわいい』がしっくりくる。
この町に来るにあたって、ローレンスは女装していた。町娘にとけ込めるように、かつ、旅人っぽく見えるように、ブラウスにくるぶしまでのスカートをはいている。もちろん、足元はブーツだ。長い髪は緩く束ねてある。
そして、シリル、ユージーンも軍服ではなく私服だ。こちらは2人ともちゃんと男性の衣装を着ている。ローレンスだけが女装だ。そこについて、町に来る前につっこまれたのだが、
「スカートの方がいろいろ隠せるんだよね」
ほら、とローレンスはスカートを持ち上げてその中身を見せた。もちろん、スカートの下にはズボンをはいている。
足には、ナイフに飽き足らず、少し短めの剣や暗器までくくりつけられていた。シリルとユージーンは帯剣しているのだが、ローレンスも同じではいけなかったのだろうか。ただ、女性がいたほうが油断はしてもらえる。ローレンスもそのあたりを考えたのだ。
実際に、女装のローレンスがいれば、さほど怪しまれることはなかった。貴族のお嬢様のお忍びだと思われているようで、町の人も気軽に声をかけてくる。男装しても女装しても貴族に見えてしまうのがローレンスと言う人間であった。
「それでさぁ。やっぱりブリタニアの兵士が目撃されてるみたい」
買ってきた焼き菓子をほおばりつつ、ローレンスが言った。シリルが顎に指を当てて考える姿勢を取る。
「なら、どこかにジェイムズ殿下がいらっしゃるかもしれませんね」
「問題は、ここが完全にガリアの支配地であるということです」
ユージーンも冷静に言った。肩書上の領主はローレンスであるのだが、それには実が伴っていない。ローレンスはため息をついた。
「やっぱり、見つけるのは難しいよね……自力で帰ってきてくれれば一番いいんだけど」
戦争慣れしていないジェイムズがいる以上、それは難しい。ニコラス2世ならあっさりと切り捨ててしまうだろうが、ローレンスはそうしたくなかった。ローレンスは王としては甘いのかもしれない。
しかし、家族を見捨てたくはなかった。純粋にローレンスを慕ってくれるジェイムズを切り捨てたくない。そう思うのは、自分がいつ切り捨てられるかわからない存在だからだろうか。
ローレンスが1人でいるとガラの悪い族に声をかけられるので、基本的にユージーンがローレンスと一緒にいた。そうすると今度は恋人同士に見られるのだが、それはもうあきらめる。ローレンスが童顔なのが悪い。
一方のシリルは夜の街に情報収集に出かけていた。本来なら酒豪のローレンスを連れてきたかったのだが、前述の理由であきらめた。男装させる方法もあったが、やはり、あの顔で夜の街をうろつくのはまずいと思う。
シリルが宿に戻ると、ローレンスとユージーンは同じ部屋にいた。2人部屋である。大衆飲み屋などで仕入れてきた情報を提供する前に、シリルは尋ねた。
「あんた、この部屋で寝るつもりですか?」
「まあね。ジーン君と恋人同士ってことにしたから。だから、シリル君は隣の部屋ねー」
ニコッとローレンスは邪気なさそうに笑う。シリルは顔をひきつらせたが、確かにローレンスを1人にするのは(何かしでかすかもしれないという意味で)不安だったので、その案に乗ることにした。
「で、情報は集まった?」
「……ええ。まあ、それなりに」
雑談をしていても、すぐに仕事モードに切り替われるローレンスは、確かにニコラス2世の子供であるとシリルは思った。
「この辺りにブリタニア兵がいるのは確かみたいです。この町、森に隣接していますよね? その森の中で、人影を見たと言う人もいます」
「じゃあ、可能性はあるかぁ」
ローレンスが口元に手を当てて言った。その視線は左斜め上を見ている。考えるときのローレンスのくせだ。
「……とりあえず、明日の早朝に森を見に行ってみようか。それで、何もなかったら、帰ろう」
シリルとユージーンは顔を見合わせた。ローレンスは弟妹をかわいがっている。この町に来たのも、ブリタニアの兵士らしき人影が目撃されているからだ。もしかしたらジェイムズかもしれない。その希望が捨てられず、ローレンスは2人を連れてここまで来た。そして、ローレンスは2人の主君でもある。
「……わかりました。1日だけですからね」
「わかってるよ」
シリルの言葉に、ローレンスは微笑んでうなずいた。
