11、反旗
この話を含めて3話分は内乱の話になります。そのため、ちょこちょこ人を殺したりするシーンが出てくるので、苦手な方は回避してください。
一応、この話から3話分は、読まなくても話が通じるようにしようとは思っています。
ガリア王国との戦争が一時停戦、となってから1か月近くが経過した。朝、朝食に出てきたジェイムズは、いつもと違うその光景に首をかしげる。
「兄上はいかがされたのですか?」
停戦となり、ローレンスはマールバラ宮殿にいることが多くなった。そのため、それを喜んだセシリアとクレアが毎朝起こしに行くので、朝食の席には必ずいるようになっていたのである。しかし、今日はいなかった。
「ローリーお兄様、今日は体調がお悪いらしいです」
「!? 兄上が?」
セシリアの言葉に驚き、父の方を見ると、父はうなずいた。
「本人いわく、慣れない公務をしたせいだそうだ」
「……まあ、兄上らしいお言葉ですね」
「ローレンスは、あれがなければな……」
「まあ陛下。ローリーがあの性格でなければ、ただの生真面目な完璧人間ですわ」
ブランシュの言うことも否定できない気がした。ローレンスはあの性格だから、かろうじて人間と思えるが、そうでなければただの超人である。
ところでブランシュであるが、だいぶ腹が大きくなっていた。生まれるのは秋ごろであるが、すでに生まれる子をローレンスの養子にすることが決まっている。と言うか、本人がいないところで勝手に決まっていた。ローレンスもびっくりである。
つまり、この時点でローレンスが次のブリタニア王になることが内定していた。ローレンスの後継ぎは弟であるが、これで問題なくブリタニアの英雄を国王に出来るのだ。
妊娠しているブランシュと、まだ幼いセシリアとクレアはローレンスの部屋に出入り禁止を食らったらしいが、ジェイムズは得に止められなかったのでそのまま見舞いに行った。
迎えてくれたのはローレンスの侍女のユーニスだった。彼女はいつも通りの無表情でジェイムズを迎える。寝室に声をかけると、「入っていいよ」と返事が返ってきた。
「やあ、ジェイミー。こんな格好で悪いね」
そう言って微笑みかけてきたローレンスは明らかに顔色が悪かった。もともと色白な兄ではあるが、尋常ではない顔色の悪さだ。船酔いの時の方がまだましな顔色だった。
「兄上……大丈夫なんですか?」
「うん。ちょっと熱があるだけだからね」
ベッドに身を起こしたローレンスはからりと笑って言った。寝間着姿で肩から薄手の上着をかけた兄がはかなげに見え、どうせあの兄だから大丈夫だろう、と楽観視していたジェイムズを不安にさせた。
「兄上。お願いですから、早く良くなってください。まだ、私は、兄上がいないと不安みたいです」
「おおっ。ジェイミーが甘えてくれるなんて、明日は雪が降るかもしれないねぇ」
いつも通りに軽口をたたき、軽く笑い声をあげるローレンスだが、途中で咳き込んだ。ユーニスがローレンスに駆け寄る。
「何してるんですか。ほら、落ち着いてください」
いつも冷静なユーニスのあわてっぷりに、ローレンスは再び苦笑する。しかし、ジェイムズの方を見ると、彼の眼が潤んでいてぎょっとした。
「ジェイミー、どうし」
「私はもう退散します! お願いですから、よく休んで、とっとと回復してください! では!」
ジェイムズは引き留められる前にローレンスの部屋を出た。
そうしないと、泣いているところを見られると思った。
△
ジェイムズが出ていった扉を見ていたローレンスは、上着を脱いでベッドに横になった。無理をして起き上がったせいか、少し体がだるい。額に手の甲を乗せるが、自分の手の甲も厚いのであまり意味がなかった。
それにしても、あんなにジェイムズがローレンスのことを思ってくれているとは。思わずにやける。
「にやける力があるのなら、大丈夫そうですね」
ユーニスがさらっと毒舌を吐く。ローレンスはいつも通りの彼女の様子にほっとしながら苦笑する。
「まあね、ちょっと熱があるだけだし」
「あと1か月もたてば、また戦争が始まるかもしれません。それまでに、治しておきたいですね」
「全くですね」
ローレンスはふう、と息をはく。その息は自分でもわかるほど暖かかった。
「……あの。王妃様も気にしておられたのですが」
「母上が? 何を?」
ローレンスは先を促したが、ユーニスは口ごもってなかなか口を開かなかった。ローレンスは辛抱強く待つ。
「その……殿下、身ごもっている……と言うことはございませんか?」
「……」
「…………」
「………………」
沈黙が降りた。ローレンス本人ですら忘れていたが、ローレンスは女だ。熱があってだるい、というこの状況は、確かに妊娠初期症状と似ているかもしれない。だが。
「……さすがに、身に覚えはないねぇ」
「いや、あれだけの男の中にいるんですよ? よく今まで間違いが起きませんでしたね」
「基本的に、襲ってきたら斬り捨ててたからねぇ」
「……」
ユーニスもローレンスの軍艦に乗船し、男に襲われかけた挙句に急所を蹴りあげた女であるが、ローレンスもローレンスだ。むしろ、こっちの方が容赦がない。人間として何かが間違っている。
しかし、ユーニスは特にツッコミは入れないことにして、ローレンスの額に濡らした布を乗せた。
「わかりました。とりあえず、今は寝ていてください」
「うん。そうするよ」
ローレンスが眼を閉じると、すぐに眠気が襲ってきて、ローレンスは眠りについた。
△
グレアム・ブラックウェルは常々考えていたことがある。隣国、ガリアでは王の遠い親戚が次の国王として選ばれた。ならば、ブリタニアで同じことをしても良いのではないのだろうか?
