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12、ガリアでは悪魔と呼ばれています。

戦闘シーン等がありますので、苦手な方はお気を付けください。







 3日も休んで何となく体調がよくなってきたローレンスは、ベッドに身を起こして本を読んでいた。そばにはユーニスが控えている。彼女は侍女でもあるが、ローレンスの諜報機関『影』の連絡係でもある。


「どうしたの、ユーニスちゃん」


 彼女の様子がおかしいことに気が付いたローレンスは尋ねる。なんだかそわそわしていたユーニスは少し戸惑った様子で口を開いた。

「いえ……そろそろ、定期報告の時間なのですが、だれも来ないな、と思いまして」

「そう言えばそうだね」

 ローレンスはもっていた本をぱたん、と閉じた。それをサイドテーブルに置いてベッドから降りた。しばらく体を動かしていなかったので、体がなまっている。ローレンスはぐっと伸びをした。


 いくらローレンスが体調不良でダウンしていても、情報は次々と入ってくる。ローレンスの諜報機関『影』は、ほぼリアルタイムでガリア王国の情報や、ブリタニア国内の情勢についての情報を提供してくれる。


 最近はガリア側と停戦中なので、『影』が情報を持ってくるのは1日3回。朝、昼、晩だ。もう昼を過ぎているので、そろそろ定期報告がないとおかしいのだが、だれも来ない。


「外で何か起こっているのかもしれないね」

「『影』が入って来れないと言うことですか? 単純に、『影』がどこかで足止めをくらっているだけ、と言うことは?」

「それは結果的に同じだよ。何かが起こっているから、足止めされてここまで来れないんだ」

「……天井裏も行き来不可能と言うことですか?」


 『影』の中には天井裏や隠し通路を通ってローレンスの部屋までやってくるものもいる。とはいえ、怪しい行動をするとローレンスに斬られてしまうため、この方法を取るものはほとんどいない。

「ん……もともと、私のもとにそんな方法で来ようと思わないのかもしれないね。斬られるから」

「……殿下。後ろを取られたら斬り捨てる癖、どうにかなりませんか?」

「ん。無理」

 笑顔で否定され、ユーニスはため息をついた。ローレンスは彼女に歩み寄ると、自分より顔半分ほど背の低いユーニスの頭をなでた。


「だから、ちょっと部屋の外の様子をうかがってみようか。大丈夫。何かあれば、私が助けてあげるからさ」

「わかりました。他に方法もありませんものね」


 ユーニスはあっさりとうなずき、寝室から出て居間にでると、廊下に続く扉に手をかける。そこで、一度ローレンスの方を振り返った。ローレンスは居間にある書棚の影から少し剣を持ち上げてにっこり笑っていた。

 ユーニスはローレンスに向かってうなずくと、部屋の扉を開けた。すると、そこにはたくさんの兵士がたむろっていた。


「あの、何なさっているんですか」


 驚いた様子を見せながら、ユーニスは近くの兵士に尋ねる。半分本気で驚いているため、かなり本物に近い演技だった。


「? ああ、王太子の侍女か? 俺らはここを封鎖しとけって言われただけだよ」

「封鎖? 何故ですか。誰がそんなことを」

「さあな。ただ、王太子が出ていくのを止めろとしか言われていない。お嬢ちゃんは何の用だ?」

「……用はありましたけど、いいです」


 ユーニスはそう言って扉を閉じた。すぐにローレンスのもとに駆け寄る。


「この部屋を封鎖しているようですね。理由は不明。指示したものも不明です」

「そっかぁ……ユーニスちゃん。私を閉じ込める利点はなんだと思う?」


 ローレンスに尋ねられて、ユーニスは腕を組んで考えた。

 病身とはいえ、ローレンスは快進撃を続ける戦の天才である。その軍略も恐ろしいが、単体でも一晩中戦い続けられるという、いわば化け物。ローレンス1人でかなりの戦力となる。


「……そうですね。反乱でも起こそうと思ったら、殿下を閉じ込めますかね。暴れられたら面倒ですし」

「暴れるって君ね……でもまあ、そう言うことだよね、やっぱり。そんなわけで、私はちょっと行ってくるから」


 ちょっと散歩に行ってくるから、くらいの軽いノリでローレンスは言った。ユーニスは目をしばたたかせる。

「行くって、どこにですか?」

「決まってるだろ。この部屋を封鎖してくれた犯人のもとにだよ。私を閉じ込めようと思うのなら、相手は反乱をたくらんでいる可能性が高い。私がいるだけで、その反乱は成功しないかもしれないからね」

