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14、目を覚ませば通常営業








 意識が浮上していく。ぼんやりとではあるが目を覚ましたローレンスは、最初に侍女のユーニスの顔を見た。


「……おはよう、ユーニスちゃん」


 無理やり絞り出した声はかすれていた。ローレンスが目を覚ましたことに気が付いたユーニスは何故かきっ、とローレンスを涙目で睨み付けた。


「何が『おはよう』ですか! 私たちがどれだけ心配したと思ってるんですか! なんで自分から危ない目に合うんですか! 馬鹿なんですか!?」

「ちょ、ユーニスちゃん……!」


 ユーニスの眼から次々と涙があふれてきたのを見て、ローレンスは起き上がろうとしたが、あっけなく断念した。刺されたわき腹が壮絶なまでに痛みを訴えたのである。

 仕方なく、ローレンスは身を横たえたままユーニスに向かって手を伸ばした。



「泣かないでよ。苦手なんだ、泣かれるの……」



 気丈な女性に泣かれるのは苦手だ。ユーニスもそうだし、モニカもそうだった。いつも気丈に笑っているから、泣かれた時にどうすればいいのかわからないのである。


「だ、誰のせいだと思ってるんですか……っ!」


 ユーニスが手で乱暴に涙をぬぐいながら言う。ローレンスは「ごめん」と謝る。どう考えても、ローレンスのせいだからだ。

 すぐにでも状況が知りたかったが、ローレンスはユーニスが泣きやむまで待った。ローレンスの最後の記憶では、反乱を企てたグレアムを殺したのだが、実際にはどうなっているのだろうか。


 まあ、ローレンスが生きている時点で答えはわかっているような気もする。この部屋はローレンスの部屋でもあるし。


 ユーニスがしゃくりあげる。だいぶ落ち着いてきたようだ。

「落ち着いた? ユーニスちゃん」

「……初めから取り乱していません」

 このツンとした態度がユーニスらしい。ローレンスは「そうだね」と苦笑した。

「水が飲みたいんだけど」

「わかりました。少し待ってください」

 ユーニスは立ち上がると、水差しとは別のポットからグラスに水を注いで持ってきた。だが、水を飲む前に起き上がらなければならない。

「起き上がれますか?」

「悪いけど、手を貸して」

「わかりました」

 自力で起き上がれないことは実証済みなので、ローレンスはユーニスに頼んだ。ユーニスが背中に手を添え、ローレンスが身を起こすのを手伝う。ローレンスは腹部の痛みに耐えながら何とか上半身を起こした。すかさず、ユーニスが背中にクッションと枕を積んで寄りかかれるようにしてくれる。


「ありがとう、ユーニスちゃん」

「殿下の侍女ですから、当然です」


 まだ赤い目で言うユーニスからグラスを受け取り、少しずつのどに流し込む。冷たい水ではなく、ぬるい水だった。ローレンスは明らかに臓器に損傷を受けているので、刺激物は避けたのだろう。

 いくらか水を飲んで一息つくと、ローレンスはユーニスに尋ねた。


「さて。現状はどうなっているのかな。グレアムの件は片付いてる?」

「ええ。殿下、3日も眠りっぱなしだったのですよ」

「え、嘘! 痛っ」


 叫ぶと怪我したところが痛んだ。ユーニスが馬鹿ですか、と言わんばかりの表情でローレンスを見つめる。うん。これでこそユーニス。


 いや、眠りっぱなしと言うのであれば、1週間以上眠りっぱなしだったこともある。死にかけたこともある。だが、驚くものは驚くのだ。


 ついでに、ユーニスの取り乱しっぷりの原因もわかった。ローレンスがなかなか目覚めなかったからだ。なんだかんだで愛されているなぁ、とニヤニヤしてしまう。


「何にやついてるんですか……。とにかく、グレアム様は死亡、ボーモント公爵は牢獄行きです。彼らに味方したものは、全て処刑、もしくは投獄されました」

「あー……」


 さすがはニコラス2世。やることのスケールがでかい……。おそらく、主犯格の関係者は処刑されたのだろう。ボーモント公爵家はおとり潰しの可能性が高い。領地は王家の直轄地に組み込まれるのだろう。すでに後始末を終えているのなら、彼らが反逆した理由など調べる必要はないだろう。少なくとも、グレアムの方は確実に幼稚な権力欲のためだと思っていた。

「まあ、片付いたならいいよ……っていうか、この調子だったら、他にも内通者が……」

 そこまで言って、ローレンスは言葉を途切れさせた。その顔がだんだんと険しくなっていく。

「殿下?」

 いつにないローレンスの様子に、ユーニスが恐る恐る声をかける。ローレンスは重々しく口を開いた。


「そうだよ……ボーモント公爵のほかにもガリアの内通者がいるんだ。私が倒れたといい情報は、すぐにガリアに伝わる……」


 すでに、ローレンスが倒れてから3日たっている。停戦期間はあと3週間。ローレンスはそれまでに復帰できないだろう。


「……最悪」


 ローレンスは腕で目元を覆った。怪我のせいか、考えが後ろ向きになっているようだ。いつものローレンスなら、「ま、何とかなるでしょ」くらいは言う。

 しかし、その発言はローレンスが何とかすることを前提に発せられたものでもあるのだ。


「殿下……」


 ユーニスが心配そうにつぶやいた時、ローレンスの腹がぐぅーっと鳴った。


「……」

「……」

「…………」

「………………」


 2人は視線を交差させ、沈黙した。ローレンスは唇の端をひきつらせつつ、言った。

「とりあえず、おなかが減ったかな?」

「その分だと、本当に大丈夫みたいですね……」

 ユーニスが呆れ口調なのは仕方がないな、とちょっと思った。
















 腹が減ったと言っても、病み上がりの上に内臓が傷ついているローレンスは固形物が食べられない。消化に良いものとして、とろとろになるまで煮込んだ麦粥を出された。味がしなかった。病人食なのだろう。


