15、何気に自信家です
ローランサンでの戦争再開から2週間後、その知らせを受け取ったローレンスはため息をついた。
「負けたか。わかってたけど」
「ジェイムズ殿下たちはローランサン方面からシャレット方面へ逃げたらしいですね」
廊下を歩きながら、シリルが追加情報をくれる。ローランサンも、シャレットも、ローレンスが爵位を持つ地域である。しかし、いくらローレンスがシャレット男爵であったとしても、その土地はガリアが実効支配している。つまり、シャレットはローレンスが領主の敵地なのだ。
しかも、会議室についたローレンスに、さらなる驚きの情報がもたらされた。
「行方不明? ジェイミーが?」
「ああ。シャレット方面へ逃げたことはわかっているが」
ニコラス2世の言葉に、ローレンスは頭を掻いた。やはり自分が行けばよかったかなぁ、と思いつつも、2週間前の状況では馬に乗ることも危うかっただろう。
「私がシャレット男爵と言っても、ガリアが実効支配している土地ですからねぇ……。私も二度ほど、あの土地で戦いましたが……」
のちに『ガリア継承戦争』と呼ばれるこの戦争の主な戦場はローランサンだ。ここの爵位もローレンスが持っている。ローランさんは大陸のブリタニア側に面した沿岸部の土地なのだ。シャレットはその少し奥地。ガリア側になる。
ちなみに、ローレンスの婚約者だったモニカが亡くなったフーリエの戦いがあった場所も、このシャレットになる。
「森の中にでも逃げ込んだんでしょうか。ジェイミーは王子ですからね。捕虜にされたり、殺されたのなら少なくとも何か情報が入ってくるはずです」
ローレンスが冷静に言った。手紙がないのはよい便りというが、現在がまさにその状況だ。
詳しくその時の状況を聞けば、ジェイムズたちはローランさんからシャレットへ進軍。そこでの戦いで敗北。そのまま撤退戦に転じたらしい。ちなみに、ジェイムズには指導役としてパークスが同行している。
撤退戦と言うのは難しい。誰がしんがりを務めるかでかなりもめるのが撤退戦だ。撤退戦の最中に転じて攻撃を仕掛けようとするローレンスのような変人もいるが、おおむね、撤退戦は撤退に重きが置かれ、逃げることが重視される。
その撤退も、かなり軍列ががたがただったらしい。情報をもたらした兵士によれば、気づけばジェイムズやパークスたちとはぐれていたそうだ。
「……それは」
「探すのが難しいな……」
ローレンスもニコラス2世もつぶやいた。2人とも、ジェイムズを助け出すのは難しいと思った。どうやら1人で行方不明になっているようではないが、少数ではぐれてしまったのは事実のようだ。と言うか、むしろどうしてそんな状態になったのだ。
「もしかしたら、私の『影』が何か情報を持ち帰るかもしれませんが……」
「お前、ジェイムズの行軍にも『影』を忍ばせたのか」
「情報は常に最新でないと意味がありませんからね」
ローレンスはニコリと父親に向かって笑みを向けた。情報は大事だ。情報を制したものが、戦争を制するのである。例えば、ローレンスが怪我をしたことを知らなければ、ガリア軍は攻めてきただろうか?
このままジェイムズに関する情報が集まらなければ、ニコラス2世はジェイムズを切り捨てるだろう。幸いと言うか、ニコラス2世には子供が多いし、守護神の異名をとるローレンスはまだ生きている。しかし、ニコラス2世はローレンスが行方不明になったとしても、探さずに切り捨てるだろう。
そう言う人間だ。ニコラス2世は。合理主義なのである。彼は父親である前に王なのだから、それでいいとローレンスは思っていた。
「殿下」
ひそやかな声が聞こえた。ここにいるのはニコラス2世とローレンス、シリル、宰相にその他、軍の関係者だ。殿下と呼ばれるのはローレンスだけ。というか、他に王子や王女がいたとしても、呼ばれたのはローレンスだとわかるだろう。
「ユーニスちゃん? 何か情報が入ってきた?」
ローレンスの声に呼応するように、ユーニスがすっとその影から見せた。その影は語りだす。
「ジェイムズ殿下たちを発見するも、完全にガリアの勢力圏内で、助け出すことは難しいそうです」
「……Oh」
「ローレンス」
『Oh, My God!』と叫ぼうとしたローレンスは、ニコラス2世に名を呼ばれて肩をすくめた。確かに、ふざけている場合ではない。
「……ユーニスちゃん。ありがとう」
「いえ」
ユーニスはローレンスに冷たい視線を送りながら一礼し、部屋を出ていく。ニコラス2世もあきれた視線をローレンスに向けた。
「お前、この状況でもその態度か……」
ある意味大物だが、ある意味馬鹿である。ローレンスは気まり悪げな笑みを浮かべる。
「いえ、ちょっとみんなの心の叫びを代弁しようかと」
「それはいい……。とにかく、ジェイムズが見つかっても見つからなくても、シャレットにもう一度軍を敷かねばなるまい」
そこで、ニコラス2世はちらっとローレンスを見た。ローレンスはため息をつく。