ニコラス2世はグレアムの大叔父だ。グレアムも、王家の血を引いているのなら、不可能ではない。
これはれっきとした謀反、もしくはクーデターなのだが、グレアムにはそんな意識はなかった。彼は、当然の権利を行使するだけだと思っていた。
この計画には絶対に邪魔な人間が1人いる。王太子ニコラス・ローレンスだ。
またいとことあって、グレアムとローレンスの付き合いは長い。グレアムより6つ年下の王太子は、何をやらせても平均以上の結果を出した。勉学も、戦果も、全てグレアムより上だった。
そのくせ、私生活では能天気でぐうたらしており、言動がふざけている。こんな奴に負けているのかと思うと、グレアムは悔しくてたまらなかった。
それでも、隙をつくために付き合いを続け、今のところ、ローレンスとの試合の勝率は半々だ。グレアムの腕も相当いいと言うことだ。
ローレンスが成人する前はグレアムの仕事だったが、軍の総指揮官として、ローレンスは戦場にいることが多い。しかし、ひと月ほど前に結んだ停戦条約のせいで、ローレンスはずっと宮殿にいる。ことを起こす機会がなかった。
だが、ここ2・3日、ローレンスは体調不良で寝込んでいるという。なら、行けるかもしれない。協力者もいるし、いける、絶好の機会だ、と思った。
なので、グレアムは行動を開始した。
将軍であるグレアムは自由に宮殿に出入りできる。あらかじめ、自分の手下をいたるところに配置しておく。病床だと言うローレンスは閉じ込めておかなければならない。出てこられては厄介だ。
自分はニコラス2世に謁見に行く。要求を通すには、王を説得するのが一番いい。グレアムは、自分が説得すれば、ニコラス2世は簡単にうなずくと思っていた。
だが。
「何を言っているのだ、貴様は。私の後を継ぐのはローレンスだ」
言い切られたことに、グレアムはカッと頭に血が上った。ニコラス2世に詰め寄る。
「何故ですか! 剣も武功も、ローレンスと私では五分です! 立ち姿では私の方が絵になるはず! 何故私ではだめなのです!?」
「貴様とローレンスが五分だと言うのであれば、私はローレンスを後継ぎにする。グレアム、いったん落ち着け」
「私は十分落ち着いております!」
どこがだ、と言わんばかりにニコラス2世はため息をついた。どうしても、最前線で活躍するグレアムとローレンスは比べられる。2人とも王族の血をひき、軍を率いてガリア軍と戦っているのだ。無理からぬ話である。
しかし、冷静で気性の穏やかなローレンスとは反対に、グレアムは短気で頭に血が上りやすい。その点では、グレアムは信用ならないとニコラス2世は思っていた。
たとえグレアムが直系の息子だったとしても、グレアムとローレンスを比べたら、ローレンスの方が王にふさわしいだろう。問題は、ローレンスが女であることだけ。
しかし、その問題もすぐに解決するだろう。ニコラス2世の王妃ブランシュが次に生む子は、ローレンスの子として育てる予定だからだ。年の差から言っても、ありえない話ではない。
ニコラス2世は、ローレンスに対して負い目がある。自分は、ローレンスから幸せを奪ってしまったのかもしれないとも思う。
それでも、この国の上に立つ者として、ローレンス以上にふさわしいものを見つけることはできないのだ。
とりあえず、グレアムをどう落ち着かせたものか……。思わず思案にふけりかけた時、ニコラス2世は身の危険を感じてとっさに立ちあがった。今まで座っていた椅子に剣が突き刺さる。
ゆっくりと椅子に刺さった剣を抜いたグレアムは、血走った目でニコラス2世を睨んだ。
「失望しました、陛下」
「それはこちらのセリフだな。お前には、どうあっても王位を渡さん」
煽られたグレアムは剣を振り下ろす。ニコラス2世は再びその剣戟を避け、自分の剣を抜いた。ニコラス2世が剣を抜くのはとても久しぶりである。
ニコラス2世は、たぶん、グレアムには勝てないだろうな、と思った。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
にしても、私、内乱好きだな……。
次はいつも通り明後日(12月13日)に更新します。