 基本的に健康優良者であるローレンスは、病人食を「まずいなぁ」と思いつつ、空腹が勝ったために平らげた。


 ローレンスが少量の食事を終えるころに、続々と見舞い客がやってきた。まずやってきたのは王と王妃だ。ニコラス2世は、ベッドの上から「おはようございます」とのたまったローレンスの頭に拳骨を落とした。


「いったぁっ! 今のは痛かったですよ、父上!」


 マジで痛かった。殴られた頭を押さえ、痛みに耐えるが、頭の痛みを耐えると腹の傷が痛んだ。いや、ホントに痛いんだよ。

「何をケロッとしておるのだ! 我らがどれだけ心配したと思っている!」

「そんなこと言われても困るんですけど……」

 自分を心配するニコラス2世の言葉に戸惑いつつ、ローレンスは言った。すると、ブランシュがとてもいい笑みを浮かべて言った。

「ローリー。いくら謀反を止めても、あなたが死んだら意味ないのよ。わかってる? とっても、とーっても心配したのよ?」

 凄味のある笑みでそう言われ、ローレンスは「すみません……」と謝るしかなかった。

「まったく。その後の経過は聞いたか?」

「ユーニスちゃんからあらましは聞きましたよ」

 怒っていても、すぐに事務的な話に移るところはさすがはニコラス2世。

「そうか。動機は聞きたいか?」

「別にいいです。本人が言ってたし」

 グレアムはブリタニアの王位が欲しくて。ボーモント公爵は栄光が欲しくて謀反を起こしたのだ。欲を持つことを悪いとは言わないが、使いどころを間違えるととんでもないことになる。


「そうか。一応書面にまとめておく。眼を通せ」

「……最初からそう言うことになってるんじゃないですか」


 ローレンスに確認してそれでいいか承認印を押せと言うことだ。確実に、今回の謀反で割を食ったのはローレンスだ。半分自業自得のような気もするが、ローレンスが直系王族である以上、ボーモント公爵の処罰は重いものになる。ローレンスは適当でいい気もするが、一応、それでいいのか確認してほしいのだろう。


「了解しました。そう言えば、他の子たちは大丈夫ですか? ジェイミーとか、トラウマになってません?」

「お前、そう言うならあんな戦い方をするな」

「いえ、普通に戦ったら、勝てないと思ったもので……」

 ローレンスが「あはは」とばかりにそう言うと、ニコラス2世は呆れてその頭に手刀を入れた。

「いった。さっきから父上、容赦ない……」

「当然だ、馬鹿者。ジェイムズは、ショックは受けたようだが大丈夫だ。今も部屋の前で待っていると思うぞ」

「みんな、あなたが死んでしまったと思ったわよ。ジェイミーも真っ青だったわ」


 そう言うブランシュも真っ青だったのだろうと思う。まあ、自分が腹を痛めて生んだ子が死にかければ当然か……。

「ローレンス。あと3週間で怪我は治りそうか?」

「まあ、傷はふさがると思いますが。でも、戦場に行くのは無理です。リハビリ期間が欲しいですね」

「そう……か」

 ニコラス2世が重々しくつぶやいた。たぶん、彼とローレンスは同じことを考えている。

「攻めてくると思いますか? ガリアは」

「……ああ。お前がおらんとなればな」

「ですよねぇ……」

 ローレンスとニコラス2世の見解は同じだった。












 ニコラス2世とブランシュのあとに、ジェイムズたち弟妹が見舞いに来た。総勢五名、全員である。年長者としてジェイムズは何とか泣くのをこらえていたが、大泣きするセシリアとクレアにつられて泣きそうだった。ちなみに、エドマンドとアルバートはしっかり泣いて帰って行った。もうどうすればいいのかわからなかった。



 そして、3週間後。停戦期間が終わった瞬間。



 ガリア軍は、ブリタニアの大陸における領土であるローランサンに侵攻した。これを受けて、ブリタニア軍もローランサンに軍を送る。一つ、いつもと違っているのは、その軍隊の総指揮官がローレンスではなくジェイムズだったことだ。ローレンスは傷はふさがったものの未だ療養中で、戦に出られる状況ではなかったのだ。


 ジェイムズは初めて、1人で戦場に立つことになったのだ。








ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ローレンス、ケロッとしています。ローレンスの感情が麻痺している証拠ですね。


折り返し地点まで来たので、ちょっと人物整理。

ローレンス…24歳。身長5フィート5インチ(約165センチ)くらい。

シリル…27歳。身長6フィート4インチ(約192センチ)くらい。

ジェイムズ…16歳。身長5フィート7インチ(約171センチ)くらい。

フランソワ…22歳。身長6フィート2インチ(約186センチ)くらい。

まとめとかないと、たぶん忘れる。


次は明後日(12月19日)に更新します。

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