のちに、シリルはこの時同意したことを後悔することになる。
△
そんなわけで翌日。朝日が昇ったばかりの時間帯。人気がないその時間に、ローレンス、シリル、ユージーンの3人は街に隣接する森の中に足を踏み入れた。
「うっわー。戦場になったら大変そうなところだねぇ」
軽い調子でローレンスが言った。ユージーンは適当に「そうですね」とか相槌を打ってくれるが、シリルはまるっと無視してきた。別にいいけど。
シリルの先導で、ローレンスとユージーンは森の中を歩いた。一応カンテラを持ってきているが、森の中はそこまで暗くはなかった。
「……殿下。一ついいですか?」
「一応、今の私はローレルだけどね。どうぞ」
例によって女装しているローレンスは前を歩くシリルににこやかに言う。シリルからは見えてないけど。
「これ、ジェイムズ殿下を見つけるのは、藁の山から針一本を見つけるようなものでは?」
「そこ、つっこまない!」
それはローレンスも自覚していたところだ。この森は広い。捜索したところで、ジェイムズが見つかるとは限らない。だからこそ、1日探して見つからなかったらあきらめることにしたのだ。何もせずにあきらめるよりはいい。
そこに、ユージーンが小さく、しかし鋭い声をあげた。
「元帥、シリルさん。誰か近づいてきます」
彼に言われて耳を澄ませると、確かに誰かが土を踏む音がする。おそらく、左手から近づいてきている。シリルがローレンスを後ろ手にかばい、剣の柄に手をかけた。
「殿下。せいぜいか弱い少女のふりをしてくださいね」
「あー。難しい要望だね、それ」
ローレンスは苦笑した。例によってスカートの下は武器だらけであるローレンスだ。か弱い少女のふりは難易度が高い。見た目ははかなげな美少女であっても、この中身はローレンスなのだ。
とりあえず、ローレンスはユージーンの背後に隠れた。彼の肩越しに音のする方を見ながら、手にナイフを握った。戦う気満々である。
現れたのは、傭兵らしい男5人だった。男たちが眼を見開く。
「珍しいな。女だ」
「これまた美人さんで」
「高く売れそうだな」
男たちはガリア語でそう言った。今更であるが、ブリタニアとガリアでは言語が違う。貴族階級の人間はどちらも話せるので苦労したことはない。だが、中級層以下は別だ。つまり、彼らはガリアに雇われている傭兵の可能性が高い。おそらく、傭兵だという読みは間違っていないだろう、と言う前提であるが。
好き放題言ってくれる彼らに、ローレンスは肌が泡立つのを感じて両腕を抱くようにさすった。それがおびえたように見えたのだろうか。男たちが襲ってきた。シリルが容赦なく1人を斬り捨てる。
「テメェ!」
カッとなった男2人がシリルに斬りかかるが、シリルは冷静に攻撃をかわした。1人はシリルに、もう1人はユージーンに斬られる。
「お前、来いっ!」
「わっ」
腕を引っ張られたローレンスはたたらを踏む。いつの間にか近づいていた男に連れ去られそうになっても、ローレンスは冷静だった。持っていたナイフをその男の腕に突き立てる。手が離れると同時に、ローレンスはスカートの下に隠していた剣を引き抜いた。ナイフで腕を貫いた男の体を、その剣で貫く。少し離れたところでは、シリルが最後の1人にとどめをさしていた。
「やると思っていましたが、本当にやるとは」
シリルが剣についた血を払いながら言った。ローレンスも同じようにして、スカートの下の鞘に剣を戻す。
「連れて行かれそうだったからね。急所を蹴りあげてやっても良かったけど」
にやっと笑って言うローレンスに、シリルとユージーンは顔をひきつらせた。ユージーンは「同じ男に、そこまでするか……?」とつぶやいている。ローレンスは笑ってごまかした。
「さて。先に進もうか」
「無駄にテンション高いですね、あんた……」
時間がないのでサクサク行こうと思っただけなのだが、シリルに呆れた口調でそう言われてしまった。その時。
「……元帥?」
声がかかった。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
基本的に、私が書く話はご都合主義ですが、この話は今まで類を見ないご都合主義ですね……。
次は明後日(12月23日)に投稿します。