「わかりましたよ行きますよ」
一息でローレンスが言い切ると、部屋の中に明らかにほっとしたような空気が流れた。ローレンスは「でも」と言い添える。
「まだ怪我が快癒していませんから、後方で指揮を執ることになりますが……」
「指揮官とは普通そう言うものだぞ。最前線に突っ込んで行くお前がおかしいのだ」
「ええっ。そうですかねぇ」
父のツッコミにローレンスは首をかしげたが、部屋にいるほかの者たちは「確かに、王太子の頭はおかしいかもしれない」と思った。従者であるシリルも深くうなずいているのだから、本当に変人なのである。
だが、ローレンスはその状況をさらりと受け流し、考えるように目を細めた。
「ついでに、ジェイミーも探してきましょうか」
「……そうしたいなら、好きにしろ。しかし」
「はいはい。戦には勝ちますよ」
やはり、さらりとした言葉。だが、そこには絶対の自信がうかがえる。自分の力を正しく理解しているからこそ、ローレンスの強さがあるのだ。
適当にもほどがあるが、その会議はローレンスの『勝ちますよ』の一言で終了した。
△
3日後。神業かと思えるほどの速度で、ローレンスは海を越えて大陸領シャレットの大地を踏んだ。もちろん、ローレンスは船酔いでうめいていたが、そこはお構いなしに行軍した。
シャレットは、そのほとんどを山と森で構成する土地である。かなり起伏にとんだ地形で、戦の天才と言われるローレンスですらうなってしまうほど戦争が難しい地形である。
「この土地、あんまりいい思い出ないんだよねぇ……」
ローレンスは軽い口調でそう言ったが、その目は睨むように遠くにそびえる山を見ていた。
「あんたが死にかけたのも、この場所でしたね」
「そうだね」
ローレンスと生まれたころからの付き合いであるシリルが言った。ローレンスが1週間眠り続ける原因となった怪我を負ったのもシャレットで、だ。ローレンスはシャレットと相性が悪いのかもしれない。いや、ローレンスはシャレット男爵ではあるのだが。
「とにかく、まずはガリア軍を何とかする。ジェイミーの部隊はもう合流出来た?」
「すでに指示された配置についたそうです」
ユージーンが報告する。ローレンスは「よし」と満足げに微笑んだ。
ローレンスは、シャレットにわたるにあたってほとんど兵士を連れてきていない。進軍を早めるためでもあるが、ジェイムズの部隊の兵士がシャレットの駐屯地に残っており、大人数を連れてくる意味がないからだ。ローレンスは彼らを使って勝つ方法を考えていた。
「なら、王太子ニコラス・ローレンスの復帰戦といこうじゃないか」
ローレンスはその世にも美しいと言われる顔に、凄絶な笑みを浮かべていた。
△
突如襲ってきたブリタニア軍に、フランソワが指揮するガリア軍は混乱した。
「落ち着け! 体勢を立て直すぞ!」
フランソワが兵たちに向かって叫ぶ。だが、だれも聞いていない。奇襲ともいえるその襲撃に、ガリア軍は恐れおののいた。
「ニコラス王太子が戻ってきたのか!?」
「かもな。まずいな……」
レイモンの叫びに冷静に返事をしながら、フランソワは顔をしかめる。ローレンスが復帰したのだとすれば、ガリア軍に勝ち目はないだろう。フランソワとブリタニア王太子ニコラス・ローレンスでは役者が違うのだ。
この進軍も、ローレンスが怪我をしたという情報を得て、フランソワが結んだ停戦期間が過ぎた直後に行われたのだ。先の戦では勝てたが、それはローレンスがいなかったからである。
現在戦場となっているシャレットは起伏にとんだ地形の土地だ。その地形を利用して、ブリタニア軍は攻めてくる。明らかに違う方向からも兵が攻めてきたので、もしかしたら軍隊を二つに分けていたのかもしれない。
何とか応戦を続けていたフランソワであるが、早々に見切りをつけた。ガリア軍はまとまらず、このままではいたずらに死者を増やすだけだ。
「退却する!」
フランソワが叫んだ。彼の判断は、伝令を通じて兵士たちに広がっていく。司令官直々の逃げろ命令を受けた兵士たちは、我先にと逃げ出す。
「深追いはするな! 迷子になるからね」
同じころ、ガリア軍が撤退していくのを見てローレンスが命令を下した。付け足された言葉はローレンスらしい冗談にも聞こえるが、ただ事実を指摘しただけであった。なぜなら、戦場は山の中だったからだ。
ジェイムズが苦戦した相手に、あっさりと勝ってしまった。ローレンスの評価が上がるのは仕方のない話であろう。しかも、今回はローレンス自身が戦場に立っていないため、完全にローレンスの指揮能力の勝利と言うことだ。
ローレンスがいれば、勝てる。ブリタニアの兵士たちは、そう思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
この辺は巻で行きたいと思います。
例によって、次の投稿は明後日(12月21日)になります。




