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13、世にも美しい……

私にしてはちょっとえぐい話です。

苦手な方は避けてください。







 ニコラス2世が駆け込んだのはダンスホールであった。ここなら広く、剣で戦うにも十分な広さがある。


 後を追ってきたのはグレアムだけではなかった。ジェイムズとパークス、それにローレンスの側近であるシリル。3人は駆け込んできたが、ニコラス2世のもとにたどり着く前にグレアムに手を貸す兵士たちに進路を阻まれた。

 短気ではあるが、それなりに実力があり、社交的なグレアムはそれなりに人望があった。そのためか、彼に手を貸す兵士は多かった。

 そいつらをまとめて牢に放り込んでやる! と思いながら、ニコラス2世はグレアムと剣を合わせていた。だが、気力だけで勝てる相手ではない。ニコラス2世がすでに40歳を越えていることから考えても、ほぼ体力的に全盛期であるグレアムの相手は難しかった。


 グレアムとローレンスの試合の成績は五分五分なのだと言う。ローレンスの方が戦での勝率はいいが、ローレンスの場合は頭脳戦で勝っている面もあるので、単純な戦いではどちらが上かわからないのだ。

 切り裂かれた右腕が痛む。「陛下!」と誰かが呼ぶ声が聞こえたが、だれが呼んだのかはわからなかった。


「グレアム。私を殺しても、すぐにローレンスが決起するぞ」

「さあ、どうでしょうね。ローレンスはかなり面倒くさがりでもありますから」


 狂気の笑みを浮かべ、グレアムは言った。ニコラス2世は舌打ちしたい気分になる。


 ニコラス2世が死んだら、ローレンスはどうするだろう。ローレンスの婚約者が亡くなった時は怒り狂ったが、どう出るかわからないから、自分の子でありながら、ニコラス2世はローレンスが少し怖い。



「でもさぁ。さすがに自分にも累が及びそうだったら何とかしようと思うよ。うん」



 悠然とした足取りでダンスホールに入ってきたのはローレンスだった。あまりにも堂々としているので、グレアムの仲間の兵士たちも、ローレンスに道を開けた。

「兄上」

「おう、ジェイミー。母上をよろしくねぇ」

 何故かローレンスと一緒にいたブランシュは、ジェイムズに保護された。ジェイムズはパークスに護られているのだが、それは今は置いておく。

 ローレンスの姿を見たグレアムは驚きの表情で尋ねた。

「どうやってここまで来た」

「普通にそこを通してもらって来たよ。みんな、私が怖いみたいだねぇ」

 いつも通りへらっと笑うローレンスは、この場においては異様だった。父親が怪我をしており、自分の周囲は敵だらけなのに、気にしたそぶりもない。


「そう言えば、はい、これ」


 ローレンスはどこから引きずってきたのだろうか……ボーモンド公をグレアムの足元に投げた。明らかに、彼を引きずっていたから、兵士たちはドン引きしたのだと思われる。

「殺したのか?」

「気を失っているだけですよ」

 確認のためにニコラス2世が尋ねると、ローレンスはやっと父親の方を見て微笑んだ。病み上がりだと思うのだが、元気そうな姿に少しほっとした。

「ねぇ、グレアム。私が王位を継ぐのがそんなに不満かい?」

「……ガリアでは、王族の遠縁であるフランソワ・シャリエールが王位を継承できるのだぞ!? なぜ私ではいけないと言うのだ!」

 的外れな言葉に、ニコラス2世は口を開こうとするが、その前にローレンスがさらりと言った。


「うん。なるほど。その件に関しては、父上は何も反論できないね」


 ニコラス2世が、ガリアの王位を主張しているからだ。ブリタニア王であり、遠縁であるもののガリア王室の血を引いているニコラス2世。彼は、グレアムと同じく、遠い王位を狙っているのだ。

 衝撃を受けると同時に、納得もした。だから、ニコラス2世にはグレアムを倒せなかったのだ。



「私はさぁ。確かに格別王位を継ぎたいとか考えてないよ。でも、王の直系の子供がいるのなら、その子が王位を継ぐのが妥当だと思わないかい? 私でなくて、ジェイミーやエディ、バーティでもいい。直系の子供がいる限り、私は君が王位を継ぐべきではないと思うんだよ」