「……すごい自信ですね」

「ん、まあ、自信があるからね……。つまり、私が行くことで、相手の目的は潰える可能性が高いと言うわけだ」

「でも、殿下は病み上がりですし」

 さすがに心配してユーニスは止めようと思ったが、ローレンスは彼女の頭に手を置いた。


「正面突破はできないからね。窓から出るよ。その方が私がいないことがばれないし……ユーニスちゃんはこの部屋で待機。でも、危なくなったら、隠し通路から逃げるんだよ」

「っていうか、殿下が隠し通路から出ていけばいいじゃないですか」

「隠し通路より、窓から入った方が身動きがとりやすいからね」


 ローレンスはニヤッと笑って、シャツの上から黒いコートを羽織り、ベルトを締めた。髪をコートからだし、三つ編みにする。

 ユーニスはローレンスを見上げて言った。

「わかりました。止めませんから、必ず生きていてくださいね」

「了解。じゃ、行ってくるよ」

 ローレンスはユーニスの頭を軽くたたき、片手に愛用の剣を取って本当に窓から出ていった。ユーニスはローレンスの後を追ってベランダに出たが、その姿はもうなかった。

 ユーニスはため息をつくと、窓を閉めて部屋の中に入った。せめてローレンスが寝ているように振る舞おうと思い、ユーニスは寝室の方に戻ることにした。














 窓から脱出したローレンスは、ベランダから一つ上のベランダによじ登った。ひょい、と上のベランダに乗り込む。そのまま窓ガラスを破壊して部屋の中に入った。外には見張りがおらず、詰めが甘いなぁ、と思った。

 その部屋で逢引きをしていたどこぞの若い貴族と、どこぞの貴族のご婦人はローレンスの姿を見て驚愕の表情になった。王太子の部屋の上で逢引きとは、いい度胸だなぁ、と思いつつ、ローレンスは笑顔で彼らに手を振った。


「おや、失礼。通るだけだから気にしないでね」


 そう言って本当に素通りして行った。部屋の扉を閉め、さて、と廊下を見る。


「どこに行けばいいかなぁ」


 とりあえず、勘でエントランス方面へ向かう。ローレンスの勘はよく当たるので、大外れ、と言うことはないと思う。


「この階はまだ静か……下かな?」


 ちなみに、ローレンスの私室は宮殿の四階にあるので、ここは5階になる。ローレンスの私室より下の3階以下で騒動が怒っている可能性はあった。何か叫び声みたいなのは聞こえるし。

 ローレンスは螺旋階段を2階分駆け下り、3階に出た。さらに下の方から大きな物音が聞こえているが、ローレンスはとりあえず、3階廊下を走った。


「王太子殿下!?」

「何故ここに!?」


 すれ違う兵士たちが驚愕の声を上げる。そんな声をあげた者たちは、おそらく、ローレンスを部屋に閉じ込めようとした相手の一派なのだろう。1人とはいえ、ガリアに悪魔と畏れられるローレンスを止めようとする者はいなかった。


 なので、すぐにその相手に遭遇した。


「これは王太子殿下。こんなところで何をなさっているんですか」

「それは私のセリフだね。母上をどこに連れて行くつもりかな、ボーモント公爵」


 ボーモント公爵に腕をつかまれたブランシュは、自分の子が現れたのを見て「ローリー」と複雑そうにつぶやいた。

 ローレンスなら助けてくれるかもしれない。しかし、ローレンスは病気で寝ていたはず……という思いが交錯していると思われる。


「どういうことかなぁ。クーデターでもたくらんだ?」


 ニコッと笑ってローレンスは尋ねる。ボーモント公爵は人のよさそうな笑みを浮かべ、ローレンスを見た。


「殿下。陛下とあなたを差し出せば、私にはガリア王国での栄光が待っているのですよ」


 ガリアの間諜にそそのかされたか。ボーモンド公爵は高位の貴族ではあるが、確かにこれまで対ガリア戦争でもその他でも、大した成果を上げることができていない。ローレンスは目を細めた。

「……へぇ。確か、ボーモンド公爵もガリア地方に爵位を持っていたね。それに、母上はガリア出身だもんね。手土産に連れて行こうということかい」

「さすがに頭の回転が速いですね、殿下。そう言うわけなのですよ。ブリタニアでは、私はこれ以上出世できないようですのでね」

 ボーモンド公爵が軽く手を振ると、彼にくみする兵士がローレンスを囲んだ。ブランシュの「ローリー!」と言う叫びが聞こえたが、その声は少し遠くから聞こえた。ローレンスは成年男子の平均身長より背が低いので、ブランシュの姿が見えなかった。


 ローレンスは剣の柄を握ると、自分を囲む兵士たちを見て眼を細めて笑った。


「君たちさぁ。誰に剣を向けてるか、わかってる?」


 するりと鞘から剣を引き抜く。その優雅ともいえる動きを見て、兵士たちはひるんだ。これくらいでひるむなら、戦神の加護を受けているとすら言われる戦の天才に敵対すべきではない。


「さあ。行こうか」


 ローレンスはそうつぶやくと、足を踏み込み下段に構えた剣を振り上げて目の前の兵士を斬る。その勢いにひるんだ周囲の兵士たちだが、背後から襲ってくるものもいた。振り返って応戦する。

 振りかぶられた剣を受け止め、右手から切りかかってくる兵士を蹴りつける。ついでに切り結んでいる相手も蹴っ飛ばし、左手からつっこんできた兵士を串刺しにする。

 その剣を引き抜きざまに反対の兵士を斬り捨て、左足を軸にして回転。その遠心力で一気に近づいてきた兵士の右腕を切り落とす。


 ここまで約10秒。兵士たちはひるみ、少し後ずさった。ローレンスはそれをいいことに兵士を押しのけて母を追う。


「母上! 伏せて!」


 ボーモント公爵に引っ張られていたブランシュは、ローレンスの声に腹をかばいながら頭を下げた。その上をローレンスの剣が通過する。ボーモント公爵はその剣を避けたが、ブランシュをつかんでいる腕をローレンスに蹴り上げられ、ブランシュから手を放した。ローレンスがブランシュを後ろ手にかばう。


「……これは一本取られましたな、殿下」


 ボーモンド公爵が剣を抜く。ローレンスはブランシュをかばいながら剣を構えた。


「やめておいた方がいいと思うんだけど」

「それはやってみなければわかりませんなぁ!」


 ボーモンド公爵がローレンスに向かって剣を振り下ろした。ローレンスはそれを軽くいなすと、ぐっと踏込み、ボーモンド公爵に肉薄した。固めた左拳を公爵の鳩尾に叩き込む。体を折ったボーモンド公爵に畳み掛けるように、ローレンスは顔面を膝で蹴り上げた。


「戦い方がえげつないですな、殿下……」


 鼻をおさえながら、ボーモンド公爵が言った。ローレンスは軽く笑う。


「今更何言ってんのさ。私が殺そうと思ってたら、君はもう死んでるんだよ?」


 ニコリ、と普段と同じように笑うローレンスに、ブランシュは戦慄した。彼女が、ローレンスの戦うところを見るのは初めてである。ブランシュは胸の前で手を組み、せめて口を挟まないでおこうと唇を引き結んでいた。


「まあ、後で父上に突き出しちゃおうか」


 ローレンスはにこやかにそう言うと、とどめ、と言うようにボーモンド公爵の腹を剣の柄で殴った。がはっ、と苦痛を吐き出したボーモンド公爵は、そのまま崩れ落ちて気を失った。

 ローレンスは残っている兵士に問いかける。

「君たちはどうする? 下っ端には用はないんだけど……」

「と、投降します!」

 1人が剣を置いて両手を上げると、ほかの兵士たちもそれに続いた。よろしい、とローレンスは微笑む。


「次におかしなことをしたら、問答無用でたたききるからね……母上。父上は?」

「あ……ダンスホールの方に向かわれたのを見たわ」


 急に話を向けられ、ブランシュは戸惑いながら答えた。ローレンスは眉をひそめる。

「この騒動、やっぱり、ほかにも誰か暴れている人間がいるのですか」

 ボーモント公爵だけが暴れたにしては騒動がでかすぎるし、まだどこかで破壊音らしき音が聞こえる。そもそも、ボーモント公爵はブランシュを連れてガリア王国側に寝返ろうとしただけで、暴れてはいない。

 となると、この騒動の裏にはもう1人誰かがいると考えるのが自然だろう。そして、その人物が騒動を起こすと同時にボーモンド公爵がブランシュの確保に走った……のかな?


「ジェイミーたちは? どうしていますか?」


 とりあえず無事そうな父は放っておく。戦闘力の低い弟妹達を心配すべきだと思い、ローレンスは尋ねた。

「ジェイミーは、パークスたちと一緒に陛下を追って行ったわ。エディとバーティはセシリー、クレアと一緒に陛下の騎士に護られているはずよ」

「そうですか」

 実は、ニコラス2世の騎士の中には、ローレンスの『影』が存在する。しかし、彼らから何も連絡が来ないと言うことは、ニコラス2世もエドマンドたちも無事なのだろう。

 むしろ、ニコラス2世を追って行ったというジェイムズの方が心配である。


「母上。私は父上を追います。母上は、エディたちの所に……」

「いいえ。ローリーと一緒に行くわ」

「……」


 ローレンスは思わず、自分より顔半分ほど背の低い母を見下ろした。自由人、と言うか、この場合は意志が強いと言った方がいいのだろうか。相手を振り回すところは、やはり自分の母親だなぁ、と思うローレンスである。


「一応言っておきますが、母上は身重なのですよ?」

「わかっているわ。でも、陛下が危険にさらされていると思うと……」


 そう言って、ブランシュは目に涙を浮かべた。ローレンス(24歳・独身)という大きな子供がいるとは思えないほど若々しく美しいブランシュにはよく似合っていたが、ローレンスはため息をついた。


「わざわざ嘘泣きしていただかなくても結構です。1人で勝手についてこられても困るので、私と一緒に参りましょうか」


 ブランシュはすぐに嘘泣きをやめ、「ええ!」とうなずいた。しかし、すぐにはっとして言った。


「と言うかあなた、病み上がりじゃないの!」

「まあ、そんなことを言っている場合ではありませんので」


 へらっとローレンスはいつもの笑みを浮かべた。


 つまり、ローレンスもブランシュもお互い様と言うことだ。









ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


ローレンスが危ない人です……。それに、ユーニスのセリフがちょっと死亡フラグっぽい。


次は明後日(12月15日)に投稿します。

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