 ローレンスはニコリと笑ってそう言った。ローレンスが言うことは正論であり、反駁はできないように思われる。

「うるさいっ。ふさわしいものが王位につくべきだ!」

「そうして無駄に戦いをひき起こすのかい? 君がその考えを改めないと言うのなら、私は君を殺すしかなくなってしまう」

 喚くグレアムに対し、ローレンスは冷静だった。戦いを疎いながらもローレンスが戦い続けるのは、自分が戦うのをやめることで、無駄な戦いを引き起こさないためでもあるのだ。


「やる気のないお前よりは、私の方が王にふさわしい!」


 あくまでも自分の方が王にふさわしいと叫ぶグレアムに、ローレンスはため息をついて剣を向ける。

「どうやら、決着をつけなくてはならないようだね」

 そう言いながらもローレンスは笑っている。だからこそ、戦場でも笑う悪魔とか言われるのだ。だが、剣を構えた瞬間にその表情は真剣なものに変わる。

「望むところだな」

「……非常に残念だよ、グレアム」

 グレアムは剣を斜に構え、ローレンスは上段に構えた。試合のように開始の合図があったわけでもないのに、2人は同時に動き出す。

 思えば、グレアムと本気で剣を交えるのは初めてだ。まあ、普通は試合で本気で殺し合ったりしないので、当然と言えば当然である。

 なんというか、やはりグレアムは戦いなれている。ローレンスも戦歴8年であるが、年の差は埋められない。

 高速で繰り出した剣をよけられ、代わりに心臓を狙われる。それを自分の件ではじき、左足を軸に一回転。その勢いのまま右足と右腕を同時に突き出す。がら空きになった左側を狙われたので、ローレンスは思いっきりその腕を蹴りあげた。いったん2人は距離を取る。


 いくら動きが速かったからと言って、これくらいで息が上がるのは異常だ。やはり、体調不良で休んでいたのが原因だろうか。少し体力が落ちている気がする。

「どうした。いつものキレがないぞ」

 にやり、といやらしい笑みを浮かべてグレアムは言った。ローレンスは肩で息をしながら口元をゆがませる。

「余計なお世話だよ」

 そう言いながら、再び剣を繰り出す。剣を受けては受け流し、攻撃し返す、という行動を繰り返す。力押しのようにまっすぐ攻めてくるグレアムに対し、ローレンスの動きは少々不規則でアクロバティックだ。普段ならなんでもないその動きも、病み上がりの体にはきつかった。


 ガンっ、と音を立て、グレアムとローレンスの剣がぶつかり合う。ローレンスは戦争となると怪力を見せるタイプであるが、何分、位置が悪い。グレアムに比べてローレンスは小柄なので、上から押さえつけられるような形になるのだ。上から押さえつけられる形になったローレンスは、剣にひびが入ったのを見て、上から負荷がかかっている不安定な体勢のまま、グレアムの腹に蹴りを入れた。


「おらぁっ!」


 グレアムが気合とともにすぐさま放ってきた剣戟を、思わず剣で受け止めると、刀身が半ばから折れた。


「っ!」


 すぐさま下がろうとするが、その前に、グレアムに剣の柄で腹を思いっきり突かれた。諸に攻撃を食らったローレンスはその場に頽れる。床に手をつき、口元に手を当ててえずいた。

「兄上っ」

「ローリー!」

 ジェイムズとブランシュの悲鳴のような声が聞こえた。駆け寄ってくる様子はないので、おそらくシリルやパークスが押しとどめているのだろう。

「やはり、まだ本調子ではないようだな」

 グレアムの声を聞きながら、ローレンスは胃の中のものを吐ききる。ほとんど何も食べていなかったので、出てきたのはほとんどが胃液である。口の中が酸っぱい気がした。

 ローレンスは口元をぬぐって立ち上がる。


「シリル君! 剣!」


 察したシリルが自分の剣を投げようとして、小柄なローレンスには長すぎることに気付く。ジェイムズが持っていた剣を借りることにした。

「ジェイムズ殿下、すみません」

「あ、いや」

 そんな会話をしながらジェイムズから剣を受け取り、シリルは抜身のままその剣を投げた。ローレンスは危なげなくその柄の部分をつかむ。

 グレアムは自分が有利だと信じて疑っていない。そうでなければ、ローレンスが立ち上がり、剣を得るまで待っているわけがない。自分が王位についたとき、守護神と言われるほどの実力を持つローレンスを殺したとなれば、評価が上がる、そう思っているのだろう。

「決着をつけるか、ローレンス」

「望むところ、だね」

 先ほどと同じセリフ。しかし、言っている人間は逆だ。そして、動き出したのも、今度はローレンスの方が先だった。

「はぁっ!」

 気合とともに剣を繰り出す。剣の動きに合わせて体術も使う。体格的に不利であるローレンスは一度グレアムから距離を取る。その時にバック転で彼の顎を蹴りあげることも忘れない。舌を切ったらしいグレアムは口の中の血を吐き捨てた。

「お前っ。何をする!」

「戦ってんだから、これくらい当然だよ。と言うか、むしろ食らうとは思わなかったよ。そう。これは」

 殺し合いなんだよ、とローレンスは凄絶に笑って言った。寒気を覚えるほどきれいなその笑みに、グレアムも震えた。


「お前……っ」

「グレアム。私は、自分が冷酷であることを認めるよ。君は言ったね。私は『黒太子ブラック・プリンス』と呼ばれていると。他にもまだ、私が呼ばれる名があるんだ」

「……『世にも美しい死神』……」

「なんだ。知ってたんだ」


 ローレンスはグレアムがつぶやいた名を聞いて微笑む。『世にも美しい死神』。ローレンスが持つ、数多くの異名の一つだ。

「その死神は、君に死を告げるんだよ!」

 ローレンスはグレアムに駆け寄ると、その勢いのままに剣を振り上げた。グレアムの剣がわき腹を貫くが、ローレンスは腹に剣を刺したまま、グレアムの胴体を左腰から右肩にかけて斬りあげる。下から斬りあげたために力が足りず、途中で剣を一度抜いた。血を吐きながら、グレアムがローレンスに刺した剣を抜こうとしたが、ローレンスは自分に刺さっている剣の柄を握り、グレアムを蹴飛ばした。

「……何か言い残すことはあるかい」

 自分も苦しい息をしながら、ローレンスはグレアムを見下ろして尋ねた。もちろん、腹には剣が突き刺さったままだ。

「俺が……負けるとは」

「ああ。君、心理戦に弱すぎだよ……」

 ローレンスはそう言ったが、普通は自分が斬られることを前提に敵に突っ込んで行ったりはしない。グレアムはこれにビビったのだろう。


「それじゃあ、さよならだ。グレアム」


 ローレンスはいつもと全く同じ調子でそう言い、グレアムの心臓に剣を突き刺した。剣から手を放すと、グレアムは倒れるままになる。代わりに、ローレンスは自分の腹に刺さった剣の柄に手をかけた。

「ぐぅ……っ」

歯を食いしばって剣を引き抜く。傷口から血が失われていくのがわかるようだった。ローレンスも、その場に膝をついた。

「ローリー!」

「ジェイミー! ブランシュをおさえておれ! ローレンス!」

 ブランシュの悲鳴と、ニコラス2世の指示。のどから熱いものがせりあがってきて、それを吐き出すと、血だった。

「殿下!」

「ローレンス、しっかりしろ」

 シリルとニコラス2世の声がすぐそばで聞こえた。


 ああ、父は、自分のことを心配してくれるんだな。


 そう思いながら、ローレンスは目を閉じた。









ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


この話、いろんな意味で辛かった……。戦闘シーンは苦手だわ、ローレンスの発言は痛いわ……。

でも、ここで大体折り返し地点です。よし、頑張るぞー。


次は明後日(12月17日)に投稿します。